トモチカ、話す

 トモチカさんが、俺たちとクマカワ先生の間に立つ。

「本当に、あのピンク頭には引っ掻き回されるわ……アイツのせいで、どれっだけ呪いに失敗したか……」

 ふふふ、と地を這うような笑い声が聴こえた。俺が目を離した後にもみ合ったのか、クマカワ先生の髪が少し乱れていた。

「何よあのピンクのカツラ。見ててこっちの目がやられそうだし、なんであんなに呪力が篭ってるもの被ってるわけ? 普通の人間なら寝たきりになるレベルよ?」

 俺は『呪い返し』の話を思い出す。

 あのカツラは、呪いの人形の髪だ。髪には呪力が籠ると天狗が言ってたので、あのカツラにも呪いを返せるほどの呪力が篭っていたんだろう。

 そこで俺は気づいた。 

「クマカワ先生……ひょっとして、サチにカツラを脱がせようとしてたの、呪いに邪魔だったから……?」

「ええそうよ! あのピンク頭が校長や幸村ミドリの周りをウロウロウロウロしてるせいで! 二人も呪えなかった!!」

 俺は目を見開いた。

 そう言えば、タナカ先生の件は、校長先生もミドリさんも参加していたんだっけ。あの二人への呪いも、クマカワ先生に依頼されていたのか。

「だから外部からの電話を装ってクレーム入れたり、教師たちの不和を煽ったりして、脱がせようとしたのに!!」

「やること多いな」

 ボソッ、とトモチカさんがつぶやく。

 本当にそう。先生たちってただでさえ激務なのに、その上で誰かを呪ったり、カツラを脱がせるためだけに色々動いたり、仕事を増やして。なにをやってるんだろう、この人は。

「校長や幸村ミドリを直接呪うのは諦めたわ。だから腹いせにあなたを呪おうと考えた! 林原智親! なんっで無事なのよ!?」

「俺は腹いせかよ!」

 掴みかかってきたクマカワ先生を、トモチカさんがかわす。

 クマカワ先生は、そのまま倒れこむかに思われたが。

「……しまった!」

 クマカワ先生は、そのまま俺たちに飛びついてきた。細い腕が、俺の首を目指して伸ばされる。

 だがその前に、アマノが俺を突き飛ばした。

 おかげで俺は頭をぶつけるだけで済んだが、アマノはクマカワ先生に捕まってしまった。


「アマノ!」


 アマノの白い首に、つう、と赤い線が走る。

 クマカワ先生が、割れたガラスを握って、アマノの首に突きつけていた。

「首を切ったら、半妖でも無事じゃ済まないでしょ? それとも、生首だけでも生きられるのかしら?」

 手を切っていても、クマカワ先生は痛がるそぶりを見せない。

 顔色を変えたトモチカさんが「やめろ!」と叫ぶ。

「やめろと言ってやめるやつがいる? まあいいわ、やめてほしいならさっきの録音データを消しなさい」

 そう言われて、トモチカさんはスマホを取り出そうとする。

「クラウドの方も消すのよ」クマカワ先生が言う。

「あなた、デジタルに強いんでしょう? 十年ぐらい前に、教員のデータを流出させたことがあるって聞いたわ」

「えっ」

 思わず俺は、トモチカさんの顔を見る。そんな話、初めて聞いたからだ。

 トモチカさんが、罪悪感に満ちた顔をした。

「校長が目立つせいで、ずいぶん教師からやっかみやいじめを受けていたみたいね。その復讐とか。

 不正アクセスってかなり重罪なのに、少年法で名前は報道されず、多額の罰金を払って許されたって聞いたわ」

「許されちゃいない」

 トモチカさんが返す。

「名前が報道されなくても、罰金を払っても、前科はつく。何より、俺自身が許してない」

 彼はゆっくりと、静かに話し始めた。

「タケルくん、アマノさん。君たちの『秘密』なんか、俺やコイツに比べたら誰にも迷惑かけてないし、恥じることなんてない。むしろ守られなきゃいけない『秘密』だ。君たちの『秘密』は、君たちのものだ。君たちだけが、明かしたり、秘めたりする権利がある」

 コイツ、と呼ばれたクマカワ先生が、不快そうな顔をした。

「俺は胸張れるような社会人生活もしてないし、あんまり清く正しい良い大人じゃないけど――君たちを守る責任は果たす」

「守る!? 守るですって!?」

 心底バカにしたように、クマカワ先生が笑った。「この状態で、何を『守る』っていうの!?」

「今自分の不甲斐なさを噛み締めてるとこだよ。けどな、こっちには、切り札がある」

 トモチカさんが、あの札を取り出した。

「これは、アンタの呪力とやらを吸い取る札だ。これをアンタに貼り付ければ、アンタを無力化することが出来る」

 その言葉を聞いて、ハッとアマノの表情が変わった。トモチカさんはクマカワ先生にバレないよう、小さくうなずく。

 ワンテンポ遅れて、クマカワ先生が「バカなの?」と返す。

「切り札っていうのは、隠すから意味があるものでしょ? 見せてどうするの?

 まあいいわ、アマノアカネを殺されたくなければ、それも破り捨てなさい」

「アマノさんを解放すれば、これを破り捨てる。データも破棄する」

 立っているトモチカさんは、座り込んで脅すクマカワ先生を見下ろして言った。

「破り捨てた後、本当にアンタが彼女を解放するかわからないからな」

「……私を脅してるの? ふざけないで」

 そう言って、くっ、とアマノの首に突きつける。「本当に今すぐ殺すわよ。今すぐ破りなさい」

「……クマカワ先生」

 そこで今まで黙っていたアマノが、口を開いた。クマカワ先生がアマノを見る。

「先生、言っていましたよね。私には、川の氾濫を引き起こすほどの妖力があるって。……先生にはできなくて、私にはできる」

「何が言いたいの?」

 アマノはクマカワ先生の方を見た。

 射抜くように。


「私に、大丈夫なんですか?」


 クマカワ先生の表情が変わる。

 想像したのだろう。自分より強い力を持つアマノが、何かするかもしれないことに。クマカワ先生は、アマノを突き飛ばした。

 その瞬間を、トモチカさんは見逃さない。

「おらあああ!」

 ものすごいスピードでクマカワ先生の方へ突っ込み、額に札を貼り付けた。

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