第11話 幼なじみと水あそび②

「てりゃーっ!」


 おタマちゃんが蹴り上げると、川の水が俺の方まで飛んできた。


「冷たっ! てか、俺、水着とか持ってきてないんだけど!」


「あはは、昔はそんなの気にしなかったじゃん! いいからおいでー! ていっ!」


 バチャ!


 ふたたび飛沫しぶきが飛ばされ、太陽の光を浴びてキラキラと輝く。


 おタマちゃんのすらりと伸びた白い脚がまぶしい。


「まったく……」


 人をドギマギさせたかと思えば、今度は何もなかったのように遊び始めやがって……。


 まあ、いい。俺も気にせず遊んでやろう。


 さすがに昨日と同じパンツ姿になるのははばかられたので、ズボンをはいたまま裸足はだしになることにした。


 その代わり、上半身は裸になって川に入っていく。


「こら、俺に水かけただろ! それっ!」


「きゃっ! 冷たいよー! えーいっ!」


 ばしゃっ!!


「ぶ、ぶわっ! なんでそんなに水が飛ばせるんだよ」


「探索者の脚力を舐めないでよね! 駆け出しのこーちゃんくん!」


「俺だって最近レベル上がったんだからな。そりゃ!」


「きゃっ! なかなかやるね! じゃあ、これならどうだ……って、わ、わ!」


 ザブン!!


 おタマちゃんはバランスを崩して、水の中に尻もちをついた。


「う〜、力を入れすぎた〜……」


 白いTシャツは水でびちゃびちゃになり、その下から花柄の青い水着が透けて見える。


「大丈夫か?」


 透けた胸元に視線がいかないようにこらえながら、おタマちゃんに手を差し伸べる。


「あ、ありがと……」


 ぎゅっと手をつかんで、起こしてあげる。


 起き上がったおタマちゃんの頭は、ちょうど俺の胸の位置に来た。


「……え、えへへ。頼れる男になったものだね」


「ま、まあな……」


 至近距離で俺を見上げる顔に、ついドキリとしてしまう。


 こんな可愛かったか、こいつ……。


「……さーてと」


 おタマちゃんはザブザブと音を立てて後ろに下がった。


「まだまだ遊ばなくちゃ……え?」


 すると、急におタマちゃんは黙り込み、空を見上げる。


「ん? どうしたんだ?」


「え、え……!?」


「だから、どうしたんだって」


「え、えっとね……」


 そう言うと、おタマちゃんは手を鉄砲の形にして、森の方を指差した。


「森に何かいたのか……」


「【水使い】スキル発動――水鉄砲!」


 その瞬間、おタマちゃんの指先からレーザービームのように水が放たれた。


「なっ……!?」


 水は木の皮を削り取り、横に細く傷をつける。


「そ、そんなことできたのか?」


「あ……」


 すると、おタマちゃんは自分でもびっくりしたような顔をして、


「うわーいっ! 何コレ!? 最高!!」


 俺の両手をつかんだ。


「お、おい……」


「こーちゃん、ありがとう! なんかね、《ダンジョン内でびしょ濡れになる》を達成したとかなんかで、【水使い】スキルを覚えたみたいなの!!」


「は……?」


 そんなこともあるのか。


「戦術の幅が広がる! やった、うれしーっ!」


 そう言って、おタマちゃんは俺に抱きついてきた。


 むぎゅ!


「ちょ、ちょっと……」


 濡れたTシャツごしに柔らかい感触がするが、気にしないように……。


「秘密基地はサイコーだねっ!」


 むぎゅむぎゅ。


 気にしないように……できるわけないだろ!


「ちょ、ちょっと落ち着け」


「えー、なんでー? せっかくいいことがあったのにー」


「いいから離れろ!」


 これ以上くっつかれたら、理性がなくなる。


 俺はおタマちゃんの肩をつかんで、引きはがした。


「もっとよろこびを分かち合ってくれてもよいのに……しょうがないなぁ」


 おタマちゃんは素直に離れてくれた。


「まったく……」


 わざとなのか、テンションが上がって考えなしになっただけなのか。


 ……たぶん後者なんだろうな。


「さーて、試してみよ……うわーい! いろいろできるー!」


 おタマちゃんは水のヴェールをつくったり、水球を浮かせたりと、言葉どおり水で遊んでいる。


 実に楽しそうなことだ。


「ん……?」


 キラ……。


 そのとき、少し離れた水の中で、何かが銀色に輝いたようだった。


 目を凝らして、よく見ると。


「魚だ……!」


 石の影に、20センチメートルほどの魚が泳いでいた。


 なんとなくイワナに似た雰囲気だ。


「おタマちゃん、ちょっとあそこを見てくれ」


「何なにー? あ! 魚がいるね」


「さっきのスキルでこっちに追い込めるか? 捕まえたい」


「やってみるね。てか、こーちゃん、手で捕まえるの? アミなくて大丈夫?」


「ああ、まだ感覚は覚えてる」


「よーし、いくよー!」


 おタマちゃんは、【水使い】スキルで魚の後ろに水の土手をつくり、徐々に俺がいるほうへ追い込んでくれた。


 さっき覚えたばかりのスキルのはずなのに、やたらとコントロールがうまいな。


 俺は手を水に浸したまま、おタマちゃんを信じて待ち続けた。


 やがて。


「こーちゃん、頼んだよっ!」


 魚は俺の近くの岩陰に逃げ込んでいった。


「よし」


 俺はゆっくり静かに岩に近づき、後ろから魚に手を伸ばした。


 そして。


 バチャバチャ!


