トモチカとサチの調査

 やけにスケールが大きい言葉が出てきて、現実感がない。いや、そもそも、今までの『呪い』と結び付かない。

 疑われたと思ったのか、「本当なの」とアマノは続ける。

「その人は次の大雨に、私の妖力で川の氾濫を起こすって言ったの。わ、私は呪いとかよくわからないし、どんな風に行うのかわからないけど、本当に……」

「大丈夫。わかってんよ」

 サチがアマノを穏やかに制する。

「タケル。田の神は水神でもある。そして神川が氾濫すると、彦姫町はあっという間に水の中だ。

 ――田の神が言ってた『災い』って、水害なんじゃねーか?」

 俺はハッとする。

「アカネの話から考えるに、田の神が言う『災い』は、イレギュラーなんだよ。犯人はタナカを呪おうとした時、たまたまアカネという存在を見つけた。そこでアカネを使い、『災い』を引き起こそうと思い立った」

「けど……そんなの、誰が得するんだ!?」

「水害で誰が得をするのかはわかんねーが」サチはそう言って、タブレットを取り出す。

「その前の『呪い』に関しては、やっぱりビジネスで引き起こされてたと思っていい」

 ピコンと、預かっていたスマホから通知音が鳴った。

「お前が校長先生と会ってる間、チカが『いじめ被害者の呪い』について調べてくれた。その報告書だ」

 俺は添付されたドキュメントを見る。それを見て、俺は吐き気を覚えた。

「……なんだよ、これ」

『いじめ被害者の呪い』。それは実は、ものだったらしい。

 けれどその内容は、誰かが死ぬような事故が起きたとか、そんなやつじゃなくて、バタバタと流行病で倒れたり、怪我をして大会に出られなくなった程度のものだった。それも、中学校の裏サイトで囁かれる程度のものだ。

 だが、タナカ先生が『呪い』に遭った途端、その投稿は爆発に増えていた。

「どうやらあたしらが目にしたのは、だいぶ削除されて残ったものみたいだ」

 はあ、とサチはため息をつく。「今じゃいじめの話は、同じようにいじめられて生きてきた人間の怒りによって、拡散されるからな。しかも話が捻れて、『呪われた教員は、いじめに加担していた』になってる。それを真に受けた連中、あるいは、それに乗るやつが、『呪われて当然』だと書き散らす。その繰り返しだ」

「なんだよそれ!」

 俺は思わず声を荒げた。

 そんな、嘘で被害者を踏みにじるようなこと、どうしてするんだ。

「チカの調べによると、労災かくしを行なった会社の人材や顧客は、今、そのライバル会社へ流れている状態なんだと。そっちは『呪い』じゃなく、『労災を隠した会社が、内部告発した社員を殺そうとした』っていう陰謀説が流れていた。

 中学校も似たような状況だ。公立学校は治安が悪いからと、今、私立中学を受験する子が増えている。この田舎じゃ、ただの不祥事じゃこの辺りに広まらない。けど、『呪い』という好奇心と恐怖をもたらす噂がセットになって広まった」

 具体的に、誰かが利益を出している。被害者を犠牲にして。

 壊してしまいそうなほど、俺はぎゅっとスマホを握りしめた。

「で、だ。アカネの話を聞くに、タナカには中々呪いがかからなかった。それは多分、アカネ自体に『呪い』を掛ける力があるからなんだろうぜ」

 サチの言葉に、アカネがびくっと肩をふるわせる。

 その様子を見て、サチが頬を緩めてほほえんだ。

「呪いって言っても、悪いもんじゃない。いわゆる『魔除け』だ。

 チカが完全に呪われなかったのも、タケルが『魔除け』したからじゃねーかな」

「俺が?」

 そんなこと、俺してないけど。

「さっきあたしが調べてたのは、『呪い』の方だ。

 タケルには邪気が視えていた。『丑の刻参り』の場合、『呪いを掛けているところを誰かに見られたら、自分に呪いが返ってくる』のがセオリーだ。だから完全にかからなかったんじゃないかって考えたんだ。

 それで調べたんだ。そしたら『視る』というのも一種の呪いで、その呪いを跳ね返す『目玉の魔除け』があるってことがわかった」

 こんなやつ、とサチはタブレット画面を見せる。

 青いガラスで出来た、目玉模様のお守りだった。

「呪いで呪いを返す、『呪い返し』の方法だ。

 アカネには、呪いを返せるほどの力があった。だから犯人は邪魔だと思ったし、同時に呪いに使おうと考えた」 

 どうよ、とサチが胸を張る。

 確かに、それだと辻褄があう。ただ、気になることがあった。

「呪いが返されるなら……呪いをかけた人物に、呪いが戻って来るよな? それって、掛けた人間は危ないんじゃないか?」

「そう。呪いに長けたプロフェッショナルは、恐らくそのリスクも考えているはず。

 ってことはだな、そのリスクを回避する方法も考えてるんじゃねーか?」

「リスクを回避?」

 つまりだな、とサチは人差し指を立てる。

「返ってきた呪いを、誰かや何かに押し付けている。

 元々人形とかが厄の肩代わりとして使われているんだから、あり得ない話じゃねーだろ」

 ああ、確か天狗がそんな風に言ってたっけ。

「で、肝心のことを聞き忘れてたんだけど」サチが厳しい目でアカネに言う。

「電話口の相手って、誰?」

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