第24話 探索者試験、中止

「栃木県探索者協会、山田です。全試験官に連絡します。異常事態イレギュラーです。第1階層にゴブリンジェネラル出現。対象は討伐済みですが、試験の中止を進言します。いかがですか、群馬県の城沼じょうぬまさん」


 山田さんは、黒い板を口元から離した。


 たぶん、あれが通信用の道具なんだろう。


 ピー、ガガ……。


城沼じょうぬまだ。試験は中止。職員は受験者の安全を第一にダンジョン外に移動すること」


「――群馬県探索者協会、多々良たたら了解ですわ」


「栃木県、思川おもいがわ了解です。山田さん……受験者にケガはないですか?」


「山田、試験中止了解です。思川さん、受験者は無事ですよ。みなさん、お気をつけて移動ください」


 ☆★☆


「こーちゃん、よかったぁ!」


「うわっ!!」


 ダンジョンから地上に戻ると、おタマちゃんが抱きついてきた。


 両腕で痛いくらいにしめつけられる。


「お、おい、やめろって……」


異常事態イレギュラーって聞いて、心配したんだよ……? 無事でよかった……」


「おタマちゃん……」


 おタマちゃんは少し涙声になっているようだ。


 ことの重大さが俺にはつかみきれていないが、ダンジョン内は相当危ない状況になっていたらしい。


 自分の無知さに、少し申し訳ない気持ちになる。


「こら! 思川おもいがわさん、試験官としてふさわしい態度をとりなさい!! 協会の公平性がうたがわれてしまいますよ!!」


「だ、だって……心配だったから……」


 おタマちゃんは山田さんに怒られ、俺からそっと離れた。


 すると。


「あらあら、たまきさん、ずいぶんその方に思い入れがあるようですわね」


 群馬県探索者協会の女性がおタマちゃんに話しかけてきた。


「うー、なに? かえでちゃんには関係ないでしょ?」


「ははーん、わかりましたわ。最近、たまきさんはヘルメットを変えましたわよね。あのジンクスがかなったということですか? ほら、ヘルメットに好きな人の名前を書いてダンジョンに100回入ると両思いに……」


「わー! わー!! うるさーい!! レベル20のくせになまいき!!」


「な……!? もうすぐ21になりますの! 貴方あなたと変わりませんことよ!!」


「へへん、あたしはもう22ですー!!」


「……?」


 ふたりは仲良く言い争っている。


 てか、何の話をしてたんだろう?


「……おい、多々良たたら。ふざけてる場合じゃねーぞ。仲良し会は仕事の後でやれ」


「……思川おもいがわさんも後で説教ですね」


「す、すみませんですわ……」


「なんでー……」


「まあ、いい。これで全員無事だな」


 群馬県の城沼さんが俺の肩をたたく。


「怖かったろ? ほかの受験生は部屋に戻ってる。お前も戻りな」


「はい、ありがとうございます」


「山田さんと一緒でよかったな。山田さん、めちゃくちゃ強かったろ?」


「ええと……」


 試験後に敵と会わなかったので、山田さんの強さはわかりませんでした、と言おうとしたところ。


 山田さんが俺の前に出て、言った。


「――城沼じょうぬまさん。信じられないと思いますが、ゴブリンジェネラルはこの夏目さんが討伐しました」


「は、はあ!? だって、こいつまだ受験者で実戦経験も……」


「試験室内ドローンにも記録が残っていますから後でご確認ください。……あっと言う間でした。私が試験中止を宣言すると同時に、ゴブリンジェネラルはたおされてしまったのです」


「……わたくしがゴブリンジェネラルに勝てるようになったのは、探索者を始めて2年は経ってからですわ」


「……バケモンかよ。違法探索者じゃねーよな?」


「ええ。違法探索者ではありません。保証します。【緑】免許でプライベートダンジョンにもぐってはおりましたが」


「【緑】……? 資源価値のない5号ダンジョンだろ……それがどうして……。ふ、がはは!! まあ、細かいところはいいか!」


 バシっ!


「いてっ!!」


 城沼さんは俺の背中を強く叩いた。


「気に入った!! 免許が自宅に届いたら、群馬県探索者協会で一緒に働こうぜ!! 経費で家でも車でも買ってやるよ!!」


「し、支部長、勝手に決めてはいけませんですわ……」


「いいんだよ! あの山田さんが認めてるんだぞ。間違いなく逸材いつざいだろ」


「だ、だめーっ!!」


 そのとき、おタマちゃんが大きな声を出して話をさえぎった。


「こーちゃんはあたしとパーティを組む約束があるの! と、とらないでください!!」


 ……太田ダンジョン入り口、コンクリートの中は、一瞬沈黙につつまれた。


 そして。


「ガハハハ!! そっかそっか、悪かったな、思川のじょうちゃん!! 先約があるんじゃ横取りはしねぇよ!! 仲良くやりな!!」


「思川さん、私、言いましたよね? 協会の公平性を疑われることはするなって……。決めました。お説教だけでは不十分なようですね。ダンジョンできたえなおしです」


「な、なんでー!?」


 おタマちゃんの声が、太田ダンジョンのコンクリート構造体のなかに響いた。



 ☆★☆



 結局、その後の試験は別日・別会場での振り替え対応になった。


 なお、それまでに試験を受けた人の結果は、たとえ不合格であってもくつがえらないらしい。


 仮に異常事態イレギュラーの影響で凶暴化していたとしても、ゴブリンはゴブリン、負けは負けとのことだ。


 まあ、探索者という仕事の特性を考えれば、そのシビアな判断も当然のことなのかもしれない。


 俺たち受験者は速やかに太田ダンジョン敷地内から立ち去るように指示され、帰宅することになった。


 ――そして、その夜。


 おタマちゃんからLINKメッセージが届いた。



 ピコン!



たまき:ごめん、明日こーちゃんちに行けなくなっちゃった


(泣いたクマのスタンプ)



光一:どうしたんだ? 山田さんにしぼられるのか



たまき:それはまだ先(泣き顔)


たまき:太田ダンジョンが立ち入り禁止になったから、今日試験を受けられなかった人の振り替え対応をしなくちゃいけないの


たまき:輸送バスの手配とか、探索者協会間の手続きとかいろいろあって、お休みも延期


(クマがちゃぶ台をひっくり返して「やってられるかー!」と言うスタンプ)



光一:そうか、あまり無理するなよ


光一:試験業務もなかなか大変そうだったからな


光一:一段落したら、また遊ぼうぜ



たまき:試験の振り替え対応の次は太田ダンジョンの調査準備だよ(泣き顔)


たまき:あたしたちが調査するまで立入禁止のままだから、現役探索者からのプレッシャーがすごい



光一:危険なダンジョンに入るのか?



たまき:うん。でも、今日の試験官4人で潜るから。山田さんも城沼さんも強いし、引き時もよく知ってるから大丈夫だと思う



光一:いろいろと大変だな



たまき:これが協会の仕事だから仕方ないよ


たまき:次に会えるときを楽しみにしてるね


(クマがお酒を飲みながら「クマはつらいよ」と言うスタンプ)

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