第22話 探索者試験、当日①

 ――午前8時30分。


 俺は、群馬県太田市にある太田ダンジョンに来ていた。


 太田ダンジョンは工業団地のはずれ、広大な駐車場敷地の中にある。


 もともとは、工場に勤める従業員用の駐車場だったが、ダンジョンが出現し、国が買い取ったとのことだ。


 コンクリートが広がる敷地の中央には、やはりコンクリートでできた立方体の構造物がある。


 あれが太田ダンジョンの入り口である。


「試験の受付は……、あそこか」


 ダンジョン入り口の近くに、プレハブ二階建ての簡易的な建物がある。


 あれが群馬県探索者協会・太田ダンジョン支部らしい。


 建物の前にはイベント用のテントがあり、そこの長テーブルには、おタマちゃんともうひとり、同じくらいの年齢の女性が座っていた。


 おタマちゃんの前に「受付:栃木県在住者」という紙が貼ってあったので、声をかける。


「よ、今日はよろしくな」


「あ、こーちゃ……、ではなく、おほん、受験番号とお名前をお願いします」


「……受験番号【栃05】の夏目光一です」


 おタマちゃんが真面目な様子だったので、俺も真面目に返す。


 おタマちゃんはテーブルの上からカードを1枚とって、俺に手渡した。


「こちらが本日使用するダンジョンパスです。試験時間までは建物の中でお待ちください」


「あ、はい」


 素直に受け取って、プレハブの建物に歩いていく。


 案内表示にしたがって講習室に入ると、すでに10人程度が座席に座っていた。


「あはは、お前、自信あんの?」


「ゴブリンくらい余裕だっつの」


 3月ということもあって、高校生や大学生くらいの人が多そうだ。


 知り合い同士で来たであろうグループは、和気あいあいと談笑している。


 俺は【栃05】という札が貼ってある席を見つけ、腰を下ろす。


「……みんな、余裕そうだな」


 試験では、ゴブリン相手に実践を行い、その結果により合否が判定される。


 ネットで調べたところによると、ある程度のステータス値さえあればゴブリンには勝てるため、一般探索者免許をとることはそう難しくないらしい。


 本当の関門かんもんはその先――免許ランクの認定にある。


 一般探索者免許は、E〜Sのランクがあり、高ランクになるほど行動範囲の制限がなくなる。


 今回の試験で、ゴブリンを圧倒できればDランク免許が取れる。


 Dランクであれば、通常難度のダンジョンであれば、広く入場することができる。


 一方、ゴブリンを倒せても、苦戦したり、戦い方に不安が残ると試験官に判断された場合はEランクとなってしまう。


 Eランク探索者は、限られたダンジョンのごく低階層の探索しか許されない上に、魔石の納品実績を積み重ねるまで、Dランクには上がれない。


 探索者としてのスタートダッシュ時点で大きな差がついてしまうのだ。


「俺もDランクスタートを目指さなくちゃな……」


 おタマちゃんとパーティを組むと約束した以上、グズグズしてはいられない。


 何がなんでもゴブリンを圧倒してみせる。


 ――そうして、トイレに行ったり、ダンジョン内で使う道具の点検をするなりして待つこと30分。


 しばらくすると、講習室に、探索者協会の山田さんと、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのヒゲオヤジが入ってきた。


「受験者は、静かにして席にすわってくれ!」


 ヒゲオヤジは教壇きょうだんの上に資料を置きながら言った。


 ギィ、と音がして、後ろのドアが閉められる。


 ドアの近くでは、おタマちゃんと、もうひとり受付にいた女性が控えていた。


 しん、とした部屋の中に、野太い声が響く。


「オレは群馬県探索者協会の城沼じょうぬまと言う。定刻ていこくになったので、これから一般探索者試験を始める」


「栃木県探索者協会の山田です。本日の試験は、栃木県・群馬県の共同開催となっています。受験者の皆様は、それぞれお住まいの県の協会だけではなく、もう一方の協会の指示にもしたがってくださいね。指示に従わない場合は、失格とすることもあります」


