第18話 幼なじみと鬼ごっこ②

 森に入る前に後ろを振り返ると、


「ハッ、ハッ……!」


 おタマちゃんは手加減せず、本気で走ってきているようだった。


 かなりの速度である。


 それに、Tシャツの下が水着だから、胸が激しく揺れて……。


「……いや、ダメだ」


 大切な幼なじみをそういう目で見てはいけない。


 それに、余計なことを考えたせいでスピードが落ちてしまった。


 煩悩ぼんのうを振り切るように、俺は速度を上げ、森の中に駆け込んでいく。


「せっ、と」


 昨日の要領で木に登り、枝から枝にびうつって移動する。


 こうすることで、曲がりくねった小道を進むよりも時間を短縮できる。


「ふぇ、ずるいよ!?」


 ガサガサと音を立てて、おタマちゃんも後ろから同じルートをたどってくる。


 地形の慣れもあるのか、俺の方が若干速い。


 じわじわと差が開いていく。


「うー、くやしい!! まて!!」


「鬼ごっこで待てと言われて待つやつがいるかよ」


 現役の探索者にスピードで勝てるなら、一般探索者試験も問題なくクリアできそうだな。


 そんなことを考えていると。


 ピチュンッ!!


 水のレーザービームが、俺の進路上にあった枝を撃ち落とした。


「うおっ!!」


 つかまろうとした手がくうを切り、俺は宙でなんとかバランスをとって着地した。


 今のは……。


「おい、【水使い】スキル使ったろ!」


「えへへー、探索者たるものスキルを使いこなさなくちゃね! こんなこともできるよー」


「――っ!!」


 おタマちゃんは背中から水を噴射しながら、俺に突っ込んできた。


 ひと昔前に流行はやった水圧で空を飛ぶアレ……、いや、挙動きょどうとしては機動戦士のブースターと言った方が近いかもしれない。


 あっという間に俺との距離をつめてくる。


「もらった!」


「あ……!」


 頭がついていかず、反応ができない。


 おタマちゃんの手が俺の肩に伸び――。


 ――シュンッ!!


 俺はおタマちゃんの背後に瞬間移動した。


「え!? え!? いなくなった!?」


(これは……)


