怖いってなんだろう

「……最初は、『事件』なんじゃないかと疑っていたんだ」

 トモチカさんは厳しい顔で言った。

「今回の件で、タナカを恨んでいる人間はいるだろう、と思ったからだ。だが調べても、『事故』としか思えなかった。……その事故を見ていた子から話も聞いたが、さすがに詳しいことは聞けなかった」

 そんな時だ、とトモチカさんは言った。

「タナカが勤めていた中学校で、『いじめ被害者の呪い』だという噂が流布し始めた」

「はあ? 意味わかんね。なんでいじめられっ子が、味方の教員を呪うんだよ」

 サチの言葉に、「俺もわからん」とトモチカさんが返す。

「だが、インターネットにはタナカの情報とともに、『呪い』を掛けたと言われるいじめ被害者の顔写真まで流出した。すぐにネットパトロールが動いて削除されたが、今もイニシャルで仄めかされた投稿が続いている」

「はぁ~~~~!? ソレ、いじめてたやつが、いじめがバレてお咎めくらったから、腹いせにでっち上げてんじゃねーのか!?」

「俺もいじめ加害者による報復の線を探ったさ。けど問題なのは、その話は中学校どころか、単発的に色んなところで噂されているとこなんだよ。

 そんな中、SNSで『呪い』説を具体的に上げている投稿を見つけた。その時俺は、もしかすると、これは当事者ではない別の誰かが、『呪い』という誹謗中傷をバラまいているんじゃないかと思った。

 それと同時期に、俺はそのいじめ被害者と名乗る人物と連絡を取ることができた」

「え、取れたんか?」

「本人である確証はないけどな」トモチカさんは前置きして言った。

「で、あの日、『直接会いたいから来れないか』って電話が来て――結果がアレだ」

 俺は、あの時視た邪気を思い出す。

 トモチカさんはあの電話を受けた後、約束の場所へ向かい、そして『事故』に遭いかけた。

 これだけ見ると、少なくともトモチカさんに『呪い』を掛けたのは、その自称いじめ被害者だということになる。

「これが俺が教えられるすべての情報だ。質問は受けつけない」

「ああ、それはかまわねーよ。気になったらこっちで勝手に調べるから」

 サチはそう返したが、「あ、いや、やっぱ一つだけ」と訂正した。

「それであの後、チカは電話の相手に会えたのか?」

「いや、それが……連絡先をブロックされてた。こっちから連絡とる手段はないだろう」

 つまり一番怪しいのは、その電話の人物ということになる。

 ただな、とトモチカさんは言った。

「とてもじゃないが、そのいじめ被害者が、労災かくしの会社とか、他の『事故』と関わっているとは思えない。

 そもそも呪うなら、まずいじめ加害者だろ。けど、そっちはフツーにピンピンしてんぞ」

「ああ。だからお前は、を疑ったんだろ?」

 サチの言葉に、トモチカさんは苦い顔をする。

 話がよく見えない。

「連続で続く『事故』は、加害者と被害者の関係が希薄だったからこそ『事故』だと断定された。

 そして、これらの『事故』同士にも関係性はない。

 これが誰かの意図に引き起こされているんなら、犯人は、恨みつらみで動いているわけではないってことだ」

 タケル、とサチは言った。

「あたしは妖怪って存在がこの世にいるとわかった時、思ったことは、『その存在を誰かが利用したりしているんじゃないか』ってことだ」

「利用?」

「妖怪はフツーの人間には視えない。だから、嫌なやつがいたら妖怪に頼んでホームに突き落とすことだって、完全犯罪を起こすことだって出来るんじゃないかってな。安倍晴明が式神を使役していたみたいに」

 サチの言葉に、俺はぞっとする。

「待て。仮にそんなことができたとしても、それと今回のこと、何の関係が――」

「ビジネス」

 短くサチは言った。

「起きている『事故』が『呪い』なら、その『呪い』は直接関係のある人物が行っているんじゃない。依頼された『誰か』が、金と引き換えに呪っているんじゃねーか?」

 ま、とサチが言う。

「チカは『呪い』よりは、加害者に直接依頼されてたって考えていたみたいだけど?」

「何でもお見通しかよ、お前は」

 ガシガシと頭をかいて、トモチカさんは言った。

「いわゆる闇バイト――金と引き換えに加害者が自ら手を下していたと考えていたんだ。

 けど、昨日自分の身に起きてみてわかった。加害者は、本当に関係ない。あれは罪悪感から逃げたんじゃなくて、パニックになっただけだ。

 ってか、よく考えたら、その線も警察がとっくに捜査してるだろうしさ」

「対して『呪い』は加害者は巻き込まれただけだし、しかも『呪い』を科学的に調査は出来ない。古代ならまだしも、現代には呪いを取り締まる法律もないし? ボロ儲けじゃん」

 サチがそう言った時だった。

「ごめん」と玄関先で、誰かの声がした。……というか、よく聞く声だ。

「あ、タンちゃんたち来たみたい。ちょっと案内してくるわ」

 そう言って、サチが和室から離れる。

 パタン。

 ふすまが閉まる音とともに、どっと嫌な汗が噴き出た。


 妖怪が視える相手は、妖怪を使役して、金もうけができるかもしれない? 呪いはビジネス?

 そんなこと、全く考えたことがない。サチを見ていると感覚が鈍るけど、妖怪は恐ろしい奴らだ。人間よりも強くて、速くて、とても人間が使役できるような相手じゃない。

 でも、もし、そんな人間がいるとしたら?


「大丈夫か」

 ポン、とトモチカさんが俺の背中を叩いた。

「顔色悪いぞ」

「あ……大丈夫です」

 俺がそう答えても、トモチカさんの表情は和らぐことはなかった。

「なあ、本当に大丈夫か? 妖怪とか呪いとか、サチの好奇心に巻き込まれて、キツイ思いしてないか?」

 意外な言葉に、俺は驚く。

 サチに巻き込まれる? 最初に巻き込んでしまったのは俺なのに。

 戸惑う俺に、トモチカさんは、真剣な顔で続けた。

「お世話になっている家だからと我慢してないか? もし言いづらかったら、俺が代わりに言ってやる。サチが怖いんなら、しばらく俺の家にいてもいい。勿論、他の家に話を通すことだって出来る。逃げ場はいくらでも作れるぞ」

 次々に出される提案に、俺は目を丸くした。

 早く出て行ってほしい、という目で見られたことはあった。実際に言われたこともある。けど、「うちに来ていい」と言われるのは初めてだ。幸村家の場合は、「うちに来なさい」だったし。

「あの、本当に大丈夫です。我慢とかしてないです」

「本当か? サチからいじめられてねーか?」

「はい。その、いじめられてないです。本当。怖くもないです」

 あれ、と俺は気づく。

 サチは妖怪より強いのに、怖いと思ったことがない。俺と同じ、人間だからだろうか?

 そう思った時だった。

「たっだいまー! 連れて来たよ、妖怪三銃士!」

 そう言って、サチの後ろから現れたのは、


 伸びた赤い鼻の下に白い髭を蓄える、翼の生えた老人と。

 カラフルに光る髪を持つ日本人形と。

 手足の生えた、濃い顔を持つ柿だった。


 トモチカさんは、白目を剝きながら倒れた。

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