第2話 人に言われて職業を決めるな!

―セペンティアとの激闘の1年ちょっと前に遡る。 


 住んでいる村に協会がないので、僕とリュウは街にやってきた。今日は特別な日だからね。広がる青空の下、僕たちだけじゃなく街中が浮かれているみたい。


「俺は絶対に戦闘職をもらって、冒険者になるんだ!」


「僕もなりたい!力が弱くても戦える職業がいいな。」


「それなら魔法系か?頭の良いお前には向いてるかもな。」


 そう。今日は成人の儀が行われる日。今年15歳になる子どもたちが集まり、大人になったことを祝福される。僕らは教会で、神から職業を1つ授かる。職業といっても就職を斡旋されるわけではない。特別な才能のことだ。この時もらった職業によって、僕らのその後の人生が大きく左右されるんだ。


 教会へと続く穏やかな上り坂の途中には畑があって、春の花が咲き誇っている。ミツバチは忙しく飛び交っていたけど、夢中でかける僕たちの目には、もちろん入らない。


 僕が息を切らせて協会に辿り着いたとき、先に着いたリュウは緊張した顔で深呼吸をしていた。僕は、彼の肩をポンと叩いて励ました。まるでリュウがいつも僕にするみたいに。そのくらい僕はわくわくしていた。僕のこの何気ない行動を気に留めなかったリュウだって、とてもわくわくしていたんだと思う。


 二人は同時に教会の扉を開けた。


 そこからの数分間は僕たちにとって、一生忘れられない、いや、僕たちの一生に大きな影響を与える、そんな体験となる。協会に足を1歩踏み入れた僕たちは、まばゆい光に包まれて、どこか別の空間に移動していた。後で聞いた話、僕たちはその間も間違いなくその場にいたらしいので、正確には、意識だけがどこかへ飛んでいたのだろう。




 僕たちの前には、優しい顔のしわくちゃミイラが現れた。


「やあ、やあ、お前たち。いつも祠を掃除してもらってすまんのう。」


 彼は自分のことを河童の神だと名乗った。今日はいつものお礼に、プレゼントを持って来たという。祠には心当たりがある。僕たちが秘密基地と呼んで遊び場にしているあの小さな洞窟だ。だとしたらリュウは、僕に感謝しなくちゃいけない。だって、あの祠を毎日掃除しているのは僕だからね。


 僕は、いつもあの祠でリュウと遊んだ後、あそこに住んでいるネズミに餌をあげて帰る。僕たちが遊んでいる間、この場所を貸してくれてありがとうって。そして、翌日リュウと遊ぶ時には、少し前に行って、ネズミの食べかすや枯葉なんかを綺麗に掃除するんだ。


 父ちゃんたちはあそこは「神様の家」だから、遊んだらいけないって言う。だから僕は、せめてお行儀に気を付けながら、父ちゃんの言いつけに背いているんだ。そのお礼がもらえるっていうなら、それは僕のおかげだよ、リュウ。僕は少し得意になって、リュウに軽く視線を送った。


 リュウはそんなことを気にする様子は少しもなく、目を輝かせて河童の神様を見つめていた。


「アキラ、俺たちにプレゼントだって!すごいね!」


「本当だね。すごいね。」


 まあいいや。それよりプレゼントって何だろう。


 神様は、1つずつ説明しながらプレゼントをくれるという。そして、その説明もまた情報というプレゼントだから、よく聞いて覚えておくといいよと言った。


「まずはお前たちの職業じゃが、なんでも好きなものをあげるわけにはいかない。向き不向きがあるからの。どんな子にも向いてる職業がいくつかあるから、本当はその中からランダムで与えられるんじゃ。だが、お前たちにはそれを自分で選ばせてやろう。」


