第12話 しびれる話です


「まるで月と星とが、この花たちのために輝いているみたいだ。」


 満月に照らされたラピスローズは、この世のものとは思えないほど神秘的で、幻想的だった。夜の静けさの中、まるで夢の中にいるような感覚に陥る。


 この瞬間、この場所でしか味わえない、言葉では言い表せない感動を僕たちは共有した。ラピスローズの青い輝きが、満月の光とともに、僕たちの記憶に深く刻まれたことは間違いなかった。


 僕たちはそっと、その中の1輪を切り取って、大切に荷物に入れた。別に1輪でなくてもいいんだけど、僕たちは自然とそうしたんだ。


 採取依頼達成である。


 

 それから僕たちは、今来た道をまた4時間かけて街に戻った。


 もうヘトヘトだった。


 さっきの感動も、さっさとベッドに寝転んで、改めて今日の出来事を思い出すまでは用がない。急いで帰ってきたつもりだったけど、ギルドはすでに閉まっていた。しょうがないので報告は明日にして、今日は解散することになった。


 別れ際リュウがトイレに行き、グレースと2人きりになるひょんな時間があった。


「これ、あげる。」


 見ると、グレースの手には1輪のラピスローズが健気に輝いていた。依頼用に採取した花は、エマが荷物にしまっているはずだ。


「え?どうして」


 驚く僕に、


「自分用にもう1つ持って帰ってきちゃった。

 でも、今日のアキラはがんばっていたからこれあげる!」


 そういって、僕の手に花を握らせた。少し細まった瞳は優しい光を帯び、グレースの微笑みは、穏やかな美しさをたたえて居る。グレースに他意はないのだろうが、僕はもう息を飲むしかなかった。こういうことを簡単にしちゃうなんて、少し鈍いところがあると思う。


 ふわっと夜風を感じた。


 さっき夢心地でかいだあの花の香りがまた、僕の鼻腔をくすぐる。




―次の日もまた、僕たちはギルドの食堂で早めのランチをとっていた。


 なんだか昨日よりもにぎわっている。今日のランチのメニューが、名物のチキン南蛮だからだろうか。隣の席では額にバンダナを巻いた男が、後輩冒険者に大いに語りかけている。どうやらレジェンドと呼ばれるような先人たちの冒険譚らしい。


 話の中に、大金貨100枚とか白金貨とか、大きなお金の話が飛び交っていた。僕たちはちょうど、昨日の稼ぎについて盛り上がってたところだったけど、リュウは委縮することなく話を続ける。


「スプラッシュホッパーは銀貨2枚だから、20匹討伐でなんと金貨4枚だ!」


 声の大きさだけはリュウだって、バンダナ男に負けていない。


「討伐依頼が達成扱いになってよかったわ。ルーカスの嘘じゃなかったのね。」


 グレースも喜ぶ。


「それに、ラピスローズの採取達成で金貨3枚。あわせて7枚の稼ぎだ。

 やっと冒険者らしくなってきたな。」


 エマが笑う。


「だけど、金貨3枚払ってまで花が欲しいって、ラピスローズを何に使うんだろうね?」


 僕は不思議に思った。


「それなんだけどよ、さっき俺、受付のエレナさんに聞いてみたんだ。

 ちょっと答えにくそうにした後、しびれ薬の原料になるって言ってた。」


 リュウは息を潜めた


「えー!しびれ薬なんて何に使うんだろ?」


 僕は驚いて声をあげた。そういえば青年は薬師だと言っていたな。


「だろ?なんか怪しい香りがしねえか?」

「本当だね。僕たち、そんなの採ってきちゃってよかったのかな。」


 エマが不意に笑い声をあげた。


「ハハハ。知らなかったのか?

 ラピスローズの花言葉は『手に入れたい憧れ』。

 この地方では、プロポーズのときに使われるんだ。」


「えー!そうだったんだ。」


 僕はまた素っ頓狂な声をあげた。


「男子ってそういうの、本当に知らないよね。」


 グレースが微笑んだ。


 その微笑みに僕は昨日のことを思い出していた。

 え?じゃあグレースは知っていたってことだよね?


「でも、エレナさんはなんだってしびれ薬の原料なんて言ったんだろ。

 エレナさんも知らないのかな。」


 リュウが首をかしげる。


「本当に鈍いのね。」


 グレースが笑う。


「今度、エレナさんにお祝いを言わなければいけないかもな。」


「上手くことが運んだらの話だけどね。」


 女子たち2人は、楽しそうに盛り上がっていた。

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