第23話 探索者試験、当日②

「それでは、受付でお渡ししたダンジョンパスをご準備ください」


「はい」


 俺はポケットから【栃木県探索者協会05】と書かれた白いカードを取り出した。


「太田ダンジョンの中に入るには、入り口の認証装置にそのカードをかざす必要があります。なお、無事に免許をとれたあかつきには、ご自身の探索者カードで同じことをすることになります」


「わかりました」


 そうして、先に群馬県側の受験者5、6番がダンジョン内に入ったあと、


「では、夏目さん、行きましょう」


 俺は山田さんにうながされ、コンクリート打ちっぱなしの構造物――太田ダンジョンの入り口前と進んだ。


 カードを装置に当てると、ランプが赤から緑に変わる。


「これでロックが外れました。さ、開けてみてください」


 ドアレバーを下げ、鉄製のドアを押す。


 ずしりとしたドアの重みを感じながら、ゆっくりと中に入っていく。


「……うわ」


 建物の中は、冷たい色のLEDライトに照らされていた。


 建物の中央、足元には四角いマンホールのような鉄板がある。


 おそらくあれが、太田ダンジョンのゲートなのだろう。


 天井や壁面には、監視カメラや何かのセンサー、さらには銃のようなものまでついている。


 無機質かつ殺伐さつばつとした様子だ。


「中はこうなっているのか……」


「ええ、そうですよ」


 山田さんは続けて建物の中に入り、ギギギィ……と音を立てながら鉄製のドアを閉めた。


「過去、ダンジョン外にモンスターが侵攻したことはないのですが、学者の皆様の計算上、強力モンスターならば、ダンジョン外の空気にも耐えられるという予測がされています。そのため、万が一に備え、この建物内には様々な攻撃設備がつけられています」


「……少し怖いですね」


「ええ、正しい反応です。くれぐれもゴブリンの格好を真似てダンジョンにもぐったりしないでくださいね。AIに誤認識されて、出てきたときに銃で撃たれる可能性もゼロではないですから」


「……気をつけます」


「では、試験を始めます。ダンジョンゲートを開けて、下に降りてください。私もすぐ後ろからついていきます」


「はい!」


 四角いマンホールのふたを上げると、下に降りる石の階段があった。


 石づくりの壁面には、紫色の炎をともした松明たいまつが並んでいる。


 おそらくは魔力によるあかりだろう。


 俺は石段を一歩一歩降りていく。


 カツン、カツンと足音が響くたび、心臓の鼓動こどうが早くなる気がした。


 ――ついに俺は、中学時代から憧れていたダンジョンに足を踏み入れるのだ。


 胸のうちで、期待と恐ろしさが入り混じる。


(やってやる――!)


 階段は、テニスコートくらいの広さがある部屋の中央につながっていた。


 やはり四方の壁には、紫色の松明がともっている。


「左の通路を進みます。後ろからついてきてください」


 山田さんは俺の前に出て、ダンジョン内を先導する。


 少し歩くと、さっきの部屋と似たような大きさの部屋が広がっていた。


「それでは、試験をはじめます。夏目さんはこの部屋の中、入り口の近くで待機してください。しばらくすると、部屋のどこかからゴブリンが出現スポーンします。それを討伐してください。よろしいですか? ……やめるなら、今のうちですけど」


「――もちろんやります。俺はおタマちゃんとパーティを組むという目標がありますから」


 こんなところで足踏みするわけにはいかないんだ。


「ふふ、わかりました。それでは、受験番号【栃05】番、夏目光一さん、中へ!!」


「はい!!」


 部屋の中に入り、腰にさした短剣を確かめる。


 できる。


 俺ならできる。


 レベルもかなり上がったし、おタマちゃんにも大丈夫だと太鼓判たいこばんを押してもらっている。


 負けるわけにはいかない。


 部屋に入ってまもなく、部屋の奥の方に紫色のもやが集まってきた。


 瞬間、もやはヒトのかたちをとり、緑色の生き物が生まれ――。


「夏目さん! 一戦目はスキル禁止です! それでは始めてください!」


「はいっ!!」


 俺は腰の短剣を抜き、前にかまえた。


 緑色の子鬼のような生き物――ゴブリンは姿勢を低くし、蛇行だこうしながら全速力でこちらに駆けてくる。


「キシャアアアアアアアア!!!」


「うおっ!」


 ネット動画では、ゴブリンはあんな動きはしなかった。


 もっとバカ正直にまっすぐ突っ込んできていたし、スピードも少し遅かった。


 ほかの受験者は、俺と同じく、この動きに気圧けおされてしまったのかもしれない。


「シャアアアァァァァァッ!!!」


 うわ、跳んだ!!


