第14話 新しい依頼の始まり

 集合場所はヴァルディアの森近くの広場だったので、僕たちは早朝、薄暗いうちに家を出なければならなかった。国からの依頼だから馬車でも用意されてるのかと思ったんだけど、やっぱり冒険者は足で稼ぐしかない。


 と思ったら、しばらくしてオペレーションマスターとDランク冒険者を乗せた馬車がやってきた。


…なるほど。ランクの壁なんだな。



 それはさておき、全員が揃ったところで今回の作戦やら注意事項が伝えられる。僕たち冒険者は3パーティで1つのチームを作り、それぞれにオペマス、オペレーションマスターをそう呼ぶことに決めたんだけど、それぞれにオペマスが1人つく。僕たちがチームを組むことになったのは、カイルのパーティともう1つ。Dランクの先輩冒険者のパーティだった。


 作戦といっても、毎日オペマスの指示する場所を探索し、日が暮れるとこの場所に戻ってきて野営する。という程度のシンプルなものだ。調査依頼は現場の様子がわからないので、ざっくりした予定しか立てられない。それでも明確な野営地が確保されているだけでも、僕たちは安心する。


 今日のお昼の分の携帯食が支給された。だけど、堅そうだし香りもないし、空腹を満たすだけの味気ないものだ。グレースのお父さんが焼いたパンのほうが数倍美味しそうだな、と思った。


 僕たち3パーティは挨拶を交わし、自己紹介をしあったが、残念ながら全員は覚えきれない。印象に残ったのはDランクパーティのリーダーであるジョエルという男だ。彼は武闘家という素手で戦う珍しい職業で、赤と金の袖なしジャケットを着ていた。


 僕たちのパーティを代表して


「よろしく!」


 と手を差し出したリュウを一瞥し


「はっ。」


 と嘲笑したかと思えば、握手にも応えず森のほうへ向かってしまった。


 残りの11人はあわてて彼に追随したので、必然的に彼の後ろに随う形になった。Eランクパーティなど挨拶をする程もない相手だと思っているのだろうか。彼のパーティの魔法使いであるティーマルというお姉さんは、僕たちに丁寧に謝ってくれたので、僕たちは気持ちを立て直した。


 さて、気づけば僕たち3パーティは、静かにヴァルディアの森の入り口に立っていた。誰も喋らない。足元の落ち葉だけが、小気味よい音に余韻を残した。


「準備はいいな!」


 ジョエルが不意に野太い声を出す。みんなが思わず


「おう!」


 と応えた。さすが、Dランクパーティを率いるリーダーだ。少し変わっているが、この統率力は頼りになるのかもしれない。


 カイルたちのパーティは気の毒なほどおどおどしていた。


 Eランクになったばかりとは聞いていたが、実はモンスターと戦ったことがほとんどないと言う。僕たちとは逆で、採取依頼を効率よくこなし、実績を積み上げての昇格だったらしい。よくこの依頼に参加したな、と正直心配になった。


「大丈夫よ。ヴァルディアの森なんて、私たちの経験に比べたら子どもの遊び場だわ。」


 ティーマルさんはカイルたちに微笑みかけている。


「さあ、だからと言って油断は禁物だ!」


 うちの自称リーダーはどこまでも物怖じしない。3パーティは互いに頷きあい、さらに奥へと足を進めた。ヴァルディアの森は古代から根付く大きな木々がそびえ立ち、木漏れ日が地面に点々と落ちる静かな場所だった。だが、その静けさの中に、何か不穏な気配が漂っているのを、僕は何となく感じていた。


 時間が経つにつれ森の雰囲気は次第に重くなり、薄暗さは視界を悪くした。


 突然、ジョエルが素早く手をあげて、止まるよう指示した。


「何かがいる。」


 ジョエルが小さく囁きながら前方の茂みを指さす。葉が微かに揺れ、その奥から低い唸り声が響いた。


「スモールベアだ。」


「みんな気をつけろ!」


 と、リュウが口に出したときには、ジョエルの身体はすでに跳ね上がり、スモールベアの目前まで移動していた。



 きょえぇぇぇ!!!



 さっきまでの野太い声ではなく、甲高い音が彼の喉で鳴った。同時に、彼の手刀はスモールベアの喉に突き刺さり、そのまま喉輪のような格好で頸動脈を締め上げた。


 2秒


 で、ある。スモールベアといっても1.5mはある。野生の熊の数倍は強いといわれるそのモンスターは、人間の素手によってきゅっと意識を絶たれた。


「ひゅ~。おっさん、やるねえ!」


 リュウが感心する。


「誰がおっさんだ。」


 ジョエルは不愉快そうに答える。


「ティーンではないだろ?」


 リュウの減らず口は減ることを知らない。




―冒険者たちは深い森の中を慎重に進んでいく。


足音が静かに森の中に響き、息を潜めながらの行進が続く。


皆の緊張が張り詰めすぎている、と感じたのかもしれない。


「少し休んだほうがいいな。」


 と、ジョエルが呟いた。しかし、その言葉が終わる前に、森の奥からまた低い唸り声が聞こえてきた。全員が一斉に動きを止め、周囲に目を配る。


 この狭い場所で出会うのはいかにもまずい。そんな危機感をもたげさせる、不吉で大きな気配である。僕は目線を這わせて開けた場所を探してみたが、そんなに都合よく見つからない。


 唸り声はだんだんと近づいてきて、とうとうすぐ近くに感じられるようになった。


 さぞ恐縮してるだろうとカイルたちに目線をやると、意外にそうでもない。先ほどのジョエルの活躍を見て、完全に頼ってしまっているのだろうか。実戦経験が足りないというのは悲しいことだ。ことここにきて気が緩んでしまっているのは、油断というより現実逃避に近い。


 これは頼れないな。


 カイルたちから目を切り、改めて前方に目をやる。


 その時だ。


 前方の茂みが大きくざわめき、巨大な影が3つ現れた!


 その目は鋭く光り、2mを超える巨大な筋肉の塊は今にも力を爆発させる直前の、そんな気配を漂わせていた。


「スモールベア?」


「違う!」


 ミドルベアだ。しかも3匹である。




 慌ててジョエルに目をやると、頼りのDランカーはガタガタと震えていた。




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