様々な視点で、世界が変わる
なんか、おかしい
俺たちが通う彦姫小学校は、彦姫町の中で最も規模が大きい小学校だ。
去年校舎も新しくなったらしく、俺たちの学年は新校舎に教室がある。校長室も、新校舎にあった。
けど、昇降口は旧校舎にあるので、俺は新校舎の奥にある旧校舎に向かう。
旧校舎と言っても、そんなに古い建物ってわけじゃない。二つの校舎は交互に新築しているらしい。寧ろ趣のあるのは、玄関がある新校舎だろう。旧校舎はどちらかと言うと、図書室とパソコン室を兼ね備えた「メディアセンター」があって、理科室や家庭科室、音楽室など、学年を担当する教室以外の場所が多く、ハイテクな感じがある。
昇降口に入ろうとすると、ふと人影に気付いた。一年生は旧校舎の一階に教室があって、そのベランダの前には花壇が並んでいる。今はサルビアの花が咲いていた。
その前に、誰かが立っている。あれは。
「クマカワ先生?」
俺がそう呼ぶと、クマカワ先生がこちらに気づき、慌ててこちらに向かって走って来る。
が。
ドテン。
「……」
「……」
慌てていたのか、クマカワ先生は転んでしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫大丈夫!」
俺が駆け寄ろうとしたところ、すぐにクマカワ先生が立ち上がり、こちらに向かってきた。
「ごめんなさいね。ちょっとぼーっとしてたと言うか……」
たはは、とクマカワ先生が頭をかきながら笑う。
「お花綺麗だなーって思ってみてたら、ずいぶん時間が経ってたみたい。臼井くんに声をかけられなかったら、あのまま熱中症になってたかも」
「よ、良かったです……」
倒れて病院に行くようなことにならなくて。
「ところで、臼井くんはどうして学校に?」
「校長先生に会いに来ました」俺はそう答えながら、ちら、とクマカワ先生を見る。
……やっぱり、邪気はない。
俺は、サチが言った言葉を思い出しながら、クマカワ先生と会話を続ける。
■
『クマカワに気をつけろ』そうサチは言った。
突然出てきた意外な人物に、俺は驚く。
『なんでそこでクマカワ先生が出てくるんだよ』俺がそう聞くと、サチは答えた。
『犯人は現場に戻ってくる、って言うだろ。市立図書館で現れたのは、あの女の子を除いて、アイツしかない』
そんな理由?
サチがクマカワ先生が嫌いなのはわかっていたけど、それにしたって推理が雑だ。
俺は頭を抱えながら、あの時のことを思い出す。
『あのなあ、クマカワ先生が犯人なわけないだろ。だって邪気がなかった。呪いをかけるような人なら、邪気がないとおかしい……』
そこまで言って、俺は気づく。
『……そう言えば、狐耳の女の子も邪気がなかった』
『本当か?』
ということは、あの女の子も呪いとは関係ないのだろうか?
それを聞いてサチは、うん、とうなずいて、
『まあ、クマカワに気をつけてくれ。具体的に言うと、アイツをよく観察しといてくれ』
と言った。
■
なんでサチは、クマカワ先生が嫌いなんだろ。
物腰は柔らかいし、優しいし、俺はとてもいい先生だと思う。あんなに嫌わなくていいのになあ。
「ところで」クマカワ先生が言った。
「臼井くん、幸村家の皆さんとはどう? 夏休みに入って、辛い思いしてない?」
クマカワ先生は担任なので、俺が血の繋がりのない幸村家でお世話になっていることを知っている。五月頃には、家庭訪問で幸村家に来ていた。
「全然です。ミドリさんもマサツグさんもサチも優しいから」
サチが優しい、と言うとアレかもしれないけど、別にいじめられてもいない。
俺がそう言うと、「そう?」とクマカワ先生は眉をひそめた。
「幸村さんのところのご両親は、ここではとても権威のある人たちだから……言いづらかったら、いつでも私に相談してね」
なんか、微妙にズレた返答をもらった気がする。いじめられってないって言ってるのに、「いじめられても言えない」と捉えられたような?
とは言え、心配してくれているんだろう。俺は、「ありがとうございます」と返した。
「特に幸村さん、この学校では問題児だし……」
それは否定できない。
サチのあの暴れっぷりは、妖怪とか関係なく日常茶飯事だ。先生たちに大変な想いをさせているのは、確かだろう。
「す、すみません」俺は乾いた声で謝る。
「あの髪でしょ? いくら校則が『染髪禁止』で、髪の色自体が禁じられてるわけじゃないって言っても、あんな髪の色じゃ、近所の人たちから苦情が来てるって、先生同士で話しているの」
え、そっち?
髪色だけで苦情って学校に来るものなのか。しかも『あんな髪の色』って。どんな髪の色をしてても、誰かに迷惑を掛けることはないだろうに。
……と、いうか。
『近所の人たちから苦情が来る』。だから問題視するって、何なんだろう。
『保護者同士が連帯することが、学校にとって恐ろしかった』。だからいじめを隠蔽した。そんな話を聞いていたから、どこか引っかかりを覚えた。
「他の子も真似するし、カツラって結構値段が高いから、紛失事故が起きたら大変なのよ。不審者に狙われるかもだし。だけど私たちがいくら言っても、あの子たち聞いてくれないし、保護者からも色々言われて……」
なんか、おかしい。
クマカワ先生の言い方は、あまりいいものじゃない気がする。
けれど、何が引っかかるのか、俺にはわからない。明確な悪口は言ってないし、――何より、邪気が見えない。
先生たちの叱責には、どこか邪気がただよっているのに、クマカワ先生にはそれが全くない。
おかしいと思う俺がおかしいんだろうか?
グルグルと目眩がする。甘い香りが頭の中を満たして、何も考えられない。
「だからね、幸村さんには、臼井くんから言ってくれないかしら? 『皆困ってるから、おかしな色のカツラを被るのをやめてくれない?』って。普通の、黒い髪のカツラだったら目を瞑るからって」
クマカワ先生はニコニコしながら、俺に頼んできた。
口の中が乾く。
どうしよう。ここで俺が『いいえ』なんて言ったら、クマカワ先生が困るのだろうか?
『いいえ』なんて、言ったことがない。『いいえ』って言ったら、居場所がなくなるから。
「……は、」
「あらー!? こんなところで立ち話!?」
俺が答えるより先に、矢のように鋭く、花火の音より大きな声が、渡り廊下から飛んできた。
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