作戦会議

犯人を抑える方法

 そこは、とても賑やかだった。

 俺は和室の全体をながめる。左から順に、天狗、アマノ、たんたんころりん、トモチカさん、部屋の隅っこに人形が座っていた。

 なんだろう、この景色。目まいがしそう。

「とりあえず皆集まったし、会議始めんぞ」

 サチの言葉に、おのおの好きにすごしていた皆がいっせいに彼女を見る。

「今回の『呪い』について、犯人の目星がついたけど、証拠がない。っていうか、人間の社会において、『呪い』を取り締まる法律がない。

 このまま放っておくと、神川が氾濫するなんていう『災い』が起きる。その前に犯人を取り押さえたいんだけど、何か方法ってある?」

 サチがそう言うと、皆がいっせいに黙る。――わかっていたけど、そんなものはなさそうだ。

「……やっぱ山に埋めるしかねえか? それとも海に沈めるか?」

「俺が棲家にしている、天狗山とかどうだ?」

「お、いいね」

「いいね、じゃない!」

 物騒な会話をする人間・サチと、それに乗っかる天狗。冗談でもやめなさい。

「まあ、他にも方法はあるだろ。アカネちゃん、犯人はアンタの妖力を使うって言ってたんだな?」

 天狗が話を振ると、おっかなびっくりでアマノが首を振る。


 ……意外なことに、アマノは妖怪を視たことがなかったらしい。たまにモヤのような影が見えた程度だったそうだ。

 人間の俺が視えて、妖怪の血を引くアマノが視えないというのも変な話だが、サチは、

「まあ人間の視力だってマチマチだもんな」

と謎の理解を示していた。

 

「その時、何か手渡したりしなかったか? 髪とか、妖力や呪力が貯まりやすいもんだけど」

「いえ、それは……けど、『その日になったら、自分のところへ来るように』とは言われました」

 そう言って、アカネは顔を俯かせた。

「来なかったら、今度こそタナカ先生の命を奪うって……」

 ……本当に、『あの人』がそんなことを言ったんだろうか。

 俺はぎゅっと、膝に乗せたこぶしを握る。

「私の妖力が必要なら、妖力がなくなればいいんですよね? その方法はないんですか?」

 サチがちら、と天狗を見た。

 そうだな、と天狗は顎をさする。

「本末転倒な話だが、『川の氾濫』を引き起こすほどの『呪』を行うなら、アカネちゃんの妖力はすっからかんになるだろうな」

 ただし、と天狗は告げる。

「妖力が枯渇すれば、アカネちゃんの命は無くなる」

 その言葉に、部屋の中がしん、と静まった。

 それを破ったのは、サチの舌打ちだった。

「やっぱ犯人、埋めるしかねえか」

「だからそれはダメだって!」

 俺が叫んだ時。


「その前に私が死ねば、川の氾濫は起きませんか?」


 アマノのはっきりした声が、またもや静けさを呼んだ。

「妖力が無くなれば死ぬなら、死んだら妖力が無くなるってことですよね?」

「アカネ、それは……」

「私は、生きちゃいけないんです」

『生きちゃいけない』。

 そんな重い言葉に、胸がざわついた。

「タナカ先生が今あんな風になってるのは、私のせいです」

「だから、それはアカネのせいじゃないって」

「私のせいなんです」

 サチの言葉を、ハッキリとアマノは否定した。

「……タナカ先生は、随分疲れ切ってました。すごく忙しかったはずなのに、その中で、タナカ先生は人前に出られない私のために、沢山の時間を割いてくれました。それは他の人から見たら『特別扱い』でした。

 言われたんです。『一個人をひいきにするのも、保護者からクレームが来る』って。そしたら他の教師にも迷惑が掛かって、タナカ先生は随分批判されていたって……」

「ひいきじゃない。当然のことだ」

 トモチカさんが、はっきりと言った。

「アマノさんには社会に参加する権利と、教育を受ける権利がある。それをタナカが保障するために動いた。アイツは教育者として、大人として、当然のことをしただけだ」

「私は人間じゃない!」

 悲鳴のような声だった。

「同じことを、タナカ先生が言ってくれました。でも私は、人間じゃない。……私には人権なんてない。今だって秘密を打ち明けても、他の人にその重みを背負わせて、巻き込むことしか出来ない……」