 ゴブリンは高くジャンプし、爪でひっかこうとしてくる。


 俺は。


「うわあああ!!」


 ドゴォォォォォォォォンッッ!!


 ――反射的に回し蹴りをし、ゴブリンを壁まで5メートルほどふっ飛ばした。


「シャァッ……」


 ゴブリンは壁に叩きつけられ、そのまま地面へべチャリと落ちる。


 シュウゥゥゥゥ……。


 ゴブリンは小さな魔石を残して、煙となって消えていった。


 やば、短剣使う前に終わっちゃった……。


「1戦目、そこまで!」


 後ろから山田さんの声が響く。


 山田さんは、無言で何かを紙にメモする。


 ……良いも悪いも言わないから不安になるな。


 ちょっとビビった声を出しちゃったし。


 メンタルに不安ありとか思われたかな……?


 俺の不安をよそに、山田さんはふたたび言う。


「次です。スキルを自由にお使いください。なお、詠唱えいしょう抜刀ばっとうは合図があるまで禁止となります。夏目さんの本当の力を見せてください」


「は、はい!!」


 よし、ここでゴブリンを圧倒してアピールしてやる。


 しばらくして、先ほどとは異なる場所にもやが発生する。


「第2戦、はじめ! 戦闘準備許可します!」


「はいっ!!」


 まずはこっちでいこう。


虫相撲むしずもう・クワガタ!! 来い!」


 右手をかざすと、ダンジョンゲートのような裂け目があらわれ、クワガタが飛び出てくる。


 明確な戦闘意思を持って呼び出したからか、プライベートダンジョンで試した時よりも、サイズがかなり大きい。


 仕事で使っていたA3用紙のたば程度の印象だ。


「さて、いくか」


 もやはヒトのかたちをとり、密度を高める。


 そして、今度は――に変化した。


「キシャアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


 おお、2戦目はゴブリンのタイプが変わるんだな。探索者協会はここまでダンジョンを知り尽くしているとは。


 目の錯覚か、ゴブリンの周囲には紫色のオーラがまとわれているようだ。


 スキルありでの戦いともなると敵も強そうだな、全力でいかないと。


 そのとき、


「いけません、夏目さんっ!! 試験は中止です!! すぐに下がってください!!」


「え……?」


「シャアァァァァァァァァァッッッッ!!!」


 山田さんが試験中止を宣言した一瞬ののち。


 カランカラン、とゴブリンの槍が地面に落ちた。


「え……!?」


 ちぎれた赤黒いゴブリンの両腕が、地面に転がっている。


 ――俺のクワガタが腕を根本から切り裂いたのである。


 ブゥゥゥン……、カチカチっ!


 クワガタは自慢げに俺の前に戻ってくる。


「な、夏目さん……?」


「す、すみません、山田さん。もう攻撃を済ませてしまっていて……」


「は……?」


 次の瞬間、俺の前に開いたゲートから、無数のバッタが飛びたち、赤黒いゴブリンを食いあさった。


「ガ、ガァァァァァァ……」


「な……!?」


 ガリガリガリガリ……!


 やがて、ゴブリンは、中くらいの魔石と槍の穂先だけを残し、紫色のきりとなって消えていった。


 バッタがゲートに戻り羽音が消えると、あたりはしんとした静寂せいじゃくにつつまれる。


「まさか、未経験でここまで……!」


 山田さんは首を振ると、慌ててゴブリンの魔石に駆けよる。


 そして、魔石を手に取り、


「間違いないですね……」


 とつぶやいた。


 俺は急に不安になる。


「……まずかったかな……」


 俺がゴブリンに攻撃したのは、山田さんが中止を宣言したあとだ。


 ――試験官の指示にしたがわない場合は失格になることもあります。


 試験開始時の案内が思い出される。


 俺は山田さんに近づき、問いかけた。


「あの……、もしかして、俺……失格なんですか? すみません、攻撃を止められなくて……」


 山田さんは振り返り、真面目な顔をして言った。


「夏目さんが討伐したのは、ゴブリンジェネラル……。この階層にいるはずのない、Cランク相当の、ゴブリンの上位種です」


「え……?」


 頭がついていかない。


「それは、どういうことですか……?」


 山田さんは、俺に魔石と槍の穂先を渡しながら言った。


「急ぎますので、詳しい話は後です。取り急ぎお伝えしますと、夏目さんについては試験は合格――それどころか、Cランクモンスターを単独討伐した実績がつきましたので、Cランク免許からのスタートとなるでしょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る