「本当ですか!?」


 僕はますます目を輝かせた。リュウは微妙な様子で聞いている。


「じゃあ、アキラ。とりあえずお前から選ばせてもらえよ。」


 僕に先を譲るなんてリュウらしくない。多分まだ、状況がよくわかっていないんだな。


「じゃあ神様。僕に向いてる職業がなにかを教えてください。」


「うむ。こんな感じかのう。」


 僕の目の前にフワフワとカードが浮かんだ。それぞれに職業が書いてある。


【魔法使い】【僧侶】【付与術師】【農夫】【パン職人】【行商人】


 魔法系戦闘職が最初に3つ並んだ。【賢者】とか【錬金術師】みたいなレアなものはなかったけれど、僕は大満足だった。


「やっぱり魔法使いかなあ!でも、僧侶の回復魔法も仲間を助けられるよね。」


 リュウは少しつまらなさそうに口を挟んだ。


「お前は魔法使いより僧侶のほうが似合うと思うぜ。俺が怪我をしたら、回復魔法をかけてもらわないといけないしな。」


「え?」


「ん?なんだ?」


「いや、まるで一緒に冒険するみたいな言いかただなって…。」


「当たり前だろ!」


 彼はきっぱりと言って、少し不安そうに続けた。


「…い、嫌なのか?」


 嫌ではない。手放しで嬉しいとか、是非そうしたい!とは思わなかったけど、なんとなく必要とされてる感じがして悪い気はしなかった。


「ううん。そんなふうに思ってくれていたなんて嬉しいよ。じゃあ、僕はリュウのパーティの回復役ってことでいいかな?」


「いや、ちょっと待て。俺の適正にもしも【賢者】があったら…。そうしたら【僧侶】は不必要になる。あ。それは【魔法使い】も同じか…。

 そうじゃなくても、回復役は女の子のほうがいいよな…。」


「え?なに?」


「いや、なんでもない。お前、付与術師になれよ。珍しい職業だからな。やっぱり男はオンリーワンを目指さなきゃいけない。」


 理屈はよくわからないが、嫌だという理由は特にない。確かに派手な魔法でモンスターを蹴散らすより、仲間を補助する職業のほうが、自分に見合っている気がしてきた。


「ふーん。それも悪くないね。

 じゃあ神様、僕は付与術師を選びます!」


 僕は目の前のカードから【付与術師】と書かれたカードを手に取って、神様に差し出した。


「わかった。じゃあ、お前は今日から付与術師じゃ。

 次に能力初期値だ…えぇっと、お前の初期値は【10】か。だいぶ少ないのう。」


「能力初期値ってなんですか?」


 神様の説明によると、もらった職業にはレベルやステータスという概念がついている。不可視であるため一般に認知されていないが、確かに存在するらしい。能力初期値とは、レベル1の時点でのステータスを数値化したものだ。


 そしてレベルが上がるたびに、ステータスは能力初期値の10%底上げされる。つまり能力初期値が高いほど、レベルアップによる能力アップも大きくなる。この法則は不変のため、レベルが10上がれば、能力値は誰でも最初の2倍になる計算だ。


 僕は能力初期値が低いということに、それほど失望しなかった。僕は言われるまでもなく、自分を凡人だと思っていたからね。凡人が努力をしても、体格や才能に恵まれたものが同じだけ努力をしたら、凡人は絶対に追いつけない。知っていたことだ。それよりもこの概念を知れたアドバンテージのほうが大きい。


「レベルを上げる方法を教えてもらえますか?」


「そりゃ、モンスターを倒すのが1番じゃ。こんな当たり前の答えで悪いがな。もちろん修練しても少しは上がる。だが、モンスターを討伐すれば魔素を吸収できるぶん、上昇率が何倍も違うわい。」


 ほら来た。そんなことは他の誰も言っていない。すごい情報だ!「僕には才能がない」なんて、最初から知っている。今さら傷ついたりしない。それよりも、この情報を知れただけでも本当にラッキーだ。そんなことを考えていたなんだけど、神様は僕を気の毒がって、


「初期値は増やしてやれないが、ステータスの振り分けを自分でさせてやろう。」


 と言った。


「ちょ、神様!それは後にしてもらって、俺の職業もそろそろ教えてほしいんですけど!」


 待ちきれなくなったリュウが、割り込んできた。

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