第2話

 しかし、こいつずっとふさぎ込んでいるというか、張り詰めた感じだな。まったく、子どもがなんてツラしてやがる。そこで俺は

「おい、毒チワワって知ってるか?」

「・・・しらないし、そんなのいるわけないだろう」

「それがいるんだな。世界は広いんだぜ。毒チワワっていうのはな、全身が毒々しい紫色で、チクワが好物の猛獣だ…」

俺は毒チワワをチクワで手懐けた冒険譚を語って聞かせた。それを聞いている子どもの目の奥が、少しずつ光を帯びてきた。そこで俺はつい興が乗って、雷と共に落ちてくる幻獣サンダーポメラニアンとの死闘をくりひろげた話までしてしまった。もちろん毒チワワも、サンダーポメラニアンなんてのもいない。口から出まかせの作り話だ。

なんでもいいからこいつに別の表情をさせたかったんだ。


 日が暮れてきた。そろそろここらで休むべきだろう。俺は子どもに声をかける。

「湯を沸かすから、枯れ枝を集めるのを手伝ってくれ」

「なんで湯を沸かすんだ?」

「持ち歩いていた生水をそのまま飲むと、腹を下すからな。沸かしてから飲むのが安全なんだ」

俺たちは薪を集めた。この身体の持ち主は火打石を持っていたので、それを使って火をつける。その手元を、子どもは興味深そうに見つめていた。

「やってみるか?」

そいつは頷いて俺から石を受け取ると、器用に火をつけることに成功した。

「おお、なかなか筋がいいな」

「器用だってみんなによく言われる」

答える声が少し得意そうで、弾んでいる。子どもらしくなってきたじゃないか。

「ふーん、そうか。みんなって?」

「”城”のみんなが・・・」

はっとした顔をして、子どもは口をつぐんだ。城、か・・・俺が思ってた以上にかなーり訳ありのニオイがしてきたなあ。

聞いちゃいけんことを聞いちまったなあ。気まずい空気が流れる。


それから眠るまで、子どもは一言も口をきかなかった。


 翌朝。

「ほらよ」

寝起きの顔にピタリと冷たいものをつけてやると、奇声を挙げて子どもは跳ね起きた。

「昨日ろくに食ってないだろう?食べやすそうな果物があったから、川の水で冷やしといた。それ食ったら出発するぞ」

味のない干し肉は、お坊ちゃんの口には合わなかったらしいからな。まったくもって気遣いの出来る男だろ、俺ってやつは。

「ありがとう」

子どもは小さい声で礼を言うと、果物にかぶりついた。よしよし、ちゃんと礼が言えて偉い。

「旅をするときは、自生していて食べられるものを覚えておくといいぞ。荷物が少なくて済む」

「うん、わかった」

お、ちゃんと返事してくれた。おいちゃん、涙が出そうだぜ。昨夜のわだかまり、このままとけてくれよ。首尾よくいったので、俺は元気に歩き出した。この後大変なことになるとも知らず。


 ・・・マジかよ。ホントにいたのかよ、毒チワワ。


毒々しい紫色の小柄な獣に囲まれながら、俺は心の中で毒づいた。毒チワワなだけに。ここでチクワがあれば、昨日語ったホラ武勇伝の通りになるんだが、そこはおあいにくさま。

「チクワなんか持ってねえ!」

俺は子どもを担いで一目散に逃げだした。

・・・が、逃げた先は袋小路で、後ろは洞穴。完全に追い詰められてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る