第19話 幼なじみと高級レストラン

「よ、こーちゃん」


 玄関のドアを開けると、ひととおり着替えを済ませたおタマちゃんがいた。


 コートの下には、グレーの上品なワンピースを着ている。


「お洒落しゃれだな」


「えへへ、いいお店に連れてってもらえるって聞いたからね。気合入れないと」


「下は水着じゃないよな?」


「大丈夫だよ、それはもう気合が入った下着を……って! ば、ばかっ! 何を言わせるの!」


「はは……ノリがいいな」


「う〜……」


 おタマちゃんは顔を少し赤くして、うつむいた。


 ――俺たちは、さんざんプライベートダンジョンで遊んだあと、それぞれ家に帰って身支度を整えた。


 今は夕方5時半、空はオレンジ色と紺色こんいろのグラデーションになっている。


 家の庭には、おタマちゃんの赤いコンパクトカーが停まっていた。


「わざわざ悪いな。車出してもらって」


「ううん、こっちこそ。おごってもらうんだから。さ、乗って」


 助手席に乗ると、ミントのかすかな匂いがした。


 エンジンがかかり、スピーカーからひと昔前に流行はやった曲が流れる。


「ナビ、入れてないけど大丈夫?」


「ああ。とりあえずイーヨンの方に向けて進んでくれ」


「りょーかい」


 結局、俺は探索者協会の山田さんがおすすめしてくれたフランス料理店「エトワール・ブルー」を予約した。


 選択したのは、一人あたり6,600円のコース料理だ。


「けっこう高いんでしょ? 本当にいいの?」


「おタマちゃんも魔石を取るのを手伝ってくれたからな。安いくらいだ」


「あたしは、ただ【水使い】スキルで遊んでただけなのになぁ……。でも、うれしいね。こーちゃんとディナーなんて」


 車は山道をくだり、県道に入っていく。


「俺も自分の車、買おうかな」


田舎いなかで探索者やるなら車は必須だよ。電車じゃモンスターの素材とか運びにくいからねぇ」


「たしかにな……」


 探索者協会から500万円が入ったらSUVでも買おうと考えながら、街の灯りが後ろに流れていくのを見つめる。


 街中に入る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。



 ☆★☆



「それでは、あたしたちの再会に、かんぱーい!」


「乾杯」


 ふたりともグラスを軽く持ち上げてから、口に運ぶ。


 帰りの運転は俺がすることにして、おタマちゃんは赤ワイン、俺はジンジャーエールにした。


「はーっ、おいしー気がする!」


「おいしいんだろ」


 ジンジャーエールも、自販機で売っているものとは味が違っていた。


 しばらくすると、横長の皿が運ばれてくる。


「こちら、前菜の、2種のアスパラガス、本日のキッシュ、パテドカンパーニュです」


 おタマちゃんは「いただきます」と言ってから、ナイフとフォークを手にとった。


「なにこれ、よくわからないけど、おいしー!」


 おタマちゃんはニコニコしながら、料理を口に運んでいく。


「それはよかった」


 うまそうに食べてくれると、おごったかいがある。


 俺も料理には詳しくないから、おタマちゃんと同じく、よくわからんがうまいとしか言えなかった。


「で、さ」


 おタマちゃんは、お酒のせいかほほを少し赤くしながら言った。


「一般免許をとったら、こーちゃんはまずどうするの? やりたいこととかあるの?」


「そうだな……」


 俺は少し考えてから言う。


「正直に言うとさ、あまり決めていないんだよな。人生のやり直し的な意味で、探索者になることが当面の目標だったからさ。とりあえず太田ダンジョンでもぼちぼちもぐってみようかなって思ってたところ」


