作戦内容
■
『チャンスをくれないか? クマカワ先生と、話をしてみたいんだ』
俺がそう言うと、サチは札を持ったまま、目を瞬かせる。
『説得させたいとかじゃなくて、本当に話がしたい。視える人と会うのは初めてで、今後も会えるとは限らない。
……そんなことやってる場合じゃないのは、わかってるんだけど』
俺がそう言うと、『いいぜ』とサチがあっさり言う
『いいの?』
『いいけど、どっちにしても作戦を立てる必要がある。多分クマカワは、お前も狙っているからな』
そう言って、サチはトモチカさんに聞かれないよう耳打ちした。
『視るだけで呪いが返せるってことは、お前にも呪力があるってことだ。考えてみりゃ、あたしん家で妖怪が実体化するぐらいの力を持ってるし、狙われて当然だよな。タンちゃんは「霊力」って言ってたけど』
『……霊力と呪力って、どう違うんだ?』
『さあ? タンちゃんに聞いたら?』
というわけで、こっそりたんたんころりんに聞くと、たんたんころりんは、『使い方については、特に違いはないでござる』と返す。
『ただ、呪力は霊力や妖力の二次的なものだと考えていただければ』
全然わからない。
『あー、霊力は妖力と一緒で、枯渇すると死んじゃうけど、呪力は枯渇しても死なないってこと?』
『そういうことでござる』たんたんころりんはうなずく。
『そして、呪力を使えるものはいても、霊力そのものを扱える人間はとても少ないのでござる。霊力や妖力が魂の格を表すのであれば、呪力は意志の強さを反映する力ゆえ』
魂と意志って、同じものじゃないのか?
ちら、とサチを見ると、『あたしもよくわからん』と首を振られる。
『簡単に言えば、呪術師よりタケルどのの方が強いのでござる。呪術者がタケルどのを狙っているというサチどのの指摘は、正しいでござろうな』
そこまで言われたら、本当に俺のわがままを聞いてもらっていいのか、わからなくなる。けれどサチは、『そんじゃ作戦立てんぞ』と皆に呼びかけた。
『まず、タケルがクマカワに聞きたいことを聞く。
もし、クマカワが何か仕掛けてきたら、外に張ってたあたしとトモチカが割り込む。その間、何かあった場合に備えて、あたしらは二人の会話を録音して、法的証拠を作る。タケルにあたしのスマホを貸すから、クマカワ先生に会う前は通話中にしといてくれ』
で、とサチが続ける。
『これで観念してくれる奴とは思ってないんで、多分戦闘になる。
天ちゃん、学校にいる人にバレないようにする方法とか、ある?』
『ん、人避けの結界か? 俺なら出来るが、しなくても問題ないんじゃないか?
相手呪術師だろ。タケルくんを誘拐するなら、人避けの結界ぐらい張るだろうし』
『あ、そう? それって、天ちゃんなら打ち破ること可能?』
サチの言葉に、『俺を誰だと思ってんだ』と天狗が返す。
天狗。山伏の格好をして、人に呪法を授ける妖怪。確かに天狗なら、人間の使う呪術を破ることが出来るのだろう。
『けどなあ、相手はビジネスで呪えるぐらいの腕前だろ。俺も対処はしてみるが、他の呪術は無効化できても、式神は使えるんじゃないか? 術をかけてる俺が助けに行くのは難しいし、サっちゃん、視えないのに大丈夫かよ?』
『ん、まあなんとかなるっしょ』
天狗の心配を、サチは軽く返す。
『トモチカとアカネは、タケルを連れて撤退。もしあたしが式神に対応している間、誰か捕まった時を考えて、トモチカ、お前がこの札を持ってクマカワと対処する』
『ちょちょちょ、ちょっと待て!』
トモチカさんが止めに入る。
『こんな危険なこと、子どもにさせられるわけねえだろ! お前らに何かあったら、ミドリさんやマサツグさんに、なんて申開きすればいいと思ってんだ!』
『お前が怒られればいいんじゃね?』
サチが返す。トモチカさんは撃沈した。
『……俺、戦闘とか絶対できねえぞ』
『んなの、お前に期待するわけねーだろ。あたしが買ってんのは、お前の「煽り」だ。人は怒りに支配されると、必ず隙が生まれる。お前なら、ネットで培われた煽りスキルがあるだろ?』
サチに言われて、トモチカさんは何か言いたげだった。今思えば、あれは昔やってしまった罪を思い出していたのかもしれない。
『それにこっちには切り札があるから、煽りのネタには不足ない』
『切り札? この札のことか?』
『ちゃうちゃう。タケルと、アカネのことだよ』
――俺たちが切り札?
俺とアマノは、お互い顔を見合わせた。
『さっき、タンちゃんが言ったろ? 妖力や霊力を使える方が、呪力を使えるやつより強いって。タケルとアカネはクマカワより強いんだよ。
アカネを脅迫した時でさえ、クマカワは自分より強いアカネを恐れていたはずだ。そこを煽れば、必ずクマカワは隙を見せる』
■
「おーっす、上手くいったみたいだな」
廊下の向こうから、木製バットを担いだサチがやってきた。
バットはへこみ、髪はボサボサ、服も汚れているが、目立った怪我は無い。人型の何かを倒してきたようだ。
「って、アカネ怪我してんじゃん!! 大丈夫!?」
「大丈夫だよ、サチちゃん。もうほとんど消えてるし」
慌てるサチに、アマノが柔らかく笑う。
彼女が首筋を撫でると、赤い液体は取れて、うっすら線のようなものだけが残っている。
「ごめん、アマノ。俺のせいで……」
「気にしないで」アカネは手を振って言う。
「妖怪って、すぐ傷が治るんだね。皆の役に立ててよかった。――よかった、この身体で」
それは、心からの言葉のようにも、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「そのことなんだけどさ」サチは尋ねた。
「アカネは、人間として生きたいんじゃないの?」
サチが尋ねると、アマノはきょとんとした。
「だって……私、こんなだし……」
「あたしらだって、遠い祖先には妖怪がいるかもしれない」サチは言った。
「今どきコスプレで耳や尻尾を生やすことだって出来るし、あたしも髪色変えてる。見えるものだけが、人間の証明になるんかな?」
「……」
「まああたしとしてはどっちでもいい。アカネが人間でも、妖怪でも、そのどちらでも、どちらでなくても。――そもそも自分が自分であるために、何かを証明したり、説明する必要はない」
ただ、これだけは伝えたくて。
そう言って、サチは手を伸ばして笑った。
「アカネが何を名乗ろうと、誰から何を言われようと、あたしはアカネの味方だよ」
アマノの顔が、真っ赤に染まる。
差し出された手と、サチの顔を交互に見て、恐る恐る手を出す。それをサチが、両手でぎゅっと握りしめる。
その途端、アマノはボロボロと泣き出した。
「俺も、アマノの味方だよ」
俺も続ける。心からの言葉だった。
人間でも、妖怪でも、どちらでも、どちらでもなくても関係ない。俺の友人だ。心の中でそう思った時、何かがようやく、解き放たれた気がした。
「……ありがとう」
小さくしゃっくりを上げながら、アマノは何度も繰り返した。
「ありがとう……ありがとう……!」
泣いているアマノに、ポン、とサチが背中を叩いた。その時だった。
「何良い話みたいにまとめているのかしら?」
凍えるような声がして、俺たちは振り向く。
クマカワ先生が、こちらを見て立っていた。
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