第8話 さらに強くなる

 探索者協会での魔石換金後、俺は早々にプライベートダンジョンへと戻ってきた。


 今日の目標はふたつ。


 ひとつは、森エリアも含めたダンジョン内の地理を確認すること。


 もうひとつは、トンボとバッタ以外の虫、できればカブトムシなどを捕まえることだ。


 その他、少目標として、バッタをあと27匹捕まえて、「スキル『集団襲撃』の習得条件である捕獲数100匹を達成する」というのもあったが……これはあっという間にクリアできそうだ。


「これは楽勝だな」


 一晩明けたせいか、バッタの数が昨日の昼と同じくらいまで戻っていた。


 おそらく、一般的なダンジョンで言うところの再出現リポップがひととおり済んだのだろう。


 一歩歩くごとに3、4匹のバッタが飛ぶ。


 俺はレベルアップで上昇した速さを活かして、そいつらを片っ端から捕まえていった。


 ダンジョン探索開始から10分ほどが経過し、100匹目のバッタを捕まえた瞬間、ピコーン!という間抜けな電子音とともに、頭の中に声が響いた。


『条件――ダンジョンバッタ100匹の捕獲を達成。特技・集団襲撃を取得しました』


 そして、空中にメッセージウィンドウが開かれた。


『集団襲撃:無数のバッタにより対象を食い尽くす。威力1×100』


 おお、やった! 念願の攻撃スキルだ!


 絶対グロ注意の技だから、おタマちゃんの前では気軽には使えないし、下手に配信なんかした日にはアカウントを停止バンされたりするかもしれないけど、とりあえず嬉しい!


「さて、この調子でいくか!」


 俺は田んぼ道を歩いて、森の方へ向かった。


 とりあえずはダンジョン内を一周して、どんなふうになっているのか確認しよう。


 あたりを見回し、懐かしい気分に浸りながら進んでいく。


 一歩足を踏み出すたびにバッタが飛ぶので、もはや手クセで捕まえ、空中で魔石にしていった。



 ☆★☆



 ――森に足を踏み入れると、一気に涼しくなった。


 エアコンが効いた部屋と同じくらいの温度に感じる。


 ハンモックを持ち込んだら、気持ちよく過ごせそうだ。


 セミの声が若干騒がしいが、場所を選べばそれほどでもないし。


「……お金が貯まったらイーヨンで買おう」


 好き勝手過ごせるのはプライベートダンジョン所有者の特権である。


 そうして森の中に進んでいくと、さっそく虫が集まっている木を見つけた。


「おお!」


 黒いチョウや小さなクワガタ、カナブンなど。


 樹液に虫がむらがっているようだ。


 その中でも一番目を引いたのは、金色に輝く大きな甲虫こうちゅうである。


「なんだアレ……!?」


 体が金属できているかのような光沢。


 カブトムシのメスのような見た目だが、ふたまわりは大きく、なんならスマホ程度の大きさがある。


 ダンジョン外でも、似た生き物を見たことがない。


 明らかにレアだ。


 捕まえたら、どんなに大きな魔石になるんだろう。


 俺はそっと木に近づき、金色の甲虫にゆっくりと手を伸ばした。


 そして。


「せいっ!」


 ――俺の手は、金色の背中を掴むことができた。


「やった!」


 手で触っても、金色の甲虫はピクリとも動かなかった。


 見た目はレアそうだが、そこまで捕獲難易度は高くないのかもしれない。


「よし……」


 しばらくつかんでいたが、甲虫は魔石化しなかった。


 おそらくは木からはがさないと捕獲扱いにはならないのだろう。


 俺は手に力を込め、甲虫を木から引きはがそうとする。


 しかし……。


「……ん? んん!?」


 甲虫はすさまじい力で木にへばりついており、びくともしなかった。


「うわ、った……」


 鉤爪かぎつめをはがそうと上に持ち上げてみたり、手前に引いてみたりと色々したが、いっこうに動く気配がなかった。


「こいつ、木に固定されてるのか……?」


 最後には片足を木の幹に踏ん張り、全身全霊の力で虫を引きはがそうとしたが、それでも一切動かない。


「はぁ、はぁ……。マジかよ……」


 ……捕まえられる気がしない。


 レベルが足りないとかなんだろうか?


 しかし、どう見てもこの虫はレアものだ。


 今回の機会を逃しては、次にいつ見つけられるかわからない。


 諦めたくないな。


 持ち上げる角度を変える、おしりを押して移動をうながす、木を蹴っ飛ばす、もう一方の手で甲虫の足を一本ずつはがす……、試せることは試したが、いずれも効果はなかった。


「うーむ……」


 イーヨン冒険者セットの中にも役に立ちそうな道具はない。


 ……いよいよお手上げか。


 そのほか、できることと言えば……。


「ううむ……」


 100匹のバッタにより敵を食い尽くす、グロ注意の技しかない。


 だが、このレアそうな虫を攻撃してやっつけたところで、本当に魔石化するのだろうか?


 スキルで出てくる図鑑では、たしか「捕獲経験値」という項目があった。


 捕獲しないと、図鑑に実績として記録されず、魔石化すらしないのではないか?


「……悩むなぁ」


 さあ、どうする。


 諦めるか。

 いっそ攻撃してしまうか。


 どちらもしたくないが……。


「あ……」


 できるかどうかわからないが、ふと思いついた。


「絶対キモチわるいことになるが、我慢さえすれば、もしかしたら……」


 俺は、黄金に輝く甲虫を見つめ、覚悟を決める。


 よし。


 魔石や自分のレベルアップのためというものある。


 しかし、何より。


 ――めずらしい虫を捕まえて図鑑に記録してみたい。


 その欲求が勝った。


 さて、試してみるか。


 スキルの使い方はわからないが、たまにネットで見る探索者たちは、片手を前に出して魔法を使っていたように記憶している。


 俺は右手で金色の甲虫をつかんだまま、左手でスキルを発動させた。


「特技・集団襲撃を使用! 対象はだ!!」


 すると、俺の左手の前に、小さなダンジョンゲートのような円が現れ、その中から数え切れないほどのバッタが飛びたってくる。


「うげ……」


 バッタの集団は甲虫の周りの木の皮をガリガリと噛んでいく。


 金色の甲虫は、バッタを嫌ったのかのそりと動こうとしたが、俺は右手に力を込め、逃さないように押さえる。


「俺だってムズムズするのを我慢してるんだよ。お前も我慢しろ」


 バッタにかじられ、甲虫の周りの木の皮は少しずつはがれていく。


 やがて――。


 俺は、金色の甲虫を、つかまっていた木の皮ごと俺の前に引き寄せることができた。


 そして、ボワン!!という大きな音とともに、金色の甲虫はピンポン玉程度の魔石に変わった。


「よっしゃ!!」


 ついガッツポーズをしてしまう。


 いや、すごく気持ちいい! そして楽しい! マジで子どものころを思い出す!


 バッタのゾワゾワに耐えたかいがあったぜ!


 ボワン!


 俺の喜びを補強するように空中に魔生物図鑑が現れ、ペラペラと対象のページが開かれる。



 図鑑No.72/251

 名前:黄金オオコガネ

 レア度:★★★★

 捕獲スキル:攻撃力+10(初回ボーナス)、アイテムドロップ強化(パッシブ)

 捕獲経験値:1200

 ドロップアイテム:魔石(大)

 解説:ダンジョン内の森に生息するコガネムシ。めったに見つけることはできず、捕まえたものに幸運を授けるという。【童心】スキル所持者が木を強く揺らすなどにより捕獲可能(要:攻撃ステータス120以上)

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