あの少女は一体?

呪い?

幸村家のリビングにて

「いや、めっちゃ美人だったよな背が高くてふわふわした髪で目も大きくて可愛くてでも横顔が凛としてて!」

 幸村家のリビングで、きゃー! と、頬を両手で抑えながらはしゃぐサチ。

 これ、何度目だろう。俺はここでは無いどこかに意識を飛ばしながら、終わりのないサチの「かわいい」を聞いていた。

「なあ……視えていたんだよな?」

「狐耳と尻尾のこと? 視えてたっての。何度目だよその質問」

 サチに言われたくない。

 あの子は、一体何者なんだろう。知り合いの妖怪――サチに怪力を授けた天狗もそうだが、人に化けられる妖怪はかなり妖力が強い。それが人の目に映るなら、なおさらだ。

 正直、襲われなくて良かったと思う。……視えている場合、サチなら何とかできる気もするけど。

 邪気がただよっていた事故現場に、狐の耳と尻尾があった女の子。 

「災いが起きる」と教えてくれた田の神と、共通の姿をしているあの子は、何か関係があるんじゃないだろうか。

「まあ、あの子のことは後で考えようぜ。それより邪気の話、聞いてもいいか?」

「ああ。そう言えば、何か言いかけていたよな」

 確か、『チカから聞いたんだけど』って。チカって誰のことなんだろう。

 俺とサチはクラスが別なので、クラスメイトの女の子なのかもしれない。

「そ、チカが言ってたんだけど、被害者の教員。どうも、恨まれていた可能性があるんだよな」

「……恨まれていた?」

「あたしもふわっとしか聞いてないから、詳しいことはわからねーが。教育熱心で、教え子のことを第一に考える、正義感の強い人だったんだと。その分敵も多かったんじゃねーか?」

 本当にふわっとしている。

 というか、そういう話を、チカさんはどうやって知ったんだろう。

「っていうか、それだけで図書館に車で突っ込んで行くのか? それは流石に突拍子もなくないか?」

「そ。単純に考えたらな。そもそも、事故を起こしたじーさんとその教員には、なんの関わりもない」

 これはちゃんと調べた、とサチが言う。

 じゃあやっぱり、恨みや憎しみで轢かれた可能性はないんじゃないか。

「けどさ。お前、あそこには邪気があるって言ったよな? 人の悪意、恨み、憎しみ」

「そうだけど」

「それってさ。人を『呪う』時にも、残るんじゃねーか?」


 ……思いがけない言葉に、俺は黙った。

 俺が何か言うまで、サチも何も話さなかった。

 ジジーという冷蔵庫の機械音が、やけに耳につく。そんな嫌な時間だった。


「……じゃあサチは、あれが呪いによって引き起こされたって言いたいのか?」

「突拍子もねーと思うか?」

 サチが本日二本目のアイスキャンデーをかじりながら言う。

「仮にそうだとして、それが『災い』となんの関わりがあるんだ」

「さあ」

 けど、とサチは続ける。

「ここんとこ、この町で変な事件が立て続きに起きている。どれもこれも、人の命に関わるものばかりだから、とりあえず事件の線も考えられてた。けど、加害者と被害者の関係がないから事故だと片付けられている」

 サチの言葉に、俺はここのところ起きた事件を思い出した。

 例えば、マンションのゴミ置き場が爆発した事故。出勤前にゴミを出しに行った会社員が、意識不明の重体となった。原因は、捨てられたゴミの中に、スプレー管があったのが原因だったと言われている。

 他にもこの町では、サチの言う通り人の命に関わる事故が多発していた。どれもこれも、「事故としても事件としても十分ありうるけど、加害者と被害者になんの関係がないから事故だと片付けられた」ものばかりだ。

「もちろん、単に偶然が重なった可能性もあるだろうさ。けど、タケルが他の現場でも邪気を感じ取れたんなら、超常的な何かが噛んでてもおかしくねーんじゃないか? ……って思ったんだけど」

 はい。

 俺が夏バテして、途中で家に帰らざるを得なかったんですよね。体力なくてすみません。

「ま、窓ガラス割っちゃったし、あんまり家を留守するわけには行かねーしな。邪気があるってわかっただけで、大きな収穫だろ」

 それに、とサチは言う。

「家の中にいても、調べられることはあるしな」

「調べられること?」

 書斎から本でも調べるんだろうか? 首を傾げる俺に、サチがあるものを目の前に突き出す。

 それは、学校で渡されていたタブレットだった。

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