第10話 幼なじみと水あそび①

 翌日。


 探索者協会で魔石を換金すべく、身支度を整えていると家のチャイムがなった。


 ――ピンポーン。


「……ううむ」


 近所の人が回覧板でも持ってきたのだろうか。


 今日は平日だから、父も母も仕事に出ている。


 今の状態を詮索せんさくされたら面倒だなと思いながら玄関のドアを開けると、そこには幼なじみのおタマちゃんがいた。


「よ、こーちゃん。約束どおり来たよ」


「約束?」


 プライベートダンジョンに遊びにいきたいというやつか。


「事前に連絡くれよ。てか、これから探索者協会に行こうと思ってたんだが……」


「今日は協会お休みの日だよ? 知ってるかと思ってたんだけど……」


「あ……」


 前職では客先優先で、決められた休みという感覚がなかったから、定休日の存在をすっかり忘れていた。


「悪い。そう言えば休みに来るって言ってたな。今日だったか」


「う、うん。あ、あの……それならLINKのアドレス教えてよ。前もって連絡できるから……」


「ああ、悪い」


 スマホを取り出し、おタマちゃんを友達登録する。


 すると、すぐにピコン!と音がなり、おタマちゃんからのメッセージが届いた。



 たまき:よろしくね!



 そして、シロクマのキャラクターの上に「よろしく♡」と書いてあるスタンプが送信された。


 おお、いかにも女子のスタンプだ。


 前職では、LINKを業務連絡用に使っていた。送られてくるのは、長文テキストか、端的たんてきな業務命令ばかり。


 こんな華やかなスタンプは長年もらっていなかったから、素直にうれしいな。


 俺は、気の利いたスタンプなんて買ってなかったから、普通に文字とデフォルトのスタンプで返信する。



 光一:これからもよろしく!



