商店街でお買い物をします
商店街に向かうと、ちょうど夕飯の買い出しに来た人々でだんだんとにぎわってきていた。
私が買い物かごを持って歩いていると、ゴルトベルクさんがかごを引っ張る。
『俺が持つ』
そう言って、強引に奪ってしまった。まあいいや、と彼の好きなようにさせる。この際、誰が荷物を持つかは重要じゃない。
いつもは気さくに声を掛けてくれるお店の人たちは、今日ばかりは遠巻きに私たちを見ていた。やっぱり、ゴルトベルクさんたちは目立つ。
私は八百屋の前で立ち止まり、財布を開いた。彼らの前に紙幣を出して、軽く振る。
『これでどれくらいのものが買えると思いますか?」
ゴルトベルクさんはしばらく悩んで、すっと野菜を指さした。
『ほうれん草が三株くらいか?』
『じゃあ、実際に買ってみましょう』
私は八百屋のおじさんを呼び、ほうれん草を指さす。
「すみません。これを三株と、里芋五個くらい、にんじんを二本ください」
お店の奥に控えていたおじさんは一瞬外国人二人に目をやったけど、気のいい返事をしてくれた。私もお金を用意して払う。先ほど出した紙幣を渡すと、じゃらじゃらと硬貨がおつりで返ってきた。
私はお財布におつりを入れず、ゴルトベルクさんに見せた。おじさんに野菜をかごへ入れてもらっている間に、硬貨を数えてやる。
『ほうれん草を三株だけではなく、これだけ買ってもたくさんおつりが返ってきます』
ゴルトベルクさんは大人しくかごを受け取って、ふむ、と虚空を見つめた。
『なるほど』
『で、今朝あなたが僕に渡してくれたこちらのチップ』
私はちらりと紙幣を見せる。彼はああそういえば、と言わんばかりに頷いた。
『肉屋に寄ってみましょう。今日は買いませんが、どれだけ買えるかみていただきたい』
すぐそこに、ちょうど豚と鶏と牛を扱う肉屋があった。この国の食肉文化はまだまだ未発達で、お肉は高級品。だけどこうして商店街にお店を構えているのを見ると、だんだん広まってきたものだと思う。もしくは単純に、ここが都会だからかもしれない。
お店に顔を出すと、店番のおばさんがぽかんと外国人ふたりを見上げている。
それを気にもかけずに、ゴルトベルクさんはショーケースをまじまじと見つめる。値札に書かれた価格を見ては、『高いな』と呟いた。
『野菜に対して、肉の値段が高いんじゃないか。特に牛肉が高い』
『気づかれましたか?』
私はそう言って、牛肉を指さした。
『あなたの母国では広大な土地が多く、牛や馬の放牧が盛んですよね。だから牛肉が比較的に安く手に入るとうかがっています』
『こちらではそれができないから、牛肉が高いのか? 豚や鶏の方が比較的安いのは、飼育のために広い土地を必要としないから』
分かっているじゃないですか。私はきゅうと目を細め、頷く。財布の紐を緩めて、おばさんに向かって声を張った。
「すみません、コロッケ三つください」
さっきのおつりで、コロッケを三個買う。それをゴルトベルクさんとエーベルさんに渡した。
『おいしいですよ』
私がかぶりつくと、ゴルトベルクさんもかぶりついた。からっと揚がった衣を食み、中に詰まったほくほくの芋を味わう。ほのかに甘い具の中には、申し訳程度の挽肉が入っている。
『これはさっきのおつりで買いました』
ふむ、とゴルトベルクさんは頷いた。エーベルさんは猫舌なのか、食べるのに苦労しているようだ。
エーベルさんが食べ終わるのを待つ短い間、ゴルトベルクさんと私はぼんやり商店街を眺めていた。雑踏の立てる音――足音や話し声――、それに周りの景色や、道行く人々の服装を見て聞いて。ここは故郷ではないと私は思ったし、きっとゴルトベルクさんもそう思っている。彼はコートのポケットに手を突っ込んで、小さく呟いた。
『遠くまで来てしまった』
その言葉にすこし、私は寂しさを煽られた。エーベルさんが最後の一口を頬張ったところで、ゴルトベルクさんがポケットから手を出す。
『次はどこに行くんだ?』
『魚屋へ』
こうして、私たちは商店街を見て回った。ゴルトベルクさんの金銭感覚もだんだん調整されてきて、ここでの買い物の尺度が分かってきたようだ。
ためしに今朝のチップの値段で、どれくらいどの肉が買えるか尋ねたら、こう返ってきた。
『わずかな量しか買えない。具体的には、腹いっぱいになるほどは無理だ』
飲み込みがはやくて、何より。私が頷くと、ゴルトベルクさんはじっと私の顔を見つめた。
『な、なんですか?』
『いや』
ゴルトベルクさんは曖昧に濁して、そのままそっぽを向いた。
『帰るぞ。あのメイド……? に調理してもらうのだろう。あまり遅くなると悪い』
『ちょっと、待ってください。うちで夕食を食べるんですか?』
私が慌てると、ゴルトベルクさんは当然のように言った。
『そういう話ではなかったのか?』
『そういう話のつもりでは、なかったです。どうしてそう思ったんですか?』
んー、とゴルトベルクさんはかごを肘の方へ引っ掛けて腕を組んだ。この様子だと、本人もよく分かっていないらしい。じっとりと彼を見上げると、あっと彼が声を上げた。
『分かった。俺が、お前と一緒にいたいんだ』
「ええ!?」
私が思わずすっとんきょうな声をあげると、彼は納得したように頷く。隣のエーベルさんも目を丸くして、私たちを交互に見ていた。
『せっかくお前に教えてもらったことがたくさんあるんだ。今日一日、もう少し付き合ってくれ』
『い、いいですけど』
なんだか、ゴルトベルクさんに、負けた気がする。私はおされるがままに頷いて、家路についた。
エーベルさんといえばゴルトベルクさんにつきっきりになって、何かを説教していた。それにゴルトベルクさんは面倒くさそうに何事かを言っていて、内容は気になったのだけど聞き取れない。
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