8/31【土】曇りのち晴れ―23日目―
部屋の端の影の中から、人のような何かが立ち上がる。
体中に植物のつたが巻かれたその人は、口の中に2輪の黒い花を咲かせていた。
この人が水谷さんのお母さん……。
目が虚ろで焦点があっていない。
「アタシハ・・シアワセナノ・・ダレヨリモ・・」
ブツブツと呟き、顔の表情はなんか気持ちの悪い笑顔を浮かべていた。
あまりの恐ろしさに立ち尽くしていると、
「ウガァ!」
と雄たけびを上げながらボクのほうに水谷さんのお母さんが突っ込んできた。
ボクを突き飛ばし、後ろのカーテンを乱暴に閉める。
このままではマズいとボクは一旦その場を抜けようとした。
寝室の扉を開いた瞬間、後ろから蹴り飛ばされキッチンのほうへ勢いよく転がる。
「……いたた」
台所のシンクの縁に手をかけボクは無理矢理体を起こす。
水谷さんのお母さんはゆっくりとボクのほうへ近づいてきた。
「手段を選んでいられないな……」
ボクはコンロの火を点け、近くにあった布巾をあぶり火をつけた。
燃える布巾を手に持ち、ぶんぶんと振り回す。
すると水谷のお母さんは警戒したのか、少し後ろに下がった。
さっきのカーテンといい、もしかして光とかに弱いのか?
このまま距離を取って隙を見て外で助けを求めよう。
そう考えをまとめていたとき、
「うぅ……」
と水谷さんのうめき声が玄関から聞こえてくる。
水谷さんのお母さんはその声に反応し、ボクに背中を向け声のする方へ方向を変えた。
まずい、どうにかしないと。
火事にならないよう燃え尽きそうな布巾をシンクに投げ込み、近くにあった段ボール箱を水谷さんのお母さんに投げつけた。
だけどなんも反応せず水谷さんに近づいていく。
あと数cmというところで、
「止まれぇーーー‼」
と無駄な抵抗とはわかっていたけどボクは大声で叫んだ。
すると水谷さんのお母さんの動きが動画で一時停止したみたいにピタッと止まった。
え⁉どういうことだと困惑していると、ボクがちょっと前にした“お願い”のことを思い出した。
―『時間停止』。
時を止める能力をお願いしたとき、ボクは部屋にあった時計の針を止めた。
あのときボクは、時間を止める=時計を止める能力を与えられたと思い込んでいたけど違ったようだ。
特定の対象の時間を止める能力―
つまり今ボクは、水谷さんのお母さんの時間を止めているということだ。
なんにせよチャンスだ。
ボクは急いで倒れている水谷さんに駆け寄り、どうにかおんぶして外に出ようとした。
あと1歩で出られるというところで後ろからすごい力で引っ張られた。
後ろを振り向くと、そこには動き出した水谷さんのお母さんが水谷さんの服を掴んでいた。
ずっと止められるわけじゃないのか……。
じりじりと後ろに引っ張られこのままだと部屋の中に戻されてしまう。
玄関で立ち往生してしまったボクは最後の抵抗を試みる。
「止まれぇ―――‼」
再びボクは水谷さんのお母さんの動きを止める。
そしてボクは捕まった状態で全力で前方向に体重をかける。
つま先立ちになり、体は前のほうへ斜めになった。
「動けぇ―――‼」
能力の解除の言葉を叫ぶと、ボクと水谷さん、それと掴んでいた水谷さんのお母さんは前方向へバランスを崩し、玄関の扉から外に勢いよく飛び出した。
3人とも地面に転がり、ボクは急いで起き上がる。
水谷さんの元へ行き、また背負おうとしたとき、ボクの目の前で水谷さんのお母さんが全身から白い煙を吐き出しながらゆっくり立ち上がってきた。
「ヴゥ……ヴ……」
苦しそうな声が聞こえる。
やっぱり光に弱いみたいだ。
チャンスと思いボクは、水谷さんの腕を自分の肩に回し移動しようとした。
だけど膝がガクンと下がり、ボクと水谷さんは地面にお腹から倒れ込んだ。
足に力が入らない……。
上を見上げると水谷さんのお母さんがボクたち二人を見下ろしていた。
どうにかしなきゃと頭をフル回転したけどまったく何も思いつかない。
もうダメだ……そう思ったそのとき―
ゴン‼
大きく鈍い音が聞こえ、今まさに襲いかかろうとしてきた水谷さんのお母さんは地面に崩れ落ちた。
「ちょっとあなた達大丈夫⁉」
手に金属バットを持った小太りのおばあちゃんが、地面に倒れているボク達の顔を覗き込んできた。
「はい、なんとか……」
弱弱しく答え、やっと助かったんだなと安心したボクは、うつぶせになった体を仰向けにし、青く晴れた空を見上げた。
遠くからはセミの鳴き声とサイレンの音が聞こえ、そういえば夏休みももう終わりだなぁと考えながらボクは静かに瞼を閉じた――
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