「あ……」


 おタマちゃんはスマホの画面を確認すると、


「うんっ!」


 嬉しそうに微笑んだ。



 ☆★☆



 俺たちはプライベートダンジョンへと歩いていく。


「ヘルメット、変えたんだな」


 おタマちゃんの手に下げられていたのは、この前の桃色のものではなく、水色のヘルメットだった。


「そ、そうだっけ? 忘れちゃったなぁ!」


「ほら、アイドルか何かの、推しのステッカーが貼ってあった……NKってやつ」


 俺と同じイニシャルだから、よく覚えている。


「あ、あー、アレね! 最初から貼ってあったんだよ!! 安かったヘルメットだから!」


「そうなのか? 変わったデザインだな」


「だから安かったのカナ? あはははー」


 おタマちゃんは何かをごまかすように笑った。


 ……安物を買ったのが恥ずかしかったのかな。


 これ以上、触れないことにするか。


 俺は話題を変え、おタマちゃんと一緒に歩いていく。


 山道を少しだけ登ると、ダンジョンゲートのドアが見えてきた。



 ☆★☆



 プライベートダンジョンの中は、夏の風景が広がり、セミの鳴き声が聞こえる。


 ダンジョンゲートのドアを閉めると、おタマちゃんはすぐにコートを脱いだ。


 中はアウトドアブランドのTシャツだった。


「ふー、やっぱり暑いね。テンション上がるね!」


「……おい、ダンジョン内は長袖長ズボンが原則だって言ったやつはどいつだ?」


 ダンジョン内では、最低でも探索用品メーカーの衣服を着用すべし。皮膚を守ることを意識すべし。


 探索者協会での講習で、こいつから習ったばかりだ。


「えへへ、どうせモンスターはいないでしょ。ま、剣だけは持ってきたから、なんかあったらなんとかするよ」


「……適当だな。いつも考えなしに敵につっこんで、協会の山田さんに怒られている姿が目に浮かぶよ」


「え、え!? なんで知ってるの!? 聞いたの!?」


「……聞かなくてもわかるよ」


 山田さんの苦労がしのばれる。


「で、今日は何をするつもりなんだ?」


 おタマちゃんの所持スキルは知らないが、おそらく虫を捕まえてレベルアップができるのは俺くらいなんだろう。


「あのね、とりあえず川いきたい!」


「川? なんかあるのか?」


「いやー、特にアテはないんだけど、とりあえず水が綺麗だったから」


 ……そう言えば、おタマちゃんは昔から川遊びが好きだったな。


「この前約束したときは、探索者としての成長が〜とか言ってたが、鍛錬をするつもりはないんだな」


「えへへ。だって、こーちゃんは虫取りしてるだけでレベルが上がるんでしょ? あたしだって、ここの秘密基地メンバーなんだからね。同じように、一番好きなことをすれば、一番いい結果になるはずなんだよ」


「……楽観的だな」


「ま、サイアク楽しく遊べればOK! さ、行くよー!」


「お、おい」


 おタマちゃんは森へ歩きはじめた。



 ☆★☆



「あ、見て! 綺麗!」


 田んぼ道のわきには、背の高い、大きなひまわりが数本咲いていた。


「夏!って感じがしていいね。あたし、ひまわり好きだよ」


「間違いなく昨日は生えてなかったが……」


 おタマちゃんとふたりで中に入ったことで、ダンジョンに変化が起きたのだろうか?


 実に不思議である。


「細かいことは気にしないの! 見なさい、この素晴らしいひまわりを!」


「ううむ……」


 考えてもわからなそうなので、とりあえず花びらに止まっていたテントウムシを捕まえておいた。



 図鑑No.35/251

 名前:三ツ星てんとう

 レア度:0

 捕獲スキル:なし

 捕獲経験値:3

 ドロップアイテム:魔石(微細)



 ☆★☆



 やがて俺たちは川のほとりについた。


 昨日と若干場所が違うとはいえ、水位が少し高くなっているようだ。


 昨日は俺の足首くらいまでしか水がなかったけれど、今日はひざの下くらいまである。


「うわーい! 水がキレイ!」


 おタマちゃんは大喜びである。


 水は空の青を反射して、アクアマリンのような色となっていた。


 態度には出さなかったが、俺もテンションが上がっていた。


 小さい頃を思い出すな。


「やっぱりここは最高だね。この前の調査のときから目をつけてたんだ」


「家の近くの川は、いつの間にか藻だらけになってたからな」


「さーて、あそぼー」


 おタマちゃんはTシャツをたくし上げ、ズボンのホックを外した。


「お、おい! ここで着替えるつもりなのか!?」


 そのままストン、とズボンは足首まで落ちる。


 おタマちゃんはTシャツをめくり、


「じゃーん、下は水着でしたー! おうちから着てきたんだよー!」


 青い花柄のビキニを見せてきた。


「下着だと思った? ざんねーん!」


 ズボンを脱いで、くるくるとたたむ。


「お、おお……」


 ……水着か下着かより、女の子がズボンを脱いで中に着ているものを見せてくるというシチュエーションにどぎまぎしてしまった。


 もっと冗談ぽく返せればよかったのだが、うまく反応できなかった。


 気恥ずかしくて、おタマちゃんを直視できない。


「ちょ、ちょっと……。そんな反応されちゃうと逆に照れちゃうというか……。か、勘違いしないでほしいんだけど、あたし、いつもこんなノリしないんだからね! こーちゃんの前だからつい楽しくなっちゃって……。う、うう〜……」


 おタマちゃんは顔を赤く染め、やたらと早口で言った。


「わ、わかったよ。おタマちゃんはあんまりこういうことをしないんだろ」


 俺はおタマちゃんの意をんでフォローしたつもりだったが、おタマちゃんはさらにムキになって言った。


「わ、わかってない! あんまりというか、一度もしたことないし……。ううー、あたし、何言ってんだろ、ああー、もうっ!!」


 おタマちゃんは川に駆け込んでいった。


 バチャン!バチャン!と大きな飛沫しぶきが上がる。


「ほら!! こーちゃんもこっち来て! 一緒に遊ぶよ!」


 なぜかおタマちゃんはひとりで騒ぎながら、俺に水をかけてくるのであった。

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