第9話 ダンジョン内を一周する

 黄金オオコガネから採れた魔石は、ズシリとした重さがあった。


「バッタの魔石何個分だろ……。下手すりゃ1万円くらいにはなるかな」


 なんかドキドキする。


 テレビでやってる『どれでも鑑定団』に掛け軸とかを持ち込む人の気持ちがわかるな。


 落として割らないよう大切にしないと。


 俺は腰のアイテムポーチに魔石をしまった。


 さて。


「この調子で行くか」


 小さいクワガタなど、先ほど木に止まっていた虫は、バッタの襲撃時にすべて逃げてしまったようだ。


 改めて、森の奥を探索することにしよう。


 俺は木々の間に伸びる小道を進んでいった。



 ☆★☆



 しばらく歩くと、サワサワという音が聞こえてきた。


 これは……。


 小道を外れ、森の奥へ進んでいく。


 すると。


「おお……!」


 木々の奥には、綺麗な小川が流れていた。


 太陽が差し込み、水しぶきがキラキラと反射している。


 水はこれ以上ないほどに透明で、底にある丸石の形がそのまま透けて見える。


 水深が若干ふかくなっているところだけ、空の青を受けて、クリアブルーになっていた。


 ――これが、ダンジョン危険度調査のときに探索者協会の山田さんが言っていた「川」の地形か。


 試しに手の先を水に浸してみた。


「おお、冷たい!」


 手首まで水に浸すと、火照ほてった体温が徐々に下がっていく感じがした。


 日が差しているせいか、川の周りの気温は森の中よりも少し高い。


 水に入ったら気持ちよさそうだ。


「誰もいないし、いいか」


 俺は靴、靴下、長ズボンを脱ぎ、下はパンツだけになって、川の中に入っていった。


「ひゃっほーっ!」


 意味もなく騒いでしまう。


 なぜ人は、夏場に冷たい水に入ると馬鹿みたいにテンションが上がってしまうのか。


 永遠の謎である。


 バチャバチャと飛沫しぶきを上げながら、川を下っていく。


 いや、気持ちいいな。


 東京で働いていたときは、こんな開放感は味わえなかった。


 意味がない行動ではあるんだけれど、生きている実感がするな。


「ふー……」


 ひとしきり遊んだあと、俺は腰に手を当てて、満足の溜息をつく。


 いやー、プライベートダンジョンは最高だな。


 このまま遊んでいてもいいのだけど、今日の目標はダンジョン内の探索だからな。


 そろそろ切り上げるか。


 俺はふたたびバチャバチャと飛沫を散らしながら、靴を脱いだ場所に戻ってきた。


 タオルは持ってこなかった。


 俺は川べりの丸石に座って、足が乾くまでゆっくりすることにした。


「あー、気持ちいい」


 水温と気温の差で、足の先にじんじんと血液が流れていくのを感じる。


 まるでサウナから上がったときのようだ。


 俺は両手を後ろについて、空を見上げた。


 そよそよと揺れる木の葉の奥に、遠く入道雲が見える。


 しばらく眺めていても、雲の形が変わることはなかった。


 まるで永久に時が止まっているかのようだ。


「働いているときは、こんなふうにゆっくり空を見ることはなかったな……」


 なんだか、仕事をクビになったことすら懐かしく思えてきた。


 むしろ、あんな会社で今でも働いているやつらに憐れみの気持ちすら湧いてきた。


「もう、ああいう会社では働けないなぁ。それがいいことなのか、悪いことなのかわからないけど……」


 視線を下に向けると、俺が座っている石の横にも、手ごろな大きさの石があった。


 俺は特に深い考えもなくその石をひっくり返す。


 すると、石の下には5匹ほどのダンゴムシがいた。


「おお、懐かしい。小さいころはよくとったなぁ」


 ひょいひょいと拾いあげ、ポワンポワンという小さい煙とともに魔石化させていった。


 魔生物図鑑が俺の横に現れ、勝手にページが開かれる。



 図鑑No.31/251

 名前:魔ダンゴムシ

 レア度:0

 捕獲スキル:防御+1(初回ボーナス)

 捕獲経験値:1

 ドロップアイテム:魔石(微細)


(解説は、ダンジョン外の虫と同じようなことが書いてあるときは、読み飛ばすことにした。)



 図鑑No.32/251

 名前:魔ワラジムシ

 レア度:0

 捕獲スキル:速さ+1(初回ボーナス)

 捕獲経験値:1

 ドロップアイテム:魔石(微細)



「よしよし、ついでにこいつらも捕まえておくか」


 ポワン!



