危ない!!

 トモチカさんは駅の近くにある、ショッピングモールの中に入って行った。

 俺達も一緒について行く。

 夏休みのショッピングモールは、どこの店もにぎやかだった。あちこちから聞こえてくるBGMは、まるで喧嘩をしているかのように、それぞれが大音量で鳴っている。磨かれた硬い床は、上から降ってくるライトを反射して眩しい。

 見ているだけでクラクラしていると、ふと、トモチカさんが立ち止まる。

 そこはエスカレーターのそばにある休憩所だった。コインロッカーや椅子が並んでいる。

 そこが待ち合わせ場所なのだろうか? トモチカさんは辺りを見渡した後、斜め掛けするボディバッグからスマホを取りだした。

 その時だった。 

 ハッと、俺は気づき、咄嗟に叫んだ。


「トモチカさん、上!!」


 俺が声を上げると、トモチカさんがこちらを見る。

 エスカレーターから、ショッピングカートが落ちてきた。


 ガラガラガッシャーン!!


 ……物が落ちる音がする。

 俺は鈍い痛みと圧迫感を感じながら、目を開けた。

「トモチカさん、無事ですか!?」

「お、おう……」

 トモチカさんの顔を見て、俺はホッとする。

 とっさに駆け寄って引き寄せたけど、何とか間に合ったみたいだ。俺だけじゃなく、俺の声に、トモチカさんが慌ててこっちに駆け寄ったこともある。その分、ゴロゴロとトモチカさんを巻き込んで転がったから、あちこちが痛んだ。

 トモチカさんはよく状況がわからないまま、こちらに飛び込んで来たらしい。落ちてきたショッピングカートを見て、顔色を変えていた。

「…………っぶねえ!! こわ、やば! あ、ありがとな、タケルくん!」

「いえ……」

 それより、一体誰がショッピングカートを。

 と思っていたら、近くにサチがいない。

 あれ、と思っていると、ものすごいスピードでサチがエスカレーターを駆け上がっていた。――ってあれ、降りる方のエスカレーターじゃ。

 タンタンタン!

 軽やかにジャンプするように、何段も飛ばして駆け上がり、ついでに手すりを利用してタン! と大きく飛び跳ねる。

 

「ぬぁぁぁに逃げてるんじゃテメェぇぇぇ!」


 サチは叫びながら、相手の顎に飛び膝蹴りをかました。


 ■


 お風呂から上がると、ぐだー、と、サチがソファに横たわっていた。づがれだー、と、濁音混じりの声で言う。

 珍しい。サチがここまで伸びているなんて。

「サチでも、結構疲れた感じ?」

「ああ……一箇所に拘束されるの、めっちゃ疲れる……」

 なるほど。それならわかる。

 サチはなんというか、自分の意に沿わない状況で、同じ場所に座らされるの、すごく嫌だよな。学校とか。

 あの後。

 駆けつけてきた警察官に、サチは怒られていた。誰もいないとエスカレーターとはいえ、降りエスカレーターを逆走して駆け上がり、おまけに手すりの上をジャンプして、相手に飛び膝蹴りを食らわしたのだから、怒られるのは当然なんだけど。逃げた犯人を捕まえたのに、と思うのは、俺もサチに影響されているのだろうか。

 ショッピングカートを突き落としたのは、四十代ぐらいの男性だった。

 と言っても、本人は「故意ではやってない」と言っており、「ぼんやりしていたら、ショッピングカートが手から離してしまい、落ちてしまった時に我に返って、パニックになって逃げた」と言うことらしい。

 色んな事を聞かれ、それが終わった頃には、すでに俺たちは家に帰らなければならない時刻になっていた。

 結局、トモチカさんに話を聞ける状態じゃなく。トモチカさんも「どうして俺たちがショッピングモールにいたのか」を知りたいらしくて、後日また会うことになった。

「やっぱ呪いっぽいよな、タケルが視る『邪気』ってやつ」

「うーん、どうなんだろう」

 やっぱり今回も、「『事件』でもありうる『事故』」が起きている。しかも、ショッピングカートを落とした男性も、トモチカさんも、お互い面識がないとのことだった。

「けど、今回はショッピングカートが落ちてきた程度だったろ? そりゃ危なかったけど、あのまま落ちてきても、他の事故みたいに、意識不明みたいなことにはならなかったと思うし……」

「いや、どうだろうな」

 身体を起こし、背もたれに両腕を掛けて、サチは言った。

「チカ曰く、本当は二階に上がるつもりだったんだとよ。本当の待ち合わせ場所は二階だったそうだから。

 けど、目の前に休憩所があったから、相手に場所を変更していいかメッセージを送ったんだと。それで起きたのが今回。

 つまり、本来ならチカはエスカレーターを使う予定だった。エスカレーターで登っている時に、ショッピングカートが落ちてきたら、どうなると思う?」

「……トモチカさんも落っこちて、頭を打つ、とか?」

「それだけならまだいいけどな。倒れ込んだ先で手すりに巻き込まれて、首を絞める可能性だってあったんだぜ」

「そういう事故も結構あるからな」サチの言葉に、俺はゾッとする。

 あのショッピングカートは、直接的なことにはならなかっただけで、間接的な事故を引き起こす可能性はあったのかもしれない。

「今回はたまたまチカが場所を変更しようと考えて、たまたまあたしたちがそばにいた。だから被害がほとんどないように見えるだけだ」

「……でも、なんで今回は、たまたま……」

「それはわからん。本当にただの偶然かもしれねーし」

 ただ、とサチは続けた。

「もうアイツには、邪気がねーんだろ?」

「あ、うん。ショッピングカートが落ちてきたあとは、きれいさっぱり」

 そう。トモチカさんの周りをただよっていた邪気は、あの『事故』の後なくなっていたのだ。

 もし邪気が呪いのものなら、もう大丈夫。……だと思う。

「タケルがいなかったら、アイツ意識不明の重体になってたかもしれん」

 そう言って、サチは俺の方に振り返り、含みのない笑顔で言った。

「ありがと」

 ……人を散々振り回すサチだけど、意外なことにちゃんと『ありがとう』と『ごめん』を言う人だ。

 そして俺は、あまり『ありがとう』を言われたことがなかった。

 こんな『視える』だけの俺が、役に立ったんだろうか。何だか不釣り合いのような気がしつつ、どこか嬉しくもあった。

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