秘密を明かす
嘘と秘密
夢を見る。教室にいる夢だ。
『嘘をついてはいけません』
先生が、黒板の前でそう言う。
『嘘をつくと、他人に信じてもらえなくなります。だから正直に生きましょう』
『失敗や困り事は秘密にせず、ちゃんと先生に打ち明けましょう』
そう、ずっと言われてきた。
――先生。怖いものが外にいます。
――壊したのは僕じゃないです。妖怪です。
正直に言っても、先生は困った顔をするだけだった。
『アイツ、嘘ばっかつくんだよな。何もいないのに』
『アイツにもの壊されちゃたまんねーから、なんも貸さないようにしよーぜ』
先生の決まり事を破る俺に、皆が怪しむ。
だから俺は、嘘をついた。
視えているものには『視えていない』と言って、やり過ごしてきた。そうすることで、少なくとも言動を怪しまれることはなかったから。
人のものには触らないようにした。自分のものも、極力持たないようにした。「タケルが壊した」と思われないようにしたかったし、物が壊れるのも悲しかった。
そうやって、自分の範囲を狭く、小さくして、悲しんだり、欲しがったりしないようにした。
その間も、俺の目にはずっと変なものが映っていた。
『よし、じゃあ黙っておこう!』
高らかな声に、俺はうつむいていた顔を上げた。
いつの間にか、風景は教室から幸村家の――俺の部屋に変わっていた。
『母さんたちには、タケルが視えることを黙っておこう。知られたくないんだろ?』
『え……でも』
隠し通していいんだろうか。
俺のせいで、妖怪が実体化してしまうのに。黙っていることで、危険な目に遭わせることにならないだろうか。本当は全部話して、今すぐこの家を出ていかないといけないんじゃないか。
そう悩む俺に、なあに、とサチは言う。
『ヤバくなったら打ち明ければいいんだよ。それにタケルがいなくなったところで、妖怪の実体化が無くなるわけでもなさそうだし、あたしら妖怪初心者だし。専門家がいる方が安全じゃん』
『専門家って……俺、視えるだけだよ?』
そう、視えるだけだ。
妖怪が現れても払えるわけじゃない。逃げることしか出来ない。むしろ視えることで、迷惑をかけるだけだ。サチだって、危ない目に遭うかもしれない。
そんな俺に、そもそもさ、とサチは言った。
『大人たちに秘密にするのは、冒険する子どものセオリーじゃん?』
■
朝から眩しい日差しが、レースカーテンを突き抜けて枕元に降り注ぐ。
頬が日焼けしたんじゃないかと思うぐらい暑くて、俺はゆっくり起き上がった。
ふと部屋を見渡すと、日差しが届かない場所に、本棚が並んでいる。机には、大きなノートパソコンが置いてあった。
それは家族全員が使用していいパソコンで、タケルもいつでも使っていいよ、とマサツグさんから言われていた。
俺はまだ、このパソコンに触れないでいる。あまりパソコンを触ったことがないから、何をどうすればいいのかわからないし、触っているうちに壊してしまいそうだったから。
俺は起きて、妖怪図鑑の本の背表紙を撫でる。
――パソコンは触れないけど、本は触れるようになった。
「おっす、おはよ」
リビングに出ると、サチが起きてた。
香ばしい匂いがただよう。俺の席には、すでに朝食が置いてあった。レタスとキュウリ、トマトのサラダと、目玉焼きとソーセージだ。
すでにマサツグさんは仕事場である大学へ向かったらしく、ミドリさんは寝ているらしい。今日の朝食はマサツグさんが作ってくれたんだな。ミドリさんを起こさないようにしないと、と思って、そっと席に着く。
「今日、こっちにトモチカさんが来るんだよな」
「うん。母さんは昼から出るって言ってるし、その後に来るはずだぜ」
……そう、今日、トモチカさんに妖怪の話をする。
信じてもらえるかな? と不安に思う俺に、「信じさせるためにも、うちに連れてこようぜ」とサチが提案した。実体化した妖怪を視たら納得すんだろ、とのことだった。そう上手くいくだろうか?
『妖怪の話はして、タケルが視えることは伏せとこうぜ』
そう、サチが言ったことを思い出す。
「なあ、嘘をつくことって、良くないことだと思うか?」
サチがトーストで焼いたパンをかじりながらこっちを向く。……というか、よく一口で一枚頬張ることが出来るなあ。
パンかすをつけながら、サチは言った。
「そもそもあたしの母親の仕事は、『嘘つくこと』だからなあ」
ミドリさんの職業は、児童ホラー作家だ。
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