クマカワ先生

対話する 1

 小学校に行くと、クマカワ先生が花壇で草むしりをしていた。

 つばの広い帽子を被って作業している先生は、とても忙しそうだ。声をかけるのもためらってしまう。

 ……そろそろいいかな。俺は、こっそりスマホ画面を押す。

「クマカワ先生」

 俺が呼ぶと、クマカワ先生が驚いた顔をした。「臼井くん?」

「ちょっと、先生に相談があって来たんです。……でも、忙しいですよね」

「ううん、そんなことはないわ! 待ってて」

 そう言って、クマカワ先生は道具を片付けた。スコップや軍手を、金属で出来た物置小屋に入れていく。

「草むしりも、先生の仕事なんですか?」

「普段は美化委員会のお仕事だけど、今は学校がお休みだもの」

 俺たちが休んでいる間、先生は研修があって、草むしりもして、俺たちの相談や外部との応対もしている。隠ぺいの話をした時、トモチカさんは、「教員の仕事は激務」だと言っていたけど、本当にそう思う。俺が「大変だ」と思うことすら、激務のほんの一面に過ぎないんだろう。

 何か、俺に出来ることはないのかな。そんなことを思った。





 俺は、保健室の隣にある相談室に案内された。

 暖かい紅茶を注がれ、それを飲む。

「それより、相談って? 何かあったの?」

「実は俺、ずっと隠している『秘密』があるんです」

 そこで俺は、一呼吸置いた。


「……人とは違うものが視えるんです」


 そう言うと、ぴくり、とクマカワ先生の目元が動く。

「……そうなの。それで?」

「幸村家の人に打ち明けるべきなのかどうか、悩んでいます。黙っているのは、嘘をついているみたいで、辛いんです。

 でも言っても、幸村家の人たちに迷惑がかかるかもしれない。……そもそも、理解されないかもしれない。不気味がられて、追い出されるかもしれない。

 先生なら、どうしますか?」

 俺がそう言うと、そうねえ、とクマカワ先生は言う。


「……私なら、黙っちゃうかな」


 ほんの少し、さみしそうな顔をしてクマカワ先生は言った。

 それは演じているとかじゃなくて、素の表情だったと思う。

「『説明すれば分かってくれる』なんて大人は子どもに平気で言うけど、そんなことはないわ。結局、同じものが『視え』なきゃ、話にならない。どれだけ説明しても無駄なのよ」

 それは今まで聞いたクマカワ先生の言葉の中で、とても真実味のある言葉だった。

 そして気づいた。クマカワ先生は、いつもは当たり障りのないようなことだけを言っていたんだと。俺はそれだけ見ていたんだ。

 それは周りにとって、都合の良いことだったんだろう。

 ――だけど今の俺は、都合の良い言葉より、ずっと嬉しい言葉だった。

「こんなこと言って、ガッカリさせちゃったかしら?」

 クマカワ先生が言う。いえ、と俺は返した。

「ありがとうございます。……もう少し、考えてみます」

 俺はそう言って、椅子を引く。

 待って、とクマカワ先生に止められた。

「まさか、それだけ?」

 どういう意味か尋ねようとした、その時。

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