作戦内容


『チャンスをくれないか? クマカワ先生と、話をしてみたいんだ』

 俺がそう言うと、サチは札を持ったまま、目を瞬かせる。

『説得させたいとかじゃなくて、本当に話がしたい。視える人と会うのは初めてで、今後も会えるとは限らない。

 ……そんなことやってる場合じゃないのは、わかってるんだけど』

 俺がそう言うと、『いいぜ』とサチがあっさり言う

『いいの?』

『いいけど、どっちにしても作戦を立てる必要がある。多分クマカワは、お前も狙っているからな』

 そう言って、サチはトモチカさんに聞かれないよう耳打ちした。

『視るだけで呪いが返せるってことは、お前にも呪力があるってことだ。考えてみりゃ、あたしん家で妖怪が実体化するぐらいの力を持ってるし、狙われて当然だよな。タンちゃんは「霊力」って言ってたけど』

『……霊力と呪力って、どう違うんだ?』

『さあ? タンちゃんに聞いたら?』

 というわけで、こっそりたんたんころりんに聞くと、たんたんころりんは、『使い方については、特に違いはないでござる』と返す。

『ただ、呪力は霊力や妖力の二次的なものだと考えていただければ』

 全然わからない。

『あー、霊力は妖力と一緒で、枯渇すると死んじゃうけど、呪力は枯渇しても死なないってこと?』

『そういうことでござる』たんたんころりんはうなずく。

『そして、呪力を使えるものはいても、霊力そのものを扱える人間はとても少ないのでござる。霊力や妖力が魂の格を表すのであれば、呪力は意志の強さを反映する力ゆえ』

 魂と意志って、同じものじゃないのか?

 ちら、とサチを見ると、『あたしもよくわからん』と首を振られる。

『簡単に言えば、呪術師よりタケルどのの方が強いのでござる。呪術者がタケルどのを狙っているというサチどのの指摘は、正しいでござろうな』

 そこまで言われたら、本当に俺のわがままを聞いてもらっていいのか、わからなくなる。けれどサチは、『そんじゃ作戦立てんぞ』と皆に呼びかけた。

『まず、タケルがクマカワに聞きたいことを聞く。

 もし、クマカワが何か仕掛けてきたら、外に張ってたあたしとトモチカが割り込む。その間、何かあった場合に備えて、あたしらは二人の会話を録音して、法的証拠を作る。タケルにあたしのスマホを貸すから、クマカワ先生に会う前は通話中にしといてくれ』

 で、とサチが続ける。

『これで観念してくれる奴とは思ってないんで、多分戦闘になる。

 天ちゃん、学校にいる人にバレないようにする方法とか、ある?』

『ん、人避けの結界か? 俺なら出来るが、しなくても問題ないんじゃないか?

 相手呪術師だろ。タケルくんを誘拐するなら、人避けの結界ぐらい張るだろうし』

『あ、そう? それって、天ちゃんなら打ち破ること可能?』

 サチの言葉に、『俺を誰だと思ってんだ』と天狗が返す。

 天狗。山伏の格好をして、人に呪法を授ける妖怪。確かに天狗なら、人間の使う呪術を破ることが出来るのだろう。

『けどなあ、相手はビジネスで呪えるぐらいの腕前だろ。俺も対処はしてみるが、他の呪術は無効化できても、式神は使えるんじゃないか? 術をかけてる俺が助けに行くのは難しいし、サっちゃん、視えないのに大丈夫かよ?』

『ん、まあなんとかなるっしょ』

 天狗の心配を、サチは軽く返す。

『トモチカとアカネは、タケルを連れて撤退。もしあたしが式神に対応している間、誰か捕まった時を考えて、トモチカ、お前がこの札を持ってクマカワと対処する』

『ちょちょちょ、ちょっと待て!』

 トモチカさんが止めに入る。

『こんな危険なこと、子どもにさせられるわけねえだろ! お前らに何かあったら、ミドリさんやマサツグさんに、なんて申開きすればいいと思ってんだ!』

『お前が怒られればいいんじゃね?』

 サチが返す。トモチカさんは撃沈した。

『……俺、戦闘とか絶対できねえぞ』

『んなの、お前に期待するわけねーだろ。あたしが買ってんのは、お前の「煽り」だ。人は怒りに支配されると、必ず隙が生まれる。お前なら、ネットで培われた煽りスキルがあるだろ?』

 サチに言われて、トモチカさんは何か言いたげだった。今思えば、あれは昔やってしまった罪を思い出していたのかもしれない。

『それにこっちには切り札があるから、煽りのネタには不足ない』

『切り札? この札のことか?』

『ちゃうちゃう。タケルと、アカネのことだよ』

 ――俺たちが切り札?

 俺とアマノは、お互い顔を見合わせた。

『さっき、タンちゃんが言ったろ? 妖力や霊力を使える方が、呪力を使えるやつより強いって。タケルとアカネはクマカワより強いんだよ。

 アカネを脅迫した時でさえ、クマカワは自分より強いアカネを恐れていたはずだ。そこを煽れば、必ずクマカワは隙を見せる』


 ■


「おーっす、上手くいったみたいだな」

 廊下の向こうから、木製バットを担いだサチがやってきた。

 バットはへこみ、髪はボサボサ、服も汚れているが、目立った怪我は無い。人型の何かを倒してきたようだ。

「って、アカネ怪我してんじゃん!! 大丈夫!?」

「大丈夫だよ、サチちゃん。もうほとんど消えてるし」

 慌てるサチに、アマノが柔らかく笑う。

 彼女が首筋を撫でると、赤い液体は取れて、うっすら線のようなものだけが残っている。

「ごめん、アマノ。俺のせいで……」

「気にしないで」アカネは手を振って言う。

「妖怪って、すぐ傷が治るんだね。皆の役に立ててよかった。――よかった、この身体で」

 それは、心からの言葉のようにも、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

「そのことなんだけどさ」サチは尋ねた。


「アカネは、人間として生きたいんじゃないの?」


 サチが尋ねると、アマノはきょとんとした。

「だって……私、こんなだし……」

「あたしらだって、遠い祖先には妖怪がいるかもしれない」サチは言った。

「今どきコスプレで耳や尻尾を生やすことだって出来るし、あたしも髪色変えてる。見えるものだけが、人間の証明になるんかな?」

「……」

「まああたしとしてはどっちでもいい。アカネが人間でも、妖怪でも、そのどちらでも、どちらでなくても。――そもそも自分が自分であるために、何かを証明したり、説明する必要はない」

 ただ、これだけは伝えたくて。

 そう言って、サチは手を伸ばして笑った。


「アカネが何を名乗ろうと、誰から何を言われようと、あたしはアカネの味方だよ」


 アマノの顔が、真っ赤に染まる。

 差し出された手と、サチの顔を交互に見て、恐る恐る手を出す。それをサチが、両手でぎゅっと握りしめる。

 その途端、アマノはボロボロと泣き出した。

「俺も、アマノの味方だよ」

 俺も続ける。心からの言葉だった。

 人間でも、妖怪でも、どちらでも、どちらでもなくても関係ない。俺の友人だ。心の中でそう思った時、何かがようやく、解き放たれた気がした。

「……ありがとう」

 小さくしゃっくりを上げながら、アマノは何度も繰り返した。

「ありがとう……ありがとう……!」

 泣いているアマノに、ポン、とサチが背中を叩いた。その時だった。


「何良い話みたいにまとめているのかしら?」


 凍えるような声がして、俺たちは振り向く。

 クマカワ先生が、こちらを見て立っていた。

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