第16話 探索者試験の申込み
「あの、夏目さん……これをどこで?」
緑色の魔石を渡すと、探索者協会の山田さんは真剣な顔で問いかけてきた。
「例のプライベートダンジョンですが……。珍しい蝶を捕まえたら、出てきたんです」
俺は正直に答える。
「なるほど……。ちょっと
「はーい!」
パーティションの奥から声がして、おタマちゃんがやってきた。
「あ、こーちゃん! ……じゃなくて、夏目さん。どーしましたか?」
口調が若干カジュアルだが、山田さんの手前、丁寧に対応してくれたようだ。
「思川さん。すみませんが、この魔石を奥で保管しておいてください」
「え……!? これ、
「夏目さんが持ち込んだものです。買取希望でいいですね?」
「はい。……これって、めずらしいものなんですか?」
「そうですね。端的に言うと、とてもめずらしいものです」
「あ、あたし、金庫に入れてきます!」
おタマちゃんは、緑の魔石をトレーにのせ、慌てた様子でパーティションの後ろへと走っていった。
「あの魔石は……?」
「
「マジか……」
たかだかひとつの魔石で、前職の年収を超えてしまった。
もはや金銭感覚がバグってくるな。
山田さんによると、魔石は大きく分けて3種類の需要があるらしい。
いわゆる“玉ジャリ”、小粒の魔石は燃料用に使われ、買取価格は安い。
中から大の魔石は、まとまった出力が確保できるので、ダンジョン内で使用できる魔導具やその研究に使われる。
買取価格は数万円から100万円程度。
そして……。
今回の魔石のような【規格外】のものは、特注品をつくるために使われるということだ。
「
「ちなみに、山田さんのときはどんなモンスターからドロップしたんですか?」
「渋谷ダンジョン20階層のフロアボス・デュラハンです。懐かしいですね、私の結婚前です。4人パーティーでなんとか撃破しました」
……山田さんは東京で探索者をしていたのか。
「高レベルモンスターはいても、だいたいドラゴン種のように大型です。そのため、
さらに、買い手は、ハイレベル探索者や最高級の魔導具メーカーなどに限られます。基本的にお金に困っていない方々となりますので、買値は数百万円単位で簡単に跳ね上がります」
「おお……」
想定される用途としては、配信用の超高性能AIドローンのバッテリーや、属性武器の魔力源、半永久的に駆動する
「とりあえずお見積りは500万円で出しておきますが、金額のブレがあることをご承知おきください」
「わかりました」
……この金額を聞いて、決心がさらに固くなった。
「あの、少しだけ相談してもいいですか? 俺、プライベートダンジョン以外も入れる探索者の免許を取りたいのですが……」
「一般探索者の試験は毎月10日です。よろしければ、次回分の申込み処理をしてしまいますか? 夏目さんは【緑】免許を持っていますので、午前中の講習は免除で、午後の実技試験からとなります」
今は3月2日だから、あと1週間くらいか。
「ありがとうございます。お願いします」
「それでは、こちらに手を置いて、ステータス開示をお願いします」
「わかりました」
山田さんは、黒い板を俺の前に差し出した。
おタマちゃんが興味本位で俺のステータスを確認した機器だ。
俺は素直に指示にしたがう。
名前:夏目光一
レベル:21
経験値:67/1410
HP:174
MP:88
攻撃:84(うちボーナス+18)
防御:64( 〃 +4)
速さ:137( 〃 +15)
賢さ:55
スキル:【童心】、【ドロップアイテム強化】、【水耐性(小)】、【睡眠技無効】、【水上歩行】、【斬撃強化(小)】、【蝶の舞】
特技:魔生物図鑑、集団襲撃、魔生物捕獲ネット(Lv1)、
「え……!?」
山田さんは目を見開いてディスプレイを見る。
「ちょ、ちょっと失礼します!」
山田さんは自分の手を黒い板に載せた。
ディスプレイに山田さんのデータが表示される。
名前:山田菜々子
レベル:35
経験値:511/3781
HP:243
MP:193
攻撃:104
防御:112
速さ:135
賢さ:152
スキル:【気配探知】、【風魔法】、【空間把握】
特技:ウィンドカッター、エアブラスト、ブレスカウンター、スピードアップ、テンペスト
うわ、山田さん、強っ!
あのおタマちゃんが恐れるわけだ。
それにしても、山田さんの本名は菜々子というのか。
なんか女性のステータスを見るのは、いけないことをしている気分になる。
そんなことを考えていると。
「装置は壊れていないようですね……。あ、あの夏目さん、本当に、この前【緑】免許とったばかりですよね? 違法探索していませんでしたよね?」
「え、ええ……」
「本当ですね?」
「は、はい……」
話がよく見えないが、何かよからぬことをしたと疑われているのだろうか?
俺の探索者人生は……。
おろおろしていると、山田さんはふぅとため息をついて言った。
「……信じられませんが、夏目さんは、一般探索者免許を取得する前に、この地区ではトップクラスのステータス……東京でも中堅クラスのステータスを所持しています」
「え……!?」
いつの間にかそこまで強くなっていたとは。
「一応、3月10日の試験、お待ちしていますから。体調だけは崩さないでくださいね」
「は、はい!」
「これがプライベートダンジョンの恩恵なんですね……。正直うらやましいです。私なんか、何回死にかけたことか……」
山田さんはすねたように言った。
この人のこんな顔はこれまで見たことがなかった。
「あ、あの……」
なんて言葉をかけていいか困っていると、
「ふふ、冗談です」
山田さんはにこやかに笑った。
「でも、これなら、私も遠慮することはありませんね」
「え……?」
山田さんはチラリとパーティションの方を見ると、
「この前、夏目さんがお持ちいただいた魔石ですが、買取額が決まりました。見積もりの69万8千円から上がりまして、78万円です」
「マジですか……?」
「ええ、マジです。私、頑張りました」
……このひとは何をやらせても優秀なんだろう。
にこやかな笑顔がまぶしい。
「それで、魔石が高く売れたら思川さんにご飯をごちそうすると言っていましたよね。夏目さん?」
「ま、まあ……」
おタマちゃんが魚を捕まえる手伝いをしてくれたので、そんなことを言った覚えがある。
山田さんはウェブページを印刷した紙をカウンターに置いた。
「私のオススメのレストランがこちらです。ちょうど明日、思川さんはシフトでお休みです。予約が取れるなら、ぜひごちそうしてあげてください」
レストランの写真を見ると、チェーン店ばかりのこの街にあるとは思えない洒落た店だった。
ディナーコースがひとり6000円。
このあたりでは、間違いなく高級店である。
「山田さーん、しまってきましたー」
ちょうどそのとき、おタマちゃんがのんきな様子でカウンターの方にやってきたのであった。
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