3・極秘の作戦

 幸いばあさまの怪我は軽かった。傷は浅く、臓器に損傷はなく、血は派手に出たがローザリンデが押さえてくれたおかげで大事にはいたらなかったらしい。


 さすがの親父も、ローザリンデとヒュブナー家に丁重に礼をした。だがそれで終わり。両家が和解する胸熱な展開になったり、せっかくだからお互いの子供を結婚させようなんて話が出ることはなかった。


 ならば俺はどうするか。

 一度隠した恋情がローザリンデによって爆発した以上、俺はもう逃げはしない。どんな手を使ってでも彼女を手に入れる。そこに愛があろうとなかろうと構わない。俺のものにしてから、ゆっくり惚れさせればいい。

 ヒュブナー直系のくせに、ひとがいいローザリンデは単純だ。俺が全身全霊で愛しまくれば、簡単にほだされるだろう。


 問題は彼女を得る手段だ。正攻法はうまくいかないとわかりきっている。ならば俺が使える手は王命だ。三歳年上の国王レイルズは、カーマンとヒュブナーの対立を解消したいと考えている。そして対立することに心血を注ぐ両家に唯一、意見を言えるのは国王だ。当主たちも先代に頼まれたこともあって、若い国王にきちんと従っている。


 だがレイルズに普通に頼んでも、無理だろう。あいつもあいつの妃ヨゼフィーネも、ローザリンデほどじゃないが生真面目だ。俺と彼女に婚約者がいる限り、簡単には協力してくれない。ならば――



 ◇◇



「挙式まであと三ヶ月だな」と婚約者のユリアーネに水を向ける。

 カーマン派閥の伯爵令嬢である彼女とは古い付き合いで、親しい仲ではある。だが、どんなにがんばってもそれ以上の感情を持つことはできなかった。全部、ローザリンデが悪い。


「そうですね」と控えめに微笑むユリアーネ。

 彼女には恐らく、好きな男がいる。でなければ、カーマン、ヒュブナー合わせた全令嬢の中で人気ナンバーワンの俺と結婚できるというのに、こんなに他人行儀のはずがない。


 それに日に日に笑顔に翳りが出ている。

 最初のターゲットは彼女だ。

 うまいこと、室内でふたりきりの状況を作りだした。


 俺は憂い顔を浮かべる。

「ユリアーネ。俺の勘違いだったら、笑って聞き流してくれ。お前、結婚が嫌だろう」

 彼女の顔が強張る。

 当たりだ。

 そんなことは、と震えながら目を伏せる彼女を見ながら、ほくそ笑む。


「怒っているわけじゃない。もしかしたら好きな男がいるのではないかと思ったんだが」

 彼女の震えがますます激しくなる。


「俺もだ」

 ユリアーネが恐る恐る目を上げた。

「ディートリヒ様も想う方が……?」

「ああ」


 かかった。あとは相手が誰なのかを聞き出すだけだ。それが終わったら、次はグスタフだ。あいつは面倒だから都から追放にしてもいい。

 そもそもローザリンデの婚約者だなんて立場を得ているだけで、俺からすれば一級犯罪者だ。


 幸いローザリンデはあいつに恋情を抱いていない。仲の良い友人といったところだ。ほかに好きな男がいることもない。生真面目で、かつ、抜けている彼女は婚約者以外を愛したりはしないのだ。ライバルがいないのは、おおいに助かる。

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