第15話 夢想した奇跡 無双までの軌跡
僕は自分のパーティに自信を持っている。それでも、ミドルベア3体を相手にするのは荷が重い。当然のことだ。なのに、頼りのDランクパーティは役に立ちそうもない。なにせ、リーダーのジョエルはガタガタ震えている。こうなったら、戦力は劣っても、カイル達に頑張ってもらうしか…
…違う!
命のかかった局面で選択を誤るな!ここはどんなに無様でもジョエル一択だ!
「ジョエルさん!うちのパーティが2匹引き受けます。
そっちのパーティで1匹をなんとかお願いします。」
ジョエルは心底びびっていた。しかし、びびって何もしなければ100%死ぬしかないことを理解していた。感情を捨てて最善を尽くすのみが、命を長らえる可能性だ。さすがは、である。ジョエルはもう震えていなかった。
「お前…何を勝手な…」
リュウが何か言おうとする。自分が戦うわけでもないくせに?、…違う。これはパーティとしての総力戦だ。命がけの闘争である。まずはリュウの気持ちを前に向ける。
「大丈夫。リュウならいける。」
穏やかに、しかし力強く言い切る。それから自分でも驚いたのだが、僕はリュウにニコッと微笑みかけた。リュウは気おされて、前を向く。こんな時の切り替えは、女性のほうが早いのだろうか。エマとグレースはすでに前を向いている。
気持ちの次は戦力差だ。自分のできる目一杯のバフを!僕の身体が僕にだけ見える例の光に包まれ、そこからその光は4つに分かれ、帰属すべき場所へ飛んで行く。僕たちパーティ4人の身体から、力強いオーラが天に向かって燻り始めた。
もちろん、敵と実際に斬り合うのはリュウとエマだ。
だけど、僕の仕事はまだ終わっていない。足手まといにならないこと。それがここからの僕の闘争だ。
リュウとエマがミドルベアを相手に、それぞれ一対一で向かい合いせめぎあっている。10秒、20秒…時間が経つにつれ、リュウとエマが押し込み始める。
もう1体は!?
大丈夫。さすがはDランクパーティ。とりあえず1体相手なら、そんなにすぐに崩されることはなさそうである。
後は、足をひっぱってくれるなよ…。
願うようにカイルたちを視界にいれた。
「きゃあぁぁぁぁ!」
やっぱりか。気持ちは僕もわかる。責めるつもりはないが、どうしたものか。
!?
違う。
カイルたちへの先入観が気づくのを一瞬遅らせた。
カイルたちの叫び声が意味するところは、ミドルベアへの恐怖心ではなく、新たな脅威に対してのアラートだったのだ。草むらからガサガサガサっとアクティブラットの群れが現れた。
20匹はいる。
初動の遅れた僕は、カイルパーティのオリヴァーがダメージを受けるのをただ見守るしかなかった。
「グレース!」
僕は叫び、自らもカイルパーティの輪の中へ飛び込んだ。僕だって今や肉弾戦の1つくらいできるんだ。
アクティブラットを追い払いながら、グレースに回復魔法を促す。
うちの優秀な回復役は瞬時にオリヴァーを回復した。
さて、非常事態とはいえ他パーティだ。本当はしたくなかったが、この際仕方がない。彼らにもバフをかけて、戦ってもらうより他はない。
僕はもう1度腹に魔力をため、身体から光を出した。
カイルパーティにもオーラが燻る。
「カイル!開き直って戦え!」
バフを受けたカイルパーティの動きは見違えた。
僕とグレースを含めた6人で、次々とラットを打倒していく。
アクティブラットはみるみると数を減らし始め、どうやらミドルベア担当班に負担をかけずに済みそうである。
オリヴァーの目の前のラットが踵を返し、森に逃げようとした。オリヴァーは反射的に、追いかけようと足を踏み出す。
「追わなくていい!」
そういいながら僕は、ジョエルのパーティが戦っているミドルベアを指さした。彼女の装備から、弓術師であることは明らかだったからだ。
オリヴァーはすぐに僕の意を組んで、ミドルベアに狙いを定めた。
僕は目の前のアクティブラットをあしらいながら、
「ゆっくりでいい。」
と、静かに声をかけた。彼女は頷き、その立ち振る舞いにはピンと芯が入った。
ブン
弦の音を小さく残して矢は飛び立ち、ミドルベアのこめかみに突き刺さった。
勝負あった。
ミドルベアは直ちに絶命することをせず、むしろ猛り狂ったが、時間の問題だ。
ジョイルたちが一気に優勢に立った。
程なく、モンスターは一掃された。
相性の問題もあるが、結果的にはエマが1番手こずった。自分の分担を終えて駆け寄ってきた者たちによって、エマのベアは倒されることとなる。
対してリュウは、なんと1人でミドルベアを討伐した。
ともあれ、みんな素晴らしい戦果である。
僕たちは集中力とか気力とかいわれる、つまりMPのことだが、それの枯渇により夕方を待たずにベースに帰還した。
オペマスに森での出来事を伝え、本日の仕事は終わりだ。
ベース近くに湧いている泉の水で身体の汚れを落とし、早めの夕食をとることを許された。身体はドロドロなので、水場が確保されていることはありがたい。汚れを拭き取ると、疲れもスッと抜ける。そういうものである。
食べ物は十分ではないし、もちろん酒はない。
それでもここからは、どんちゃん騒ぎである。
「どうだい、ジョエルさん。俺なんて1人でミドルベアを討伐しちゃったぜ。」
本当は僕のバフと、道具への強化があるから、パーティとしての戦果だ。しかし、リュウは調子に乗ってるほうが力を発揮するだろうし、これでいい。ジョエルさんは素直だった。
「本当に驚いたよ。君たちは強かった。」
「ジョエルもがんばったじゃない。」
そんなティーマルさんの慰めにも、
「ただ彼に励まされて、必死でがんばっただけだ。」
と、僕に視線を向け、謙虚に答えた。確かに僕はジョエルさんに指示をだした。だけど、バフをかけた他のメンバーと違って、本当にそれだけだ。ミドルベアを追い詰めたのは紛れもなく、このパーティの実力である。
さて、バフがなければアクティブラット1匹にも全滅しかねなかったこちらのパーティ。カイルたちは、ずいぶん自信をつけたようだ。
「いや、もうなんていうか、開き直った後は、身体がどんどん動いたよ。俺たちにはこれだけの実力が眠ってたんだ。今日は本当に楽しかった。」
「あたし アキラさんの声を聞いたら 心が落ち着いて 身体に 力が湧いてきたの。こんなことって 初めて。ねぇ。どうしてだと 思います?」
オリヴァーは熱っぽく、上目遣いで尋ねてくる。
さあ、確かにバフはかけましたけど…とは言えない。
グレースとエマがなぜか少し不機嫌になっていた。そういえばオリヴァーはグレースに回復魔法のお礼を言っていない。エマはミドルベアに思いがけず苦戦してしまった。不機嫌の理由はそんなところだろうか。
リュウは
「お前たちのパーティが調子に乗るのはまだ早い。
今日のはまぐれだから、謙虚でいろ。」
と、珍しく良いことを言っている。確かに、このままバフを前提に調子に乗られて、後日怪我でもされたら後味が悪いからね。
「冒険者は謙虚じゃないと死んじゃうもんね。」
僕は下手に言い添えた。
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