犯人と対峙する

『呪い』の全貌

信頼する強さ

「アカネの情報で分かったことは、『「災い」の内容』そして『犯人の名前』だ」

 俺の部屋にて。

 サチがまたもやホワイトボードを引っ張って来た。この状況も慣れたものだ。

「まず『災い』については、神川の氾濫で間違いない」

 サチはホワイトボードに大きく、『氾濫』と書く。

「そして『犯人の名前』。とりあえずアカネは消すとして、別の人物の名前が挙がったな」

 その言葉を聞いて、俺はこぶしを握る。

 ……信じられなかった。信じたくなかった。

 こんな邪悪なことを、あの人がしているなんて信じたくない。

「サチは、信じるのか? アマノが言ったことを」

 サチが視線をホワイトボードから俺に向ける。

「信じるって言うか、つじつまが合うからな。嘘って言う方が難しくねーか?」

「でもアマノは、妖怪だ」

「妖怪と人間、な。けど、そんなの関係ないだろ。――お前からして、アカネは嘘をついているように見えたか?」


 俺はアマノの様子を思い出す。

 ……俺はサチみたいに、嘘や真実を見破る能力は無い。けれど、あの涙が嘘だとは、どうしても思えなかった。

 サチの言う通りだ。人間だって嘘をつく。とても残酷な嘘を。今日はそれがよくわかった。


「けど、あの人には邪気が視えなかった。それはどうするんだ?」

「邪気が視えないだけで、隠しているのかもしれない。プロフェッショナルなら、あり得なくないだろ」

 タケル、とサチは言う。

「今日、お前アイツに出会ったんだろ。おかしいと思うところはなかったか?」

 彼女の口ぶりを思い出す。

 こんな風に話していて、邪気がないなんてことがあり得るんだろうかと思った。

 多分、サチの推理は正しい。『優しい』と思った人が、身近な人がこんなことをしていたと、俺が認めたくないだけだ。妖怪のせいにするほうが簡単だから、アマノに押し付けようとしている。

「サチは、何でもお見通しなんだな」

 俺がそう言うと、「いや? ずっとアイツに目を付けていただけ」とサチは返す。

「お前、気付かなかったんか? アイツずっと、お前のこと見てたんだぞ」

「え?」

「今思うとアイツ、お前が『視える』こと、気付いてたんじゃね? 自分と同じだって思って見てたんだ」

 俺とあの人が、同じ?

 そう言えば、『呪い』を掛けられるってことは、ひょっとして俺みたいに、妖怪や幽霊が視えるってこと?

 今まで考えもしなかった。


「にしても、マジでしっかりしてねー大人とクズな大人ばっかだな」


 サチは呆れたように言った。倒れ込むように、大きめのクッションに座り込む。

「特にアカネの親。実母は行方不明、父親は何も教えず他界、継母はクズ」

「いや……事情があるかもしれないし」

 と言っても、気持ちは一緒だった。

 継母なんて、看護をアマノに任せっきりだったくせに、『死ぬ前になぜ呼ばなかった』『父親が死んだのはお前のせいだ』なんて言い放っている。その後は育児放棄だ。

 さらにアマノは、『呪い』の首謀者に「お前のせい」なんて擦り付けられている。そのせいでアマノは、自分が掛けたわけではないのに、『自分が呪いなのだ』と信じてしまった。

「なんでアマノは、タナカ先生のこと、自分のせいだなんて思ったんだろう。自分のお父さんのことだって」

「そりゃ傷ついていたからだろ」

 サチが背もたれによりかかる。『人をダメにする』と言われるクッションは、どんどん変形していった。

「継母も逃げ出すぐらい重労働な親の看護をしてたんだぜ? そんな時に突然自分の体が変わって、親の死も看取って、混乱していた時に『お前のせい』なんて言われてみろよ」

 確かに、そんな状態で、平静を保つことはできないだろう。タナカ先生の時なんか、目を離したら車が突っ込んで来ていたんだ。そんな時に『お前のせい』なんて言われたら。

 ……そう言われると、本当にアマノは酷いことをされていたんだな。

「しかもアカネは孤立してる。『お前のせいじゃない』って言ってくれる相手がいない。犯人はそこも計算込みで、アカネを洗脳しようとしたんだな。『お前の存在はおかしい』『お前がいるから呪いが起きる』って。

 ただ、計算外だったのは、犯人が思っている以上に、アカネは人間を信頼してたってことだ」

 そこでサチは、フッと笑みを浮かべた。

「犯人は恐らく、人間を信頼していない。だからアカネの気持ちがわからなかった。タナカだけ潰せば、アカネは誰にも助けを呼べないと思ったんだろ。

 その結果アカネはタナカをよく知るチカに助けを求め、チカを通じてあたしらに繋がったわけだ」

 そういえば、アマノはタナカ先生に自分の『秘密』を打ち明けた。

 そして、タナカ先生と繋がりのあるトモチカさんにも打ち明け、ほとんど見知らぬ俺たちにも打ち明けた。

 それはとても怖くて、勇気のあることだったはずだ。

 俺なんか、妖怪のことを信じてくれたトモチカさんに、まだ『視える』ことを打ち明けていないのに。

「アマノは、すごいな」

 俺がそう言うと、「お前だってそうじゃん」とサチが言う。

「お前だって、ほとんど知らねー大人についていって、ここにいるじゃん。それって、人間を信頼してからじゃねーの?」

 そう言われて、俺は思う。

 俺がここに来たのは、幸村家の人たちが、俺を信じたからだ。

 色んな場所で、色んなことを言われた。その中には、多分普通の大人なら絶対に引き受けたくない噂もあったと思う。その中で唯一、『家に来い』と言ったのがミドリさんとマサツグさんだった。

 妖怪のことだって、サチが信じたから打ち明けられたわけで。俺が信頼したというより、信頼してくれたからついてきた気がする。

「それも信頼なんじゃね?」

 サチは言った。

「へそ曲がりなら、どれだけこっちが信じても、信じたりしねーよ」

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