あの子の名前

 真似すると言えば。

「校長先生が緑色のカツラを被ったのも、サチがピンクのカツラを被った後でしたよね。もしかして」

「そう。私も真似したの」

 ちょっと舌を出して、校長先生は言った。

「校則は『染髪禁止』であって、地毛の色が明るい子に対しては、保護者に確認をとって『地毛証明書』を発行しているわ。でもそんなの、他の生徒にはわからないでしょ?」

 校長先生の言葉に、俺はうなずく。

「皆同じ色の髪をしている中、『特別に許されている』子たちを見て、他の子たちがどう思うか。そして当人たちはどれだけ孤独か。どうしようかな、って悩んでた時に、サチさんがあのカツラを被り始めたの。

 『その手があったか!』って思ったわね。皆が派手な髪色なら、その子たちが特段目立つことはない。逆に黒のカツラを被って、皆と同じ髪色を選ぶ子も出てきた」

 そこで校長先生は眉をひそめ、「そもそも、外見で人を差別する方がおかしいのよ。なによ『地毛証明書』って。自分が自分であることを、誰に証明するって言うのよ」と怒った。

 俺はふと、サチの言葉を思い出す。

 

『「嘘」でも「本当」でも、不都合だったら困るだろ』


 逆に言えば、不都合じゃなければ、どっちでもいいんだ。

 サチが海外から来た転校生の『嘘』を、肯定したみたいに。髪の色を隠しても、変えてもいいように。ノックの回数も髪色も、よく考えたら、誰も傷つけることはない。……でも。

「外部の人から、苦情が来ているんですよね」

 俺がそう言うと、校長先生が少しだけ黙った。

「……そうね。クレームの電話が、ちょっとだけ来ることもあるわ」

 ちょっとだけね、と校長先生が言う。

「昔は派手な髪色をして、派手な服装をした子たちが、色んな事件を起こしたりしてね。『人を殴ったり、物を壊したりするのは、あんな恰好をしてるから』。そう思って生き抜いた人たちからしたら、派手な髪色はとても怖いのでしょうね」

 校長先生は、視線を机の上に落とす。

「特にここは、ちょっと特殊だわ。外から新しくやってくる人たちも、元から暮らしていた人たちもいる。裕福な家庭も、そうじゃない家庭も。学歴のある人と、そうじゃない人も。色んな人たちがいて、その分軋轢がある。

 それに日々対応しなければならない先生たちは、とてもやりづらいでしょうね」

 私も含めてね。

 ぐでー、と、背もたれによりかかりながら、校長先生が言う。

「私が『林原のお嬢さん』だったから、皆文句つけづらいのよねー。だから余計に先生たちの方にクレームが行って、仕事が増えるみたいなのよ。

 彦姫町に、林原って所があるでしょ? 林原は封建的な部分があって、彦姫町でも権力があるからね。私が対応するって言っても、先生たちは私のこと怖いみたいで、クレームが来ていることを言いづらいらしくて」

「な、なるほど……」

「学生時代のトモチカにも、色々迷惑かけたみたいでね。……本当、私自身もなってないところが多いんだけど」 

 でもね、と校長先生は言う。

「問題って、見えている時点で半分は解決しているの。本当に怖いのは、『見えていない問題』よ。髪色や格好を変えても、その子が抱えている問題が解決するわけじゃないもの。

 サチさんが問題を起こす時は、見えないものが見えた瞬間だと思っているわ。……本人が、そうしようと思っているかはわからないけどね?」

 うん。確かに、あのサチがそこまで考えているかは謎だ。

 だけど、俺には見えないものが、サチには見えているんじゃないかと思う時がある。その感覚は、きっと正しい。

 校長先生は、ふっと笑みを浮かべて言った。「これであの子が、少しでも楽に来れたらいいんだけど」

「あの子?」

 ボソ、と校長先生のつぶやきに、俺は返す。

 あらやだ、と校長先生は口元をおさえた。

「私ったら、ずいぶん生徒の個人的なことを話しちゃったわ。ダメねぇ。トモチカにまた怒られるわ」

「あの!」

 俺は思わず声を上げた。

「……もしかしてこの学校に、ピンク色の髪をした女の子がいませんか?」

 そうだ。すっかり、当初の目的を忘れていた。

 髪色が目立つ子。その中に、狐耳のあの子がいてもおかしくない。

 俺がそう言うと、校長先生は目を瞬かせた。

「……サチさんのこと?」

「他の人で!!」

 俺がそう言うと、ああね、と校長が納得する。

雨野茜アマノアカネさんのことかしら? 彼女のこと、知ってるの?」


 名前がわかった!

 俺は思わず立ち上がる。


「その人、どこにいるか知りませんか⁉」

 俺がそう言うと、ええと、と校長先生がとまどう。

「その、住所といった生徒の個人情報は言えないのよ。ごめんなさいね」

 予想していたことだけど、どうしよう。せっかく、情報が手に入ったのに。

 こういう時、サチに聞いたらいいんだろうか。そう思った時、ポコン、とカバンに入れていたスマホが鳴った。

 すみません、と断ってから、スマホ画面を見る。チャット欄から通知が来ていた。


【今どこ?】

【こっちで進展アリ】


 俺はこう返した。


【こっちも、女の子の名前が分かった】

【アマノアカネさん】

【でも、他はわからない。教えられないって】


 そう返すと、すぐに返信が来た。


【アマノアカネ?】

【なんかチカが、知ってるって】

【とりあえず、合流しよーぜ】

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