8/29【木】曇り時々雨―21日目―
若木くんと別れてから私はまっすぐ家に帰った。
もらったタネをどこに植えようか考えたとき、アパートの1角に花壇があるのを思い出す。
同じアパートに住む大家さんに、花壇の余っているスペースを使っていいか聞くと、快く許可をくれた。
早速私は花壇の端の土にタネをズブッと埋め込んだ。
そして水の準備をしようと部屋に行こうとしたとき、後ろから肩を掴まれた。
心臓がキュっと止まりそうになりながら振り向くと、そこには動きがヨロヨロしてるお母さんの姿があった。
「あれぇ〜?咲なにしてんのぉ〜?」
またお昼からお酒を飲んできたみたいだ。
最近は仕事をしないで、男の人と遊びまわっている。
「ちょっとお花育てようと思って今から水をあげるところ」
「えぇ〜アタシも水ほし〜。咲〜ちょ〜だ〜い……」
お母さんは地面に座り込み、子供のように駄々をこね始めた。
「……ちょっと待ってて」
呆れながら私は部屋のキッチンで水を汲み、コップをお母さんに手渡した。
「んまぁ〜、ありがと〜。あぁ〜お金もお水みたいに湧いてきたらいいのにな〜。お金いっぱいほち〜……んご!ぶっほぉ!!」
喉に詰まったのかお母さんは、口に含んだお水を盛大に吹き出した。
「お母さん大丈夫⁉」
私はお母さんの背中をさすりながら、顔を覗き込む。
するとお母さんの顔はみるみる真っ青になっていった。
「ゔ……吐きそう……」
「ちょっ⁉早くトイレ行こ!」
私はお母さんに肩を貸し、急いで部屋に戻った。
そのあともお母さんの介抱に時間を取られ、お母さんがようやく寝たあと私もすぐ布団にもぐりこんだ。
* * *
朝になって、昨日植えたタネのことを思い出す。
そういえばまだお水をやっていなかったので、水の入ったマグカップ片手に花壇に向かった。
するとそこには赤黒い、手のような奇妙な花が咲いていた。
もう花になっていることに驚き、手にしていたマグカップを落としそうになる。
そもそも水はあげてないのになぜ?
……まさか昨日お母さんが吐き出した水がかかってたの?
戸惑っていると、後ろからドアの開く音がした。
慌てた様子のお母さんが「今日朝から仕事だったの忘れてた……行ってくるね」と私に声をかけ、足早にアパートから出ていった。
ポツンと1人残された私は、花の件は一旦置いておいて朝ごはんを食べることにした。
―――――
―――
―
お母さんが出かけて、30分たったくらいに玄関のドアが開いた。
ドアの隙間から見えたのはふらついたお母さんだった。
服が汚れた状態で髪も乱れていた。
糸が切れたように玄関に座り込むお母さんに私は駆け寄った。
「どうしたの⁉」
「いや〜ちょっと車に轢かれちゃってさぁ」
「え⁉」
思わず自分の耳を疑った。
混乱していると、「大丈夫大丈夫。軽くぶつかっただけだから」とヘラヘラしながらお母さんが口を開いた。
「病院行かないと!あと警察に連絡しないと!」
お母さんの様子にイライラしながら、私は怒り半ばにお母さんに言葉をぶつける。
「じゃ〜ん」
お母さんはポケットからたくさんのお札を取り出した。
「なにこのお金?」
「アタシを轢いた人がさぁ、なんか芸能人の人だったのね。このことは内緒にして欲しいって言われちゃっていっぱいお金貰っちゃったぁ♪ラッキー!!」
……馬鹿な人だとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。
私が呆れていると、「とりあえず今日は仕事休むからよろしく〜」といつも通りの調子でお母さんは床に寝っ転がった。
「ていうか病院くらいちゃんと行ってよ……」
「はいはい」
私の心配も軽く受け流され、とりあえず救急箱を取りに行こうとしたとき、あることを思い出す。
これってまさか……
私は急いで部屋を出て、花壇を確認しに行った。
そこで見たのは、すでに枯れ果てた花の姿だった。
さっきまで咲いていたのに……。
若木くんに教えられた情報通りだった。
……願いが叶ったんだ。
でもあのケガが願いの代償だとしたら、途端にあのタネのことが怖くなった。
若木くんに返したほうがいいかもしれない。
部屋に戻ろうとしたとき、「咲ちゃんこんにちわ」と大家さんに話しかけられる。
いつもニコニコしてる優しそうなおばあちゃんで、私もお母さんもよくお世話になっている。
「大家さん、こんにちわ」と私は挨拶を返した。
「ちょっと聞いてくれる?実はね……」
とても良い人なのだけど、おしゃべり好きで話が長いのが玉にキズだ。
〜15分後
「あっ!そろそろ買い物行かないと。ごめんなさいね、引き止めちゃって」
「いいえ、行ってらっしゃい」
大家さんを見送り、フゥと息を吐く。
背伸びをしながら、やれやれといった感じで私は部屋に戻った。
ただいまーと玄関のドアを開けると、お母さんが床に座りながら手にタネを持って眺めていた。
「なんでそれを持ってるの⁉」
「あんたいつも大事なもの枕下に置いておくよね」
「返して!!」
私が食ってかかると、「や〜よ、これ願いが叶うんでしょ?」と冷ややかな目で見てきた。
「⁉……なんでそのことを?」
「あんたの日記床に落ちてたから、拾おうと思ったら偶然中身見えちゃってさ。アタシがお金ゲットできたのもこれのおかげってわけね。」
「だけどそれは悪い心で育てると代償払わなきゃいけないんだよ?」
「この程度なら平気でしょ。ていうかこのタネもっとないの?日記に書かれてた若木くん?に貰ってきてよ」
「知らないよ!それより返して!!」
私は取り返そうとお母さんの体に掴みかかる。
「ったく!うるさいわね!!」
お母さんは体から私を無理矢理引き剥がし、床に叩きつけた。
「うぅ……かえ……し……」
頭も床にぶつかり、意識があいまいになる。
「とりあえず若木くんにタネを全部持って来てもらいましょ、このタネにお願いしてね」
必死に手を伸ばして止めようとするもお母さんは私に背を向けて、部屋から出ていった。
ドアのバタンと閉まる音を最後に、私の意識は途切れた。
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