 この前のエメラルドグリーンの蝶から習得した自動回避スキル――蝶の舞が発動したのだ。


 てか、俺も一瞬何が起こったのかわからなかった。


 さすがはレア度星4の捕獲スキルである。


「あれ!? あれ!? うそ!?」


 あちこちキョロキョロしているおタマちゃんを見て、つい笑いがこらえきれなくなってしまった。


「――くく、後ろだよ」


「え!? いつ!?」


「見えなかったろ?」


「み、見えたよ!! 余裕で見えた!!」


 ――絶対ウソである。


「まあ、いいさ。俺を捕まえるのは諦めたらどうだ?」


「く……、悔しいけど、本気を出さないと勝てない相手のようだね……」


「これまでも本気だったろ?」


「あたしたちの戦いはこれからだよ!」


 おタマちゃんは、腰のポーチを開け、小さなポケットから何かを取り出した。


 それは、青い宝石が入った指輪だった。


「へへん、探索者の実力はスキルだけじゃないよ。持っている道具も実力のうちだよ」


 そう言って、左手の人差し指に指輪をはめる。


「それ、誰かからのプレゼントなのか……?」


 おタマちゃんは指輪なんか興味ないんだと思っていた。


 俺はおタマちゃんの恋人でもなんでもないのだが、地味にショックを受けてしまった。


 ……この得体のしれない、精神的なダメージを与えることが目的なら、攻撃は成功だ。


「ば、ばか、違うよ。これは太田ダンジョンでリザードマンからドロップしたやつ。速さを上昇させる指輪だよ」


「ドロップアイテム……」


 お店の探索者コーナーでガラス戸にはいっている、高級品のあれか。


 一般のダンジョンではこういうのも手に入るんだな。


 それにしても、速さを上昇させる指輪、か。


「……ズルじゃねーかよ」


「えへへ、くやしかったら一般探索者免許をとってみたまえ」


 おタマちゃんは指輪を見せつけながら、ドヤ顔をした。


 ……なんかむかつくな。


「あ、カブトムシ!!」


「っ! どこだ!?」


 おタマちゃんが指さした方角を見た瞬間、俺は再び自動テレポートした。


 回避スキル・蝶の舞が発動したのだ。


「あー、っしー。てか、見えてなかったはずだから自動回避スキルっぽいね。回数制限式か、魔力消費型かな」


「……おい、探索者ってのはアマチュアに対してだましうちをするのか?」


 もちろんカブトムシなんかどこにもいなかった。


 俺を油断させてタッチしようとする汚いワナである。


 すると、おタマちゃんは人差し指をふって、言う。


「ちっちっ。認識が甘いよ、こーちゃん。探索者ってのはね、死んだら終わりなんだよ。どんな手を使ってでも勝つ必要があるんだよ」


 再度のドヤ顔。


 てか。


「……俺たち、生死をわける勝負をしてたのか?」


「えへへ、もののたとえだよ。先輩探索者からの助言として聞きなさい」


「ふぅん……」


 なるほどな、たしかに勉強になる。


 おタマちゃんがしていることは大人げないズルだとは思うが、探索者として生きていくにはこういうメンタルも必要なんだろう。


 ――よし、それなら。


「さーて、捕まえちゃうぞー。指輪のパワーで向上したあたしの速さと【水使い】スキル、両方からは逃げられないぞー」


「……おい、じゃあ俺もおタマちゃんを見習って、禁じ手を使わせてもらうぞ」


 ――さすがに攻撃スキルを使うのははばかられるが。


「へん、なんだか知らないけれど、やってみなよ。その上をいってみせるから」


「じゃあ、言うけどな……」


 俺は目を伏せながら、言った。


「お前が全力で走ると胸がめちゃくちゃ揺れるんだよ。少しは気にしろよ」


「え!? え!? あ、そっか! この下ノンワイヤーの水着だ!! う、うう〜!!」


 おタマちゃんは両腕で胸を隠すと、俺をにらみつけた。


「こーちゃんのえっち! ずっと見てたの!?」


「ずっと見ないようにしてたんだよ……。さ、鬼ごっこは諦めろ。もう本気で走れないだろ?」


「うう〜……! ずるい!!」


「探索者ってのは、どんな手を使っても勝つんだろ?」


「それとこれとは話は別! う〜、くやし〜!」


 おタマちゃんは顔を赤くしながら、ジロリと俺を見る。


「さ、もう普通に遊ぼうぜ。この前みたく……」


「あ、そうだ」


「――っ!」


 いきなりおタマちゃんは【水使い】スキルで俺の顔に水鉄砲を撃ってきた。


 蝶の舞で回避し、おタマちゃんと距離をとる。


 てか、これで3回スキルを使用したな……。


 蝶の舞が次回いつ使えるのか、おタマちゃんに勝ったあとで確認しなくちゃな。


「残念だったな。最後のふいうちも避けたぞ」


 おタマちゃんに勝利宣言をしようとすると、


「へへん、誰が最後と言ったかな?」


「え……?」


 ――白い霧がおタマちゃんの胸の前に発生して、身体からだを隠していた。


「これって……」


「――【水使い】スキル・霧隠きりがくれ。いま開発した技だよ」


 少年マンガの温泉回とかで不自然に発生するやつじゃねーか。


 隠されている分、かえっていけないものを見ている気がするが……。


「これであたしに弱点はないよ! さ、かくごっ!」


「――っ!」


 おタマちゃんは全速力で駆け寄ってくる。


 さっきよりも速いのに、白い霧は正確に胸を隠している。


 スキル制御技術の無駄づかいである。


 てか、ダンジョンで、ちゃんと駆使したら強いんだろうな。


「……負けるかよ」


 反転し、木々の中に逃げていく。


 俺も全速力だ。


 ガサガサ!


「はっ、はっ……!」


 おタマちゃんの足音は後ろから離れない。


 ほぼ同じスピードで走っているようだ。


 木をつかみ、宙を駆けながら逃げていく。


 おそらく霧の制御で精一杯なんだろう、おタマちゃんは水鉄砲による邪魔はしてこなかった。


 単純な身体能力の勝負となっている。


 ――一瞬のミスが勝敗をわける。


 そんなギリギリの戦いだった。


 俺が神社の敷地に入り、そのまま奥の森に抜けていこうとしたとき。


 ――視界のはずれに、黒い何かが見えた。


「あ……」


 それに気を取られた瞬間。


「タッチ!!!」


 おタマちゃんの手が俺の背中をとらえた。


 その場に立ち止まり、ゆっくりと振り向くと、おタマちゃんが満面の笑みで俺を迎えた。


「えへへ……、やったぁぁぁぁぁぁ!! 見たか、こーちゃん!! これが探索者の力だよぉ!」


「……負けたよ、強いな」


 速さ強化の指輪をつかっていたことは口にせず、素直に負けを認める。


「えへへ、超うれしい。ま、こーちゃんもよくやったよ。試験での活躍、楽しみに待ってるよ」


「ああ……。あ、そうだ」


「ん? こーちゃん、どこ行くの?」


「ちょっと気になってな……」


 さきほど横を通った木に戻っていく。


 みきを確認すると……。


「カブトムシだ……!」


 そこには、立派なツノを持った、黒いカブトムシがいたのだった。


 おタマちゃんの嘘が本当になった……そんなことを思いながら、俺は手を伸ばした。


 ボワン!!



 名前:クロカブト

 レア度:★★

 捕獲スキル:???(条件:カブトムシ種を3種捕獲)、応援(MPを使用し、召喚しょうかんした虫を一時強化)、防御+5(初回ボーナス)

 捕獲経験値:450

 ドロップアイテム:魔石(大)

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