第15話 エメラルドグリーンの蝶

「うげ……」


 プライベートダンジョンを出てスマホを見ると、井矢田からのLINKメッセージが36件も届いていた。


 さすがにドン引きである。


 チラと見ると「70万くらいハイレバFXならすぐ儲かる」とか「ピットコインはもう古い。今は化け猫コイン」とかわけのわからないことが書いてあった。


 アホらし。


 俺はろくにメッセージも見ずに、井矢田をブロックした。


「ばいばい、元気でな……。そして、お前も連帯責任っと……」


 ついでに共通の上司だった課長もブロックした。


「……よし」


 あー、スッキリした。


 これで、俺のLINKは完全にプライベート専用となった。


 今後、前の会社のやつらは俺の人生に関わることがないだろう。


 そう思うと、すがすがしい気分である。


 過去のくさりを完全に断ち切り、探索者としての第2の人生が始まったのだ。



 ☆★☆



 その翌日もまたプライベートダンジョンへと潜った。


 昨日クワガタを捕まえたとき、俺の身体能力がかなり上がっていることに気づいたので、今日は飛んだり跳ねたり木に登ったりと、体をフルに使って虫を探していく。


 木から木に飛び移ることができたときには、まるで忍者になった気分で興奮した。


 少年マンガのワンシーンを思い出し、必要もないのにぴょんぴょん樹上じゅじょうを移動してしまう。


 そう言えば、子どもの頃は、意味もなく河原の高い岩に登ったり、ブランコから飛び降りてみたりしていたっけな。


 あの頃にあった、自分の身体からだに対する信頼感は、何だったんだろう?


 危ないと思うより、できる、やってみたいと思う気持ちがまさっていた。


 ダンジョンでレベルが上がり、身体能力が向上した今、ふたたび俺は体を動かす楽しみを感じている。


「お……!」


 木の高所で新種のクワガタを見つけることができた。


 枝を鉄棒がわりにしてクルリと回ると、クワガタの場所に飛びつく。


 ボワン!



 図鑑No.53/251

 名前:赤アゴクワガタ

 レア度:0

 捕獲スキル:虫相撲(クワガタに火炎攻撃付与)、速さ+3(初回ボーナス)

 捕獲経験値:150

 ドロップアイテム:魔石(小)