 俺は魚をつかみ、空中に持ち上げた。


「獲ったぞー!」


 そして、子どもの頃と同じように喜びの声を上げた。


「おお、上手だね! こーちゃん!」


「まだまだいけるな」


 みんなで遊んだ昔を思い出す。


 ボワン!


 捕まえた魚は、大きめの飴玉ほどの魔石に変わった。


「おおー、こうやって魔石をゲットできるんだね」


 続いて、俺の目の前に魔生物図鑑が現れる。



 図鑑No.138/251

 名前:イワカゲウオ

 レア度:★

 捕獲スキル:水耐性(小)

 捕獲経験値:250

 ドロップアイテム:魔石(中)

 解説:ダンジョン内の、一定以上の水位がある綺麗な川にのみ生息する魚。生息条件を満たす地形はほとんどない。



「おお!」


 レア度星1の生き物だ。


「え、何なにー、見せてよー!」


 横からおタマちゃんがのぞき込んでくる。


「捕まえた生き物のデータが見られるんだ」


「ふぅん、どれどれ……。え!? お魚1匹で経験値250ももらえるの!? てか、捕獲スキルって何!?」


「いや、俺もよく知らないんだが、たぶんなんかの役に立つやつだよ」


「ちょ、ちょっとステータス見せてよ! お願い!」


 おタマちゃんは俺の手をにぎってブンブンとふった。


「見せてくれないと泣いちゃうよ! ね、ね!」


「わかった! わかったから、騒ぐな」


 ……まったく。探索者講習のときには、興味本位でひとのステータスを聞くのはエチケット違反とか言っていたくせにな。


 ま、ダンジョンに詳しい人に見てもらうのは悪いことじゃないから、俺はぜんぜんいいんだけど。


 俺は空中にステータスを表示させる。


「ほら、出したぞ」


「えへへ、拝見いたしますね」



 名前:夏目光一

 レベル:16

 経験値:358/812

 HP:110

 MP:67

 攻撃:58(うちボーナス+13)

 防御:46( 〃 +2)

 速さ:92( 〃 +1)

 賢さ:40

 スキル:【童心】、【ドロップアイテム強化】、【水耐性(小)】、【睡眠技無効】

 特技:魔生物図鑑、集団襲撃、魔生物捕獲ネット(Lv1)



「ちょ、ちょっと待って! なんでレベルがこの前から10も上がってるの!?」


「なんでって言われても……。そういえば、昨日レアな虫を捕まえてさ、そいつの経験値が1200だったっけな。ほら、こいつ」


 そう言って、俺は魔生物図鑑をぺらぺらめくり、「黄金オオコガネ」のページを開いた。


「かっこいいだろ? 現物は魔石になっちゃったけど……」


 すると、おタマちゃんは図鑑のページをじっと眺めながら言った。


「経験値1200は深層にいるモンスター……レッドサイクロプスとかと同じくらいだよ……。それに初めて見るスキルまで……」


「そんなにすごいのか?」


 サイクロプスと言えば、ひとつ目の巨人だったか。


 確かに、今の俺に倒せる気はしない。


「うー、ずるい! ずるい! あたしはレベル21だから、このままじゃ追いつかれちゃう!! 探索者として3年も頑張ってきたのに! うわーん!!」


 そう言って、おタマちゃんは俺をぽかぽか叩いてくる。


「お、おい、やめてくれよ」


 俺は悪いことはしていないのに。


「うう……」


 おタマちゃんはしばらくうつむいたあと、俺を見上げる。


「よーし! あたし、決めた!! このダンジョンに入りびたる!! こーちゃん、いいでしょ!?」


 おタマちゃんは両手を合わせて俺に頼みこんだ。


「お願い!! なんでもするから!!」


 ……まったく、こいつは。


 大げさすぎるっての。


 考えるまでもない。


「――いいに決まってるだろ。ここはみんなの秘密基地なんだからな」


 俺は当たり前の答えを言った。


 すると、おタマちゃんは。


「あ……、ありがとっ!!」


 ふたたび俺に抱きついてきた。


「お、おい!」


「こーちゃんのそういうとこ、好きだよっ!! 大好きっ!!」


「そんなこと言うと、勘違いするっての……」


 ――そうして俺たちは、外が暗くなるまで、ダンジョン内で水遊びをしたり、探検をしたり、ゆっくりしたりしたのであった。



 ==================

【補足:そのほかの今日の戦果など】


 図鑑No.116/251

 名前:ニンジャアメンボ

 レア度:0

 捕獲スキル:水上歩行

 捕獲経験値:5

 ドロップアイテム:魔石(小)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る