 図鑑No.1/251

 名前:ダンジョンアリ

 レア度:0

 捕獲スキル:なし

 捕獲経験値:1(レベル3以上の者の場合は0.1)

 ドロップアイテム:魔石(微細)



 図鑑No.2/251

 名前:ダンジョンハネアリ

 レア度:0

 捕獲スキル:攻撃+1(初回ボーナス)

 捕獲経験値:1

 ドロップアイテム:魔石(微細)



「……よし」


 魔石は砂粒みたいに小さいものばかりだったけど、図鑑に捕獲実績を記録できたぞ。


 捕獲スキルの「初回ボーナス」というのはよくわからないけど、俺にとって何かしらのプラスになっているのは間違いないだろう。


 さて、そろそろ足も乾いた。


「――行くか」


 俺は靴などをふたたび身につけ、森の中に戻っていった。


 我ながら単純だとは思うが、すでに気分は探検家だった。


 木々の間の小道を進んでいく。



 ☆★☆



 しばらく進むと、赤い鳥居が見えてきた。


「おお、こんなところがあったなんて」


 探索者協会の報告時は特に触れられなかったものだ。


 鳥居をくぐると、奥には小さな木造のやしろがあり、さらにその後ろには、樹齢100年は確実に超えているだろう、立派な大木があった。


「なんだか安心するな……」


 ダンジョン内に神も仏もないのだろうけれど、何かに守られているような気分になる。


 ゆっくりと大木の方に近づいていくと、例によって樹液のところに虫が集まっていた。


 レアそうな虫はいないが、先ほど捕まえそこねた小さなクワガタとカナブンのような虫がいる。


「とりあえず捕まえておくか……」


 ボワン!



 図鑑No.56/251

 名前:コガタナクワガタ

 レア度:0

 捕獲スキル:???(条件:クワガタ種を3種捕獲)、攻撃+2(初回ボーナス)

 捕獲経験値:100

 ドロップアイテム:魔石(小)



 図鑑No.67/251

 名前:インディゴカナブン

 レア度:0

 捕獲スキル:防御+1(初回ボーナス)

 捕獲経験値:70

 ドロップアイテム:魔石(小)



「……よし」


 甲虫は、やはりバッタやトンボよりも経験値が高いようだ。


 レアな種類も他にいそうだし、今後は森を中心に回るか。


 ふたたび鳥居を抜けて、森の小道へと戻る。


 レア度0なだけあって、先ほどの小さいクワガタやカナブンは、ところどころの木々に止まっていた。


 もちろん、もれなく捕まえていく。


 森の小道をほぼ歩き終わり、木々の奥に、ダンジョン入り口近くの田園風景がふたたび見えるようになってきたころ。


 偶然にも、セミが木の低いところに止まっていた。


 ミーン、ミンミンミンミン……。


 確実に手が届く高さだ。


「……やるか」


 俺は、殺し屋のように静かにセミに近づき、素早く手を伸ばした。


 ボワン!


 セミは、先ほどのカナブンと同じくらいの魔石になった。


「よし!」


 腕はなまっていなかったぞ。


「ん……?」


 ――そのとき、頭の中に声が響いた。


『実績――《魔生物図鑑に10種類のデータを記録》を達成。特技・魔生物捕獲ネット(Lv1)が使用可能です』


 そして、図鑑と同じように、何もない空中から虫取りアミが現れ、俺の右手に収まった。


 魔素で構成されているからだろう、ネット部分は透きとおったむらさき色となっている。


「おお……」


 テンションが上がる。


 ――こうして新しい道具を手に入れた俺は、体力が尽きるまでダンジョン内を探索することになったのであった。


 探索者協会での換金が楽しみだ。



 ==================

【補足:そのほかの今日の戦果など】


 図鑑No.81/251

 名前:ミンミン魔ゼミ

 レア度:0

 捕獲スキル:睡眠技無効

 捕獲経験値:75

 ドロップアイテム:魔石(小)



 図鑑No.82/251

 名前:アブラ魔ゼミ

 レア度:0

 捕獲スキル:速さ+1(初回ボーナス)

 捕獲経験値:70

 ドロップアイテム:魔石(小)



 特技:魔生物捕獲ネット(Lv1)

 一振りにつき1MPを使用。魔生物の力次第ではネットが破れてしまう。ただし、ネットは魔素で構成されているため、自動復旧が可能。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る