5・一夜明けて
「無事に済んでよかったわ」と大奥様がニコニコしている。
彼女とふたりで遅い朝食をとっている。ディートリヒは王宮に出仕したらしい。私は――盛大に寝坊してしまった。
私は悪くないわ。ディートリヒがいけないのよ。強力な惚れ薬をのむから。でもそれを渡したのは国王レイルズだから、一番悪いのは彼ね。
「カーマン家に嫁がされてツラいでしょうけどね」と大奥様。「ローザリンデは命の恩人ですもの。この家の中では私があなたを守るわ。もしディーが無体を働いたら、すぐに言いなさいね。可愛い孫とはいえ、ビシリと叱るわ」
「……ありがとうございます」
それならば今すぐに叱ってほしい!
私は全然無事ではないわ、メンタルもフィジカルも。
とは言えないから、愛想笑いをするしかないわね。
「でもねえ」大奥様は頬に手を当てて首をかしげた。「心配はないかもしれないわ。あの子ったら、あなたに夢中みたいだもの」
まだ惚れ薬の効果が切れていないのね。
「それがディートリヒさん、陛下に惚れ薬をのまされたんです」
大奥様が目をパチクリする。
「初夜を乗り切るために、強制的に私を、その――」一晩中、耳もとで繰り返された言葉を思い出して顔が熱くなる。「――私に好意を持つようにしたみたいなんです。あとで陛下に抗議します」
「そんな魔法のように便利な品があるの?」
「はい。世間で話題になっています」
「そうなの? 知らないわ。でもプライドの高いディーがそんなものを使うかしら」
大奥様が控えているメイドたちに『でしょう?』と声をかけると、全員がうなずいた。
『想うひとがいるから必要だったのでしょう』という言葉が頭に浮かんだけれど飲み込み、
「陛下の命令だからではないでしょうか」
と無難に答える。
好きな女性がいるのに、惚れ薬の力で私にその言葉を言うしかなかったディートリヒの心中を考えると、気の毒になる。それに――。
まがい物の愛を囁かれ続けた私も、道化のようよね。
◇◇
王宮へ行くと、すぐにレイルズの元に通された。国王はちょうど休憩中だったみたい。
開いた扉の正面に執務机に向かう彼がいたので、真っ直ぐに向かう。
「やあ、ローザリンデ。結婚おめでとう」
一点の曇りもない、満面の笑みのレイルズ。
「ありがとう、レイルズ。だけどまったくおめでたくないわ」机に両手をつく。「ヒュブナーとカーマンの対立があなたを困らせているのは、申し訳ないと思う。無理やり結婚を決めたのも、許せないけど理解はする」
「それは助かるよ」とにこにこ顔のレイルズ。
「でもそのために親友に惚れ薬をのませてまで初夜をさせるのは、ひどすぎるわ」
「そうかもしれないね。惚れ薬ならば」
レイルズが引き出しを開けて小瓶を取り出し、私に差し出した。
「昨日、ディートリヒに渡したものだ。かいでみて」
受け取ると、中で液体がちゃぷりとした。コルクを抜く。ふわりと甘ったるい匂いが漂ってくる。
「この香り――」
「オイルだよ。寝室に薫っていただろう?」
そのとおりだった。
「焚きしめるタイプの惚れ薬なの? 私は影響されなかったけど」
ふはっとレイルズが吹き出す。
「ほらな、アホだろ?」
背後からディートリヒの声がした。振り返ると彼がいた。腕を組み、壁にもたれかかっている。とんでもなくサマになっていてカッコいい。
心拍数が上がり顔が熱くなる。
冷静になるのよ、ローザリンデ!
アレはカーマン家の男で(いまや私もカーマンだけど)、愛する女性がいるひとよ(私は妻になってしまったけど)。
「ア、アホとはどういう意味よ。失礼だわ」
「アホはアホ以外に意味はない」
ディートリヒがそばまでやって来て、小瓶を取り上げた。
「ただのアロマオイルだ。惚れ薬なんかじゃない。レイルズが閨の雰囲気を盛り上げるのに、いつも使っているらしい」
小瓶がレイルズの元に戻る。
「こいつらには惚れ薬なんて必要ないだろうが」
確かに。
「それでも信じないのなら、ヨゼフィーネに確かめればいい」
「でもあなた、昨夜は肯定したわよね」
「面倒だったからな。腹も立っていたし」
「この結婚が腹立たしいのは、私もよ!」
はあっ、とディートリヒが大きなため息をつく。
「ローザリンデの気持ちがどうであれ、ふたりは夫婦だ」レイルズがそう言ってにこりとする。「親友の結婚生活に幸あることを願っているよ」
「ヒュブナーの代表としては、がんばるわ」
唐突にディートリヒに手首を掴まれた。
「なにをするの!」
「レイルズ、俺は休憩延長な」と彼は私を無視して国王に言う。
「いいよ。早退も可だ」
「行くぞ」とディートリヒが私を引っ張り扉に向かう。
「ちょっと待って。なんなのよ、いったい」
ディートリヒからの答えは、またもなかった。
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