第4話 君たちはどう生きる?とか言われても

 改めて不思議だ。


 目の前に広がる白銀の空間。河童神と向き合うように、僕とリュウは並んで立っている。…立っている?自分が何の上に立っているのか、足元がどうなっているのかもよくわからない。とにかく僕たちは地に足つかない感覚を無視して、目の前に浮かぶ透明なパネルを凝視しながら、河童神の言葉に耳を傾ける。


パネルには、


【名前】  アキラ

【性別】  男

【年齢】  15歳

【職業】  付与術師

【スキル】 鼠の雫


と、僕の基本情報が並び、その下に大きめの字で


【レベル】   1

【アセンドP】 10


 と書かれている。この、アセンド…Pはポイントだろうか。神様によると、このポイントを各ステータスに振り分けるらしい。今は能力初期値として10Pが計上されているが、レベルアップなどでポイントが増える時も、いったんここに計上される。

僕がレベルアップするときに増えるアセンドPは、初期値10の10%だから…、たったの1Pだ。そう考えると、最初の10Pが貴重すぎて、手が震えてくる。


 振り分けられるステータスの項目はざっとこんな感じ。


《基本ステータス》


【最大HP】   20


ダメージを肩代わりする外殻のようなものの耐久値。1Pにつき20向上する。


【最大MP】   10 


魔法を行使するためのエネルギー。1Pにつき10向上する。


【職業レベル】  1


【スキルレベル】 固定


 職業人としての実力やスキルの熟練度。2Pでレベルは2になり、さらに3P消費することでレベルは3になる。つまり、次のレベルと同数のアセンドPを消費することで、レベルを1つ上げることができる。レベルが固定され上がらないスキルもある。



《身体能力》


【パワー】1


【スピード】1


【スタミナ】1


《知能》


【思考スピード】1


【記憶力】1


【習得力】1


 1Pでそれぞれの値を1向上させることができる。これらの値は、個人が持っている本来の能力に加算される形で、効果を発揮する。


 と、いうことらしい。この1という初期値のままでも、職業を授かる前の自分と比べると、わずかな能力アップが叶っているというわけだ。


 ところで、レベルが上がったときに増えるアセンドPは、いつもこうやって自分の意志で振り分けることができるのだろうか。気になったので河童神に聞いてみた。


 どうやら、それはできない。というか、現実世界で自分のステータスを見ることがまずあり得ない。1番初期のステータスの傾向に合わせて、自動的に振り分けられるものらしい。その時々の行動や努力も、伸長するステータスと無関係ではないが、基本的にはやはり最初の傾向が最も影響するという。

 

 ちなみに、ステータスを可視化するスキルもあるようだが、その習得は人間の寿命を考えると現実的ではない。【鑑定】というスキルを持ち、そのスキルのレベルを100まで上げる必要があるという。レベルを1から100まで上げようと思ったら、消費するアセンドPは5000ちょっと。


…5000!?


 数字は苦手でよくわからないが…とにかくそうらしい。能力初期値が10の僕は、そのためだけにレベルを5000上げなければならない。人類の最高到達レベルは200そこそこだという。というわけで、これは無理ゲー。


 ってことはですね、初期のステータス、つまり今から行う振り分けが、めちゃくちゃ大事ってことですよ。…また手が震えてきた。


 思い浮かんだ方向性は2つある。1つ目は、HPを20、MPを10、職業レベルを1つ上げる。これで4Pの消費だ。さらに身体能力と知能の項目6個をすべて1ずつ上げる。これで消費ポイントはちょうど10。つまり、上げられる全項目を万遍なく1段階ずつ引き上げるという案だ。バランスの良い成長が見込めるだろう。

 

 ただ、パーティの中での自分の存在価値を考えるとそう単純でもない。自分の強みである付与術を中心に考える必要がある。例えば5P使ってスキルレベルを3まで上げ、3PでMP40に、残りの2Pで記憶力を3まで上げるなんていう強み特化の成長もあり得る。


 これは悩む。


 強み特化というのは、逆に言うと個体として弱点だらけということで、この場合の弱点とはHPや身体能力。自分の命に直結するステータスなのだ。個人のアンバランスに目をつぶりパーティでの役割を最大化することはどうなのだろう。悩みすぎて煮詰まってきた。


 隣を見ると、リュウが嬉々としてパネル操作に熱中している。


 振り分けるポイントが20Pあったとしても、もうちょっと悩みどころはありそうなものである。だいたい、重戦士のくせにMPが必要なスキルを取ってどうするつもりだ。レベル70になってようやく解放される、どのくらい使えるかもわからない【雷神の怒り】のために、MPを成長させるつもりなのか。それとも目の前の現実を見て、せっかくもらったスキルを無駄にするのか。「どちらの穴にも狼がいる」とはよく言ったものだ。


 僕がバランス重視で成長した場合、パーティに僕の需要はあるだろうか。ただでさえ少ないポイントを保身に振り分けていたら、パーティに貢献なんてほとんどできない。お荷物になってしまうかもしれないし、その荷物は途中で投げ捨てられるかもしれない。


 もしも強みを特化させたら…パーティは僕の命を護ってくれる?横にいる、この少し自分勝手でお気楽な幼馴染は信用できるのだろうか。


 だめだ。嫌な未来しか見えない。


 能力初期値の少なさが恨めしい。命が、かかって、いるんだ!


 今日、これから僕は大人になる。


 自分の安全を1番に考え、保身を旨とする夢のない大人になるのか。それとも未来を光り輝かせるために、危険を顧みず、他人を助けることができる能力を開花させるのか。2つに1つ。今、この瞬間に自分の将来がかかっていることが自覚された。


 僕は大きく深呼吸する。


 決めた。


 もう迷いはない。


 僕は強い意志を持って改めてパネルに向き合い、指先を静かに動かしながら、すべての項目を1段階ずつ引き上げた。


 まずは自分の身を自分で守れるようになることが、自立だと思う。他人の役に立つのはそれからだ。力のない人間が他人のためにと夢を拗らせても、助けるどころか相手に迷惑をかけるのがオチだ。僕は僕のやり方で、自分の未来を切り開いてみせる。いつか他人を助けられる人間になってみせる。僕は僕なりの決意を固めた。


 すると僕は、今日の朝、いや、昨日くらいからずっと感じていたわくわくとフワフワが身体からすっと消えるのを感じた。指先の感覚が戻り、地に足がついた感覚がして、足元を見たとき、そこには街の教会の床があった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る