第10話 採取依頼で討伐の裏技

 ―怪しい。


 僕はもう1度、このルーカスと名乗る男をしげしげと見つめてみた。身長は平均よりやや低く、ずんぐりした顔には熊みたいに黒髭を蓄えていた。動きやすそうな布製のシャツとズボンを身に着けて、優しい微笑みが印象的である。


「せっかくだから話してよ。」


 リュウが話を進める。


「今日、新たにクエストボードに貼りだされた依頼に、ラピスローズという花の採取依頼があるんです。」


「は?舐めてんの?だから俺たちは討伐依頼しか受けないって言ってんじゃん。」


「もう少し聞いてください。」


 男は地図を広げて説明し始めた。


「ラピスローズはこの辺に生息しています。だから、この道を通って行くのが一般的なんです。だけど、この沼地を抜けるという近道もありますよね。そして、この沼地には、この時期だけ活動が活発になるスプラッシュホッパーというカエル型のモンスターがいるんですよ。そんなに強くはないのにEランクに指定されていて、討伐報酬もそこそこ割がいいんです。」


「だけど俺たちはFランクだから、Eランクを倒しても報酬がもらえないんだって。」


「そんなことはないんです。採取依頼の場合、その対象を採取する合理的な方法で行動していて、たまたま出会った高ランクのモンスターを討伐した時には、討伐依頼も達成扱いになるという裏技があるのをご存じですか?」


 僕たちはもちろん、そんなことはご存じなかった。だんだん話が見えてきて、少し興味も湧いてきた。


「地図を見てもわかるように、スプラッシュホッパーの存在を知らなかったら、この沼地を抜けて近道をしようとするのは十分合理的です。この時期だけのモンスターなので、知らなくても不自然はないですしね。」


「なるほど!何回も使える手じゃないが、悪くない。」


「それに、Eランクモンスターの討伐実績がつくのは大きいわね。」


 グレースが口を挟む。


「で、何が目的だ?

 情報料なら、成功報酬で考えてやるよ。」


「そうじゃありません。

 この依頼の依頼主は、実は僕ですから。」


「なら、ギルドに任せておけばいいじゃない。

 なんで、僕たちに直接交渉する必要があるの?」


 不思議に思って聞いてみた。


「ラピスローズは満月の夜にしか咲かないんです。

 そして、今日が満月。

 次の満月まで待てないんですよ。」


「なるほど。急いでいるというわけだな。」


 エマが確認する。


 辻褄は…あってるよな。


「ねえ、この依頼受けてもいいんじゃないかな。」


「ん。まあ断る理由はねえか。」


「本当ですか?恩に着ます!」


 スプラッシュホッパーは毒を持っているらしく、もしもの時に備えて、彼は僕たちに毒消し薬をくれた。彼は薬師をしているらしい。

 

 依頼自体はギルドを通して正規に受注してほしいという。当然だ。


 昨日依頼をこなしたばかりだが、こんなチャンスを棒に振る手はない。




 僕たちはさっそく、ラピスローズの採取に向かうことにした。4時間もあれば目的地に着くが、月が出るまでラピスローズの花弁は開かない。咲いている間に採取しなければ意味がないそうで、採取はどのみち夜になる。その隙間の時間にモンスター狩りといこう。

 

 帰りは夜中になるだろうが、4時間くらいなら帰ってこられる。変に野営するよりは、いくらか安全だろう。


「後は夜の携帯食だな。どっかのパン屋がパンを無料でくれたりしないかなぁ。」


「なんだ、それは?」


 エマが首をかしげる。


「それってもしかして…。」


 グレースは口を尖らせる。


「あのね!成人の儀の日は、お祝いだからパパがサービスしてくれたのよ。

 いつも無料ってわけじゃないの!わかる?」


 もちろんリュウの冗談だ。僕たちはグレースの親父さんのパン屋に行ってパンを購入し、荷物に詰めた。日はまだ高い。


 さあ、2度目の冒険に出かけよう!



 

 ―僕たちは3時間と少し歩いて、湿地帯にやってきた。


 ここは、濃い霧につつまれて視界がよくない。なんだか嫌な臭いもする。


 歩くごとに足が泥に沈み込み、思うようには動けない。


「あっちを見て!」


 エマが指さすほうを見ると、4つか5つ、物体の影が不規則に跳ねている。

スプラッシュホッパーに間違いなさそうだ。


 僕たちは気を引き締めて、そのE級モンスターのもとへ歩を進めた。


 このカエル、目の前に対峙すると意外と大きい。60㎝くらいの焦げ茶色の塊。その生臭い物体がひとたび跳躍すると、優に3・4mは跳ね上がる。目で追い損ねると視界から消えてやっかいだ。


「みんな気を付けて。」


 僕が口に出すと、僕の身体から薄明るい光が放たれ、3つに分かれたそれは仲間たちの身体を包んだ。2度目の冒険で初めて使えた、僕のバフだ。なるほど、こんな感じで発動するのか。僕は思わずみんなに問いかけた。


「ねえ、こんな時にごめん。今の見えたかな?」


 「今の?何の話だ?」


 「や、今もみんなの身体、少し光ってるよね?」


 「アキラ、大丈夫よ。落ち着いて。」


 グレースが優しく励ましてくれる。いや、錯乱してるわけじゃなくて。


 「とりあえずこいつらを倒してから探すのを手伝うから今はこいつらに集中だ。」


 どうやら術師以外には見えないらしい。エマはもう戦いに入り込んでおり、一息でかみ合わない返事をくれた。


 僕は初めて発動した自らの魔法に感動し、この戦いの最中にも浮かれてしまったのか。だけど事象を確認したいのは性格でもあるんだ。とにかく今は集中。


 とはいえ、バフがかかった時点で僕の仕事は終わっている。バフの持続時間はどのくらいだろうか。効果のほどは。


 そんなことを考えていると、背中に鈍い衝撃が走った。そうか。体表が柔らかいとはいえ、この質量がこれだけの跳躍力を駆使して飛び掛かってくれば、これだけのエネルギーになるのか。リアルは僕の想像の数倍で、僕は相手の攻撃イメージを上書きする必要があった。


 自分の腕に目を凝らす。HPは半分も減っていない。大丈夫だはぁ…


 頭がクラっとしたかと思うと、不意に意識が朦朧とした。


 …毒?


 ど くをくらう かん かくは こんな か んじか


 後の戦いは断片的にしか覚えていない。


 リュウが身体をはって僕を守ってくれていたのが意外すぎて印象に強い。

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