「よし」


 スキルで呼び出せるクワガタが、火炎攻撃ができるようになったらしい。


 クワガタだのみなところもあるけれど、だいぶ攻撃手段もそろってきたように思う。


「そろそろカブトムシもほしいところだな……」


 クワガタとどちらが強いのか知らないけれど、やはりカブトムシは手元に置いておきたい。


【童心】スキル持ちならではの、永遠の憧れである。


「さてと……」


 いったん下に降りて、樹液が出ているポイントもさぐろう。


 そう考え、木から飛び降りたとき、茂みの中から何かが飛び出してきた。


「あ……!」


 それは、1頭の蝶であった。


 しかし、そのはねの色はあまりにも鮮やかである。


 まるでリゾート地の海のようなエメラルドグリーン。


 はねは金属じみた光沢こうたくを帯び、キラキラと輝いている。


 以前博物館で見た外国の蝶――モルフォ蝶に似た雰囲気がある。


 間違いなく……。


「レアだろ……!!」


 俺は魔生物捕獲ネットを呼び出し、エメラルドグリーンの蝶に駆けよった。


「いけっ!!」


 そして、レベルアップで上昇した速さを活かし、一気にアミを振り抜いた。


「よしっ!!」


 間違いなく捕まえた……と思ったら。


「あれ……?」


 蝶はひらひらと小道の先に逃げていく。


「遅かったか……?」


 再度、走って蝶を追いかける。


 蝶の移動速度は思ったよりも速い。


 レベルアップした俺が全力で走って、やっと追いつけるくらいである。


「逃がすかよ……! それ!」


 再度思い切って魔生物捕獲ネットを振る。


 今度は絶対に捕まえた。アミの中にもエメラルドグリーンの姿が見える。


「よし……! え?」


 アミの中にあったエメラルドグリーンはいつの間にか消え去り、代わりに空中に蝶が現れる。


「やっ!」


 すぐさまネットを振るが、やはり蝶はとらえられない。


 気づくと少し離れた場所に移動している。


「残像……?」


 先ほどの樹上移動のせいもあり、頭の中はすっかり少年マンガモードである。


 とらえたと思ったら消えている。


 スピードキャラを相手にしている気分だ。


「ううむ……」


 よく見ると、蝶のはねの表側はエメラルドグリーンだが、もう一方は黒色だ。


 色の落差のせいか、飛び方が独特なのか、まるで蝶はチカチカと点滅しているかのようにも見える。


 ……あれでタイミングをずらされたのか?


 もしかしたら、アミでとらえきれていないのかもしれない。


「もう1回だ……!」


 縦に振り下ろす動きではなく、蝶の進行方向をとらえ、横の動きでからめとる。


 それならいけるはずだ。


 全速力で走って、幻惑げんわくの蝶を追いかける。


 枝につかまり、木の根を飛び越え、最短距離で進む。


 途中、木のみきで三角跳びじみたこともした。


「はぁ、はぁ……」


 息がきれる。


 体力の限界が近づいている。


 しかし、不思議とつらくはない。


 むしろ楽しい。


 やろうと思ったことができる。


 イメージどおりに身体からだが動かせる。


 そのよろこびがまさっている。


 ブロックべいの上に登って平均台のように歩いても、けして下に落ちることはないと信じていたあの頃。


 そのときと同じように、俺はあの蝶を捕まえられると確信している。


「よっ!」


 俺は枝をつかんで前方に跳び、エメラルドグリーンの蝶を追い抜いた。


 蝶の進行方向は――正面だ。


 ずざっ!と音を立て着地・反転し、魔生物捕獲ネットを振りかぶる。


「いけぇぇぇ!!」


 俺は、蝶の進路をふせぐようにネットを振り抜いた。


 そして。


 ボワン!


 ――エメラルドグリーンの蝶は、魔生物捕獲ネットの中で魔石に変わった。


「やったぁぁぁ!!」


 過去、一番嬉しいかもしれない。


 自分の力を出し切った。


 その充実感がある。


 続けて、空中に魔生物図鑑が現れる。



 図鑑No.99/251

 名前:ラ・メール蝶

 レア度:★★★★

 捕獲スキル:速さ+10(初回ボーナス)、蝶の舞(自動回避・3回・被ダメージ確定時発動)

 捕獲経験値:1500

 ドロップアイテム:魔石(大)

 解説:海の名を冠する蝶。うつくしいはねを持ち捕獲しようとする者を幻惑させる。捕獲成功判定が4回目となったときに初めて捕獲可能(要:速さステータス110以上)



「おお!」


 先日の黄金オオコガネに続き、2匹目のレア度星4だ。


 捕獲スキルも自動発動の回避能力。ダンジョン内での罠や不意打ちにも対応できるなら、いわゆる「わからん殺し」の可能性もガクンと減る。


「こりゃ、いよいよ免許を取るときかもしれないな……」


 プライベートダンジョン限定の【緑】免許をとってから、わずか1週間程度。


 俺は次のステップに進もうと決意した。


「あ、そうだ」


 魔生物捕獲ネットを解除すると、ネットの下から、エメラルドグリーンの蝶が生み出した魔石が現れる。


「どれどれ……」


 魔石を拾いあげる。


 ズシリとした重さがあるピンポン玉程度の大きさ。


「あれ……?」


 しかし、ほかの魔石とは違う特徴があった。


 ――蝶から生まれた魔石は、いつもの紫色ではなく、緑色に透き通っていた。

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