嘘がいけない理由とは?

 この世には、『良い嘘』と『悪い嘘』があるんだろう。それはあらかじめ『嘘である』ことがわかっていたり、誰かを脅かしたりしないものだったら、許されるのかもしれない。

 しばらく俺たちの間には会話がなかった。俺はマサツグさんの作ってくれた目玉焼きを食べ、サチはドレッシングを掛けてもくもくとサラダを頬張る。

 サチがスプーンについたジャムをなめて、「だいたいさ」と切り出した。

「『嘘』でも『本当』でも、不都合だったら困るだろ」

「不都合?」

「本当のことでも、『嘘』呼ばわりするやつがいるじゃん。それはそいつにとっての不都合だからだろ。お前もそう言う風に言われてきたんじゃないの?」

 サチに言われて、俺はとっさに言葉につまった。

 ……サチには、昔のことをほとんど話してない。なのに、まるで俺の過去を見通しているかのように話す。

 俺には、どうしてサチがそんな風に「わかる」のか、わからなかった。まるでエスパーのようだ。

「サチは、自分で妖怪を見たから信じてくれるんだろうけど。

 視えていない人たちは、俺が嘘をついていないって言っても、わからないだろ。『嘘』だって疑うのも無理ないよ」

「うん。だからそれは、『本当』を言ったお前の問題じゃなくて、『嘘だ』と受け取った側の問題な」

 ばっさりと、サチは言った。

「結局『嘘』か『本当』かにこだわるやつは、それを見抜ける自信がなくて、不安になるやつなんだよ。

 実際妖怪を視たからと言って、自分が視たものを信じられなくて、『これは俺の頭の中が作った幻覚だ』って思えばそれまでだし」

 サチの言葉は、的確に俺の不安を見抜いていた。

 実体化した妖怪を見たとしても、トモチカさんが信じるかわからない。『幻覚』『トリック』だと言われて、サチまで『嘘つき』と言われるんじゃないだろうか。

「……サチは、『嘘』か『本当』か、見抜く自信があるってことか?」

 俺の言葉に、サチはなんてことなく言った。

「あたしは何があっても、大抵の問題を解決できるからな。騙されようがどうでもいいんだよ」





 ……という話をしたあと、トモチカさんがやって来て。

「なるほど。話は分かった」

 俺は目を疑った。

『ま、付き合いの長いあたしに任せておけ』サチの言葉に、後ろ向きな気持ちで任せた結果、トモチカさんはあっさりと「妖怪」がいることを信じたのだった。

 ――しかも妖怪をまだ見ていない状態で。

「えっと……信じていいんですか?」

 俺の言葉に、「あのなあ」とトモチカさんが言う。

「ここで『嘘だ! 妖怪なんているわけがない‼』ってごねたら、話が進まねえだろうが。そろそろこの物語も文字数の四割に達しているんだぞ」

「すみません、何の話ですか?」

 トモチカさんがわけのわからないことを言い始めた。

 サチとの付き合いが長いと聞いていたけど、もしかしたらこういうわけのわからないところで気が合ったのかもしれない。

 それに、とトモチカさんが言う。

「サチは確かにいい加減だが、嘘はつかない」

 意外な返答に、俺は驚く。

「なぜならこいつは、自分のしでかしたことに後ろめたさも反省もないからだ。よって自分をよく見せようと取り繕う必要もない」

 納得した。

「何言ってんだチカ。あたしは反省はするぞ。すぐ忘れるだけで」

「で、だ。昨日俺の身に起きたことも含めて、この町で起きている『事故』は、『呪い』が引き起こしてるってことだな?」

 サチの抗議をスルーして、トモチカさんが本題に切り出す。

「まだ『呪い』と確定したわけじゃない。あたしらは一連の『事故』の共通点が見えてねーからな。

 だけどチカの事故を通して、他の『事故』に共通点が見つかるかもしれない」

「なるほどな」

 そう言って、トモチカさんは重々しく口を開いた。

「しいて言うなら、俺は俺を含めて、『加害者と被害者になんの関わりもない』ってところと……少なくとも二件は、『被害者には正義感が強かった』ってところが共通点だと思う。例えば、ゴミ収集所の爆発事故で巻き込まれた被害者は、ある会社員だったんだが。隠蔽されていた労災を内部告発していた」

「内部告発って、普通バレないような制度になってんじゃなかったか? その口ぶりだと、バレたみたいだけど」

「ああ、バレていたんだ。その結果、彼は会社の中で孤立していた」

 ゴクリ、とつばを飲み込む。

 会社とか社会とか、ニュースで聞くぐらいだった。どこか遠い世界だった話を、こんな形で聞くことになったなんて。

「それから、狐塚にある市立図書館での衝突事故。被害者は、大学時代の俺の同級生だ」

「そう言えば前言ってたよな。なんか母さんと話してて、『アイツ恨まれなきゃいいけど』って」

「お前にはほとんど詳細話してないのに、なんで覚えてんだよ……ってか、それ覚えててうちに突撃してきたのかよ」

 はあ、とトモチカさんがため息をついた。

「そうだ。俺がこの『事故』を調べていたのは、そもそもアイツ――タナカが、隠蔽されていたいじめを明らかにしていたからだ」

 トモチカさんの話をまとめると、こんな感じだ。

 例えばいじめがあった教室の担任をA、そして学年主任をしている教員をBとする。

 今年、タナカ先生はAとBと同学年の担当になった。その時、Aの教室でいじめが起きる。

 それに気づいたタナカ先生は、まず学年主任のBに相談した。だが、動かない。

 次に教頭先生に報告した。だが、動かない。

 最後に校長先生に報告した。だが、動かない。

「最終手段として、タナカは公にいじめがあることを明らかにした。結果、俺の母親とミドリさんを巻き込んで、調査が入ることになった。

 そんな矢先だ。あの『事故』が起きたのは」

 シィンと、その場が静まり返る。

 身近な学校で問題が隠蔽されたという事実に、頭がガンガンする。

「どうして、皆隠して……」

「……これは聞き取り調査をしてくれたミドリさんから聞いたことなんだが、Aは前年度にトラブルを起こしていたそうだ」

 トモチカさんが答えてくれた。

「その時、保護者同士が連帯したため、『学校』対『保護者』にまで発展した。それが学年主任や教頭、校長にとって恐ろしかったんだろう。

 そして校長には人事権がある。教頭以下の教師は、校長の反感を食らった時、自分の出世の道、そもそも教師人生が断たれる可能性もあった。

 しかも教育現場は激務で、管理職はその最たるものだ。何とかこないしている業務に、さらに厄介事があれば、避けようとも思うだろ。

 いじめは、その教室だけで引き起こされるもののように見えて、実は見えない場所で引き起こされる、見えない問題の副作用にすぎなかったりする。――案外、どこもそうなのかもしれんな」

 そう言って、トモチカさんは俺が出した麦茶を飲んだ。

 それで、とサチが続ける。

「『正義感の強い』チカは、一体何調べてたんだ?」

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