五百円玉を拾ったら…

 中学校の帰り、一人とぼとぼといつもの道を帰っていると、五百円玉が落ちているのを見つけた。


 お、ラッキー!


 と僕は思いながら人目がないかと辺りを見渡した。学校の友達や近所の人が見ていたらどうしようかと思ったが、幸運にも誰もいないないようだ。

 今のうちに、と手早く落ちていた五百円玉を拾い上げる。

 二色になった新五百円硬貨だった。新といっても発行されて数年たっているので、もう珍しくはない。

 右手の親指と人差し指でつまんで、発行年数を見てみる。某ふしぎな駄菓子屋のアニメを見て以来、硬貨の発行年数を確認する癖がついてしまっていたのだ。


「えっと…、平成三十四年の五百円か」


 平成三十四年? あれ? 今年は令和六年だろ。平成って何年までだった?


 平成が終わったのが六年前で――

 僕が生まれたのが2010年で平成二十二年だから――


「あれ? まって、そもそも、新硬貨になったのは令和に入ってから――え、なに、どういうこと?」


 頭の中がパニックだ。


 平成三十四年なんて存在しない。


 いや、新五百円硬貨に平成の年号があること自体おかしい。


 では、目の前のこれは何だ?


「おもちゃ? いやいや、この重み、金属感、どう見ても本物……」


 更に詳しく手に持った硬貨を観察する。

 平成三十四年の上の500の文字。その0の中に確か文字が隠されていたような…。

 光を当てて斜め上から覗いてみる。


 見えた、JAPANの文字。透かし文字はちゃんと入っている。


 側面には均等ではない斜めギザギザ。これを模倣するのはかなり難しいと聞いた。

 表面の桐模様も繊細で、上下の日本国と五百円の周囲には髪の毛より細い縦線がみっしりと入っている。どう見てもこれは――


「本物…、だよね……。でも、ありえない、いったい……」


 まさか偽造硬貨――いや、それなら平成三十四年なんて刻印するわけない。使えないもの。

 じゃあ、何なんだ、これは――?


 右の人差し指と親指で挟んだ五百円玉を呆然と見つめる。


 どれくらいそうしていたのか、突然声をかけられ、ハッとなり我に返った。


「ねぇ、それ僕が落としたんだ。返してくれる?」

 正面から掛けられた声に視線を五百円玉から外して、声の主に向けた、瞬間、


「あっ!」


 指の間からもぎ取られる様にして五百円玉が消え去った。声の主がひったくっていったのだ。


「ちょっと――」


 その乱暴な行ないに文句の一つでも言ってやろうと相手の顔を見た。


「へっ?」


 思考が停止する。


 なんで――


 思っている間に、


「よかった、今月の小遣い、これが最後だったんだよね――」

 五百円玉を奪い取った人物が嬉しそうにそれを見ながら呟き、そのまま空中に溶けるようにして姿