 ハッと、俺は気づく。

 狐塚の市立図書館へ向かう時、サチと話したことを思い出した。

「……わかるよ」

 俺の言葉に、泣いていたアマノが顔を上げる。

「いや俺には、アマノさんの気持ちはわからない。でも……自分のせいで誰かが傷つくかもしれないって、思ったことがある。だから自分さえいなければ、って思いもわかる」

 人じゃない。それでも自分を受け入れてくれる人たちがいる。彼らと一緒にいたい。そのために自分の正体を隠さないといけない。

 今なら、好きな人にでさえ正体を隠し、本当の姿を知られて去って行った妖怪の気持ちがわかる。

 秘密を背負わせたくない。

 その秘密が他の人にもバレた時、追い出されるリスクを背負わせたくない。

 ……妖怪が視える俺も、同じだ。

 俺がいじめられていた時、かばってくれた結果、その子までいじめられたことを思い出す。

 俺がトモチカさんやミドリさん、マサツグさんに秘密を打ち明けられないのは、彼らを信じていないからじゃない。タナカ先生のように、巻き込んでしまうかもしれないからだ。

 妖怪が視えるから、その分災いを招く。そう思って生きてきた。

 だから誰とも関わらないように生きてきた。どうせすぐに、帰る場所は変わる。大人になったら、誰とも関わらないように生きようと。

 けど、今は違う。

「アマノさんがいなくなって、状況が改善されるとは思えない。アマノさんが死んだら、タナカ先生も無事じゃないと思う。

 それにアマノさんが死んだら、……タナカ先生はすごく悲しむんじゃないか」

 異類婚姻譚の最後が、別れを悲しんでいる人間の姿で終わっているように。

 俺がいなくなれば、幸村家の皆は、きっと悲しむ。……サチが悲しむ姿は、あんまり想像がつかないけど。

「それにな、アカネちゃんの考えは間違ってるぜ」

 天狗が口を開いた。

「妖力が枯渇すれば死ぬが、普通に死ぬと妖力は死体に残ったままだ。死ぬ方が犯人の思うつぼだぞ」

 そんな、とアマノがつぶやいた。

 気まずそうに、ガリガリと天狗が頭を搔く。

「妖力を枯渇する方法だってなー、奪った妖力どうすんだ? って話で、放置したらそれこそ大災害を起こすことぐらいしか発散できん。

 だからな、ここはやっぱ、『敵を倒す』しかねーんじゃないか?

 次の大雨に川を氾濫させるって言ったんだろ。恐らく、タイミングがズレればヤツは災害を起こせない。その時呪いが出来ないほど疲弊させればいい」

「つまり、殴ればいいと?」

 グッ、とサチが拳を握る。こら。

「殴るよりは、こっちの方がいいんじゃないか?」

 そう言って、天狗が取り出したのは、札だった。

「相手の呪力を吸収する札だ。これを相手にある程度貼りつけば、しばらく犯人は呪うことすら出来なくなると思うぜ」

「しばらくってどれぐらい?」

「人間の呪力全部奪ったら、寿命を全うしても使えんだろ。妖力と違って、人間の呪力は奪っても死なんが、回復もせんからな」

 ほう。サチが感心したように言った。

「そんじゃ、さっそくアイツを罠に引っ掛けるか。良い方法を思いついたし」

「それなんだけど、サチ」

 サチがこちらを見る。その真っ直ぐな目に、俺はごくん、と唾を飲み込む。

 こんな時に、言うことじゃないかもしれない。きっと、いや絶対迷惑がかかる。それでも俺は、ずっと考えていたことを打ち明けた。

「その前に、チャンスをくれないか?」

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