「よし、じゃあ、試験の説明をする!」


 城沼さんの説明は次のとおりだった。


 ・探索者協会の職員つきそいのもと、受験番号順に各県2名ずつダンジョン内に入る。


 ・ダンジョン内ではゴブリンと2回戦う。


 ・1戦はスキル使用あり。1戦はスキル使用禁止(武芸スキル所持者は得意武器種ではないものを使う。レンタル可)。


 ・スキル使用ありの戦いでは、受験者の最大戦闘力を審査する。


 ・スキル使用禁止の戦いでは、非常時における生存能力を見る。なお、必ずしもゴブリンを倒す必要はなく、一定時間、攻撃をさばききるなどでもよい。


 ・受験者ではゴブリンに勝てないと判断された場合、またはギブアップの場合は、探索者協会の職員がゴブリンを討伐する。その場合、試験は失格となる。


 ・怪我をした場合は回復薬を支給するので、ダンジョン内で申し出ること。


「……以上だ。何か質問はあるか?」


 前に座っていた男子高校生らしき人物が手を挙げた。


「はい、質問です! スキルありなしは、どちらが先ですか?」


「ゴブリンにエンカウントした時点で試験官が指定する。それに従うこと。ほかに質問はあるか?」


 自分も含め、手を挙げる者はいなかった。


「よし、それでは試験を始める。群馬の受験番号1番2番はオレについて来い」


「栃木県の1番2番は私についてきてくださいね。他の方は順番がくるまで待機していてください」


 そうして、講習室1列目の4人が部屋の外に出ていった。


 おタマちゃんと、ドア近くにいたもうひとりの女性も外に出ていく。


 にわかに、講習室内がざわつき出した。


「おい、始まったな」


「あいつら、苦戦してEランクスタートになったりしてな」


「そしたらウケるな」


 ――そうして、10分後。


「うっ、うっ……しくしく……」


「………………」


 暗い顔をした受験生4人が部屋に戻ってきた。


「あ……」


 同じグループの友だちもかける言葉がなかったらしい。


 手荷物を持って講習室の外に出る仲間を無言のまま見送る。


「次、受験番号3番4番、ついてこい」


「はいっ!」


 俺の前の列の4人が外に出ていく。


 ……1列目は、全員不合格だったのだろうか。


 会場内でも不穏ふおんな空気がただよっている。


 隣の席の女性受験者も、俺に話しかけてきた。


「あの、最初のグループのみなさん、全員不合格だったのでしょうか?」


「さあ、わかりません。でも、いい結果ではなかったみたいですね」


「めずらしいですよね。みなさん準備してきているはずなのに、1列全滅になるって……」


「たしかに、ネットで見た前情報とは違いますね……」


 一般探索者試験の相手モンスターは、地域によってはコボルトだったり、スライムと歩きキノコの組み合わせだったりと、バリエーションがあり難易度に若干の差があるらしい。


 ただ、ゴブリンについては、標準的な試験モンスターであり、特に難しいというわけでもないはずだ。


 太田ダンジョンでの試験が特に難関との情報もなかった。


 しばらくして。


 各県の受験番号3番4番が帰ってきた。


「……………………」


 全員がうつむき、無言である。


「……また、結果はよくないみたいですね」


「なんでしょうね……」


 だんだん不安になってきた。


「じゃあ、各県の5番6番、ついてこい」


 ――俺たちの順番だ。


「お互い頑張りましょうね」


「そうですね」


 俺たち4人は、探索者協会の建物から外に出る。


 すると、そこにはおタマちゃんを含めた、両県の探索者協会職員が待っていた。


「受験番号【栃05】、夏目光一さんですね? 私が試験官をつとめます山田です」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 知ってまーす、と言いたかったが、真面目に返事をする。


「これから太田ダンジョン内でゴブリン討伐試験を行います。先ほど改めて計測したところ、朝よりも魔素値が若干上がっているようです。大きな影響はありませんが、念のためご注意くださいね」


「わかりました」


 魔素値が上がったせいでゴブリンが少し強くなっているのかも……。


 そんな想像をしながら、山田さんについていく。


 ……何かあっても、さすがにEランク免許なら取れるよな……?

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