「そっか、よかった……」


「ん?」


 おタマちゃんは少しほっとした様子で。


「じゃあさ、あたしとパーティ組まない? きっと楽しいよ?」


「え……? 探索者協会の仕事はどうするんだよ?」


「それは続けるけどさ。お休みの日とかに一緒に探索できないかと思って……」


「俺、おタマちゃんは協会の山田さんとパーティーを組んでるんだと思ってた」


「ううん。パーティーというか、協会の仕事のタッグというか……。お休みの日に一緒に探索したことはないし、頼んでも連れて行ってくれなかったんだ」


「そっか。ちなみにどこに行きたかったんだ?」


「――新宿ダンジョン。20階層の通称ダンジョン・ホーテに行ってみたいの」


「ダンペンくんがいるところか」


 新宿ダンジョンの20階層はディスカウントストアを模した構造になっており、ボスを倒すと買い物ができると聞いたことがある。


「新宿はかなりの高難度なんだけどさ、やっぱり一度行ってみたくて。探索者ってさ、やっぱりダンキで買い物ができて一流、みたいなところあるじゃない?」


「初めて聞いたが……」


「ネットだとそうなの! やっぱりさ、あたしもいつか挑戦したいんだよね。適正レベルが30らしいから、なかなか難しいんだけど」


「なるほど、おタマちゃんにも夢があるってわけか……」


 誰もが認める一流の探索者、か。


 たしかにそれは、俺が求めるところでもある。


「わかった。俺が無事に試験を通ったら、探索者パーティー組もうぜ。いずれは新宿ダンジョン20階層だ」


「ほんと? ドッキリの看板でてこない?」


「んなもの用意してるわけないだろ……。本気だよ」


「やったぁぁぁぁ!! うれしーっ!!」


 ガタッ!!


「お、おい……」


 おタマちゃんが大声で叫ぶと、店中の視線が俺たちに集まった。


「あ……、スミマセン、スミマセン」


 おタマちゃんはあちこちにペコペコ頭を下げた。


「恥ずかしいな……」


「だ、だって……。う〜……」


 おタマちゃんはワインを一気に飲んだ。


「おい、大丈夫か?」


「こんな嬉しいときに飲まずにいられるかってんだ! よし、おかわりお願いします!」


「……ま、いいか」


 俺は二人分の飲み物を頼んだ。


 しばらくして、メインの肉料理である、鴨肉かもにくのローストが出てきた。


「なにこれ、よくわかんないけど、お肉の味がすごくする!! おいしい!!」


「……俺も同じ感想しか言えないな」


 協会の山田さんみたいに、東京の文化に染まることができたら、気の利いたことも言えるのだろうか。


 それにしても、東京か……。


「ほかの秘密基地メンバー、今ごろ何してるんだろな?」


「……あたしもよく知らないよ。しーちゃんは東京に引っ越しちゃってから連絡とれてないし、まなみんも今ごろどうしてるか……」


「……だよな」


 おタマちゃんと再び会えたように、またみんなとも会える日が来るのだろうか。


 意外とみんな探索者界隈かいわいにいて、そのうち会えたりしてな。


 そんなことを考えていると。


「こーちゃん……」


 おタマちゃんが2杯目のワインを飲み干し、わった目で俺を見ていた。


「あたしがいるよ……? あたしじゃだめなの……?」


「あ、いや……」


「あたしだって、ずっと、こーちゃんがぁ……」


「……ん?」


「パーティーになれたっえことはね、もうけっこんしたのとおなじでしゅよ?」


「……だいぶ酔ってるな」


 あまり酒には強くないんだな。


「よってませんー」


 そのとき、最後のデザートプレートが運ばれてきた。


「みてこえー、おいしそうー。いちごだー」


「ラズベリーだろ……」


「ほんとら、すっぱいよー」


「適当だな……」


 ――その後、俺はおタマちゃんを無事に家まで送り届けた。


 途中、「きあいいれてきたから、きょうはまだらいじょうぶだよー」とか訳のわからないことを言っていたが、どう見ても大丈夫ではなかった。


 おタマちゃんの家に車を停め、自分の家までは歩いて帰った。


「ふたりで探索者パーティー、か……」


 新しい未来にわくわくした気持ちになる。


 ――今日は空の星が綺麗に見えた。

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