戦闘開始

サチ、跳ぶ

 サチが、ブン! と、木製バットを振る。

 トモチカさんが、俺をかばうように前に立つ。

 突然のサチとトモチカさんの登場に、うろたえるクマカワ先生だったが、すぐに笑い始めた。

「あなたに何が出来るっていうの? あなた、妖怪が『視え』ないんでしょ?」

 そう言って、何か呪文のようなものを唱え始める。

 現れたのは、白い仮面と白い着物を着た人のような何か。モヤモヤをまとったそれらは、腕をかざすと、そのモヤモヤから斧を作り出す。

 その斧は、そのままサチの頭を目掛けて振り落とされた。けれどサチは、なんてこと無く木製バットを頭にかざし、その斧を受け止める。

 細かい木の破片が飛んだが、折れることはなかった。刃物は木製バットに食い込まれ、抜けなくなった。

「臼井くん、こっち!」

 アマノの声が廊下からした。足や腕は動かないので、床の上を転がった。

 ドタ、ドテ、と、鈍い音を立てながら、なんとか相談室を出た。すぐにアマノが俺のもとに来て、肩を貸してくれた。

「大丈夫、臼井くん。身体が……」

「だ、大丈夫……じゃないけど……」

 わがままを聞いてもらったんだから、文句は言えない。こんな目に遭うのも覚悟していた。

 まさか薬を飲まされるとは思わなかったけど。邪気や妖怪が視えるから、こんな手段を取ったんだろうか。

「とにかく、廊下から出よう。じゃないと」

 アマノが言いかけた途端。

 ドアの扉を蹴破って、サチが飛び出してきた。

 あとから続いて、人型の何かが三体、彼女を狙って追ってくる。

 サチは木製バットを振り回しながら、こう言った。

「おう、タケル! アカネ! そこにいると巻き込まれっぞ!」

 そう言って、サチは俺たちとは反対側――職員室がある方へ走る。

 その際も、適当にバットを振り回しては、仮面や胴体に当てていた。

 ……って。

「サチ! そいつら、視えてるのか!?」

「視えてなーい!」

 サチの声が廊下で反響する。

 嘘だろ。視えてないのに、攻撃をかわしたり、当てたりするなんて。ひょい、とジャンプして攻撃を避けたり、まるで水泳の折り返しの時みたいに、壁を蹴飛ばして彼らに突っ込んで行く。

 いつ攻撃が当たるんじゃないかと不安になる。だが、そんな状態でも、サチは『楽しくて仕方ない』とばかりに笑っていた。

「……ねえ、サチちゃんって、人間なんだよね……?」

 アマノが戸惑ったように尋ねる。

「うん、多分……」

 目を疑うようなバトルシーンに、呆然と眺めていると、つったたた、と痛みをこらえるような声がした。

「なんでアイツあんなに機敏に動ける……ってか、力強ぇな」

「トモチカさん! だ、大丈夫ですか!?」

 ずいぶん痛がるそぶりを見せるトモチカさん。

「ああ、これは、多分見えない何かに殴られる」

「殴られたんですか!?」

「……前に、サチに引っ張られて、そのまま壁にぶつかった」

 サチのせいか。

 けど、あの仮面の生き物に殴られなくてよかった。邪気をまとっているあれは多分、触られただけでマズイ。

「俺には視えないんだが、何かいるんだろ。あそこに」

 ふと俺は、トモチカさんに『視える』ことがバレたことに気づく。

 はい、と返すと、そうか、とトモチカさんが返した。

「わ、私もぼんやりとしかよく視えない……けど、場所はわかる。何か甘い匂いがするから」

「甘い匂い?」

 それを聞いて俺は、狐塚の市立図書館で、クマカワ先生に会った時のことを思い出した。

 甘い匂い。あれを嗅いで、サチは「くっさ」と言っていた。多分、嗅覚に敏感なんだろう。

 そこまで気づいて、俺はハッとした。――まさかサチ、匂いで立ち位置がなんとなくわかってるのか!? だとしたら本当にすごいな!!

 だが、感心している時間はそうなかった。


「何を、ボサっとしてるのかしら?」


 相談室から、クマカワ先生が現れたからだ。

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