夕ご飯を一緒に食べます

 ただいま、と家の扉を開けると、じいやがひょっこり顔を出した。そして背後のゴルトベルクさんたちにも軽く会釈する。


「ゴルトベルクさんたちも、うちでご飯を食べたいのですって」


 私がそう言って靴を脱ぐと、じいやはすぐさま台所へと飛んでいった。私は二人をあげて、居間へと通す。

 こちらは客間より少し質素な佇まいの、日常の部屋だ。


『こちらに座ってお待ちください』


 私がそう言ってお茶を汲みに出ると、台所では中村さんが野菜を切っているところだった。


「おかえりなさいませ、お嬢様。じいやから聞きましたよ」

「急にごめんなさいね」

「いえいえ! 三人分作るのも五人分作るのも、大した違いじゃございません。むしろ賑やかでいいですわねぇ」


 中村さんの笑顔が頼もしい。じいやはといえば、お湯を沸かしているところだった。


「私がお茶を出すから、じいやはゆっくりしておいて」


 そう声をかけると、頑としてじいやは首を横に振る。


「お嬢様に、そのような雑用はさせられませぬ」


 台所から追い出されてしまった私は、とぼとぼと居間へと戻った。

 二人は部屋の中で大人しく、何か話し込んでいるようだった。


『だから俺は――が――を偽り、彼女は――』

『それはあなたが――』


 私が引き戸を開けると、彼らはそろって私を見上げる。一瞬の沈黙の後、私はすっと正座をした。


『ただいま夕食を準備しております。もうしばらくでお茶をお出ししますので、少々お待ちください』


 何を話していたのかしら。私がそわそわしていると、二人は何もなかったかのように居住まいを直す。

 エーベルさんは『急な来訪ですみません』とぺこりと頭をさげた。私も反射的に会釈を返す。


『いえ。食事を作る者も、にぎやかでいいと申していました』


 ゴルトベルクさんは、部屋をぐるりと見まわしていた。机をさすり、畳の目に爪を立て、まるで謎を解き明かすようにしている。


『ここがお前の家なんだよな。あの使用人たちと暮らしているのか』

『はい』


 頷く。ゴルトベルクさんは、ふん、と鼻を鳴らして脚を崩した。身体が大きい分脚も長くて、床に座るのがしんどそうだ。


『一人暮らしなものかと』

『彼らのおかげで暮らせています』


 にこり、と微笑んでみせれば、ゴルトベルクさんがじっと私を見た。不思議と視線を逸らせず、私たちは見つめ合う。


「お茶が入りましたぞ」


 そのとき、じいやが引き戸を開けて入ってきた。私は飛び上がるように立ち上がり、お盆を受け取ってお茶を置く。

 私ったら、何をしているんだろう。


「もう少しでご飯が炊けます。おかずはもう出来上がっておりますから、もうしばらくお待ちください」


 じいやはそう言って去っていった。助かった、と思う。あのままだったら、あの青い瞳に魅入られていたかもしれない。


『もうしばらくでご飯が炊けるそうです……』


 私がもごもごとと言うと、エーベルさんが気を遣ったのか『楽しみです』と言ってくれた。


『どんなメニューなんですか?』

『野菜を醤油などの調味料で、甘辛く煮たものです』

『甘い……』


 ゴルトベルクさんがぼそりと呟いた。エーベルさんが『こら』と小声で肘でつつく。私が苦笑いしているうちに、お盆を持った中村さんが入ってくる。とん、とん、とん、とおかずが机に並べられていった。

 ほうれん草のお浸しに、里芋の煮っころがし、豆腐のお味噌汁。


『草』

『こらっ』


 ゴルトベルクさんをたしなめるエーベルさん。私はそれとなく立ち上がって、台所からソースを持ってきた。


『どうぞ』

「お嬢様ッ!」


 中村さんの瞳が鋭く光る。


「そのような下品なお召し上がり方はなりません! この中村アサ、お嬢様のごとき優美なお方に、そのような物をお出しするなど……!」

「いいじゃない、それより楽しく食べることが大事よ」


 私と中村さんがやんやと言い争っている間に、じいやは粛々とご飯をよそう。ゴルトベルクさんはその隙にソースを大量にご飯にかけ、中村さんが悲鳴を上げた。


 こうして、私たちの夜は更けていく。

 結論から言えば、ゴルトベルクさんは他のおかずに一口は箸をつけてくれた。

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