アマノアカネのいう少女

退治してください

 林原の森林公園は、神川の近くにある。サチ曰く、とても大きな川らしい。農業や運搬の恵みをもたらす半面、氾濫などを引き起こし、たびたび町に大きな被害を及ばした。そのため森林公園がある場所は、江戸時代において治水施設の要だったという。

 森林公園は広い。その中の、ブナなどが並ぶ林の小道へ行く。その奥には噴水があった。おそらく、水遊びの場所として設置されたのだろう。今は人がいない。――一人を除いて。

 足首の高さにも満たない水が、浅場でちろちろと流れる。水場を囲む岩の上で、休んでいた真っ黒なトンボが、俺たちの気配に気づき、いっせいに飛び立つ。

 その中で一番大きな岩があり、彼女はそこで、足を揃えて座っていた。

 まるで、おとぎ話に出てくる人魚のように。

 黒トンボたちが飛んで、気配に気づいたのか。はたまたは、俺たちよりすぐれた聴覚を持っているのか。

 後ろを向いていた彼女が、こちらを振り向く。あのキツネの耳やしっぽはないが、オレンジかかったピンク色の髪を見間違えることはなかった。

 さらり、と風がふく。噴水の上を覆う木が揺れ、木漏れ日が彼女の身体の上で揺れる。

 濃く落ちる影が、彼女の表情をより暗く見せた。

「アマノアカネさん……ですか?」

 俺がそう尋ねると、こくん、と彼女がうなずく。

 やっぱり、あの市立図書館で出会った女の子は、アマノアカネだったのだ。

 アマノアカネ。彦姫小学校の六年生。俺たちより一学年年上。ほとんど学校に登校せず。学校に通わなくても、インターネットで授業を受けられるICT支援を受けていたらしい。

 そして――狐と人間の子。

 彼女は岩場から降りて、俺たちの前に立った。

 その瞬間。


「かわえ――――‼」


 バサバサバサ!

 涼みに来ていた鳥たちが、サチの歓声にびっくりして飛び去って行く。

 アマノアカネの身体から、三角の耳としっぽがビュン! と現れる。

「……サチ。相手、びっくりしてるから」

 俺の耳も、キーンとする。それぐらい大きな声だった。

「あの……ええと、君たちは」

 ようやく、彼女が声を出した。少しハスキーな声だった。

「あ、あたしはサチ。こいつはタケル。チカの知り合いなんだけど」

「チカ……」

「あ、林原智親さんのことです!」

 俺が補足する。知り合いの名前に、ちょっとだけ彼女は頬をゆるめた。

「色々聞きたいことがあって来ました。……ええと」

 何から話せばいいのか。

 まず、人間にはない耳と尻尾について聞くべきか。

 それとも、『呪い』や『事故』について聞くべきか。

 それとも――俺が妖怪が視えることを明かすべきなのか。

 そう悩む前に、彼女が切り出した。


「お願いします!」

 

 キラキラと、梢のともに木漏れ日が俺たちに降り注ぐ。彼女の白い肌が、さらに輝くように眩しい。

 けれど、頬は真っ赤だった。

 お願いです。アマノアカネは、震える声で言った。

 大粒の涙をこぼしながら。


「私を、退治してください……」





 思わぬ事態に、俺たちは戸惑った。

 特にサチが、見たことないほどうろたえた。意外だと思った。急に泣きだされて、戸惑うなんて。

 ひとまず俺たちは、近くにあった東屋に移動した。東屋からは蓮の葉が覆う池が見渡せる。眺めの良い場所だった。

 しばらくして、アマノアカネが口を開いた。

「君たちは、退治屋さんなんでしょう?」

 アマノアカネの問いに、俺とサチは目を合わせる。

 ……俺たちが退治屋?

「違うけど」

「えっ」

「あたし妖怪視えないし」

「ええっ」

「あ、俺は視えるんだけど、別に祓えない」

「えええ?」

 俺たちの返答に、アマノアカネが戸惑う。

「じゃ、じゃあなんでここに……?」

「んー、これにはコラ半島の掘削穴より深い理由があるんだけど」

「何それ」

 サチの言い回しに、俺は思わず突っ込む。どこだよコラ半島。

 そう言って、サチはかいつまんで説明し、説明の足りない部分を俺が補足する。

「ってなわけなんだけど、understand?」

「う、うん……なんとなく」

 アマノアカネが、戸惑いながらうなずく。

「それじゃあ、君たちは退治屋さんじゃないんだね。けど、妖怪に詳しい……?」

「……さっきから気になっていたんだけど、『退治』ってなんなんですか?

 あなたは、一連の呪いと、関係があるんですか?」

 俺が尋ねると、アマノアカネは唇をかみしめ、うつむく。

 そして、ゆっくりと語り始めた。

「私は、『呪い』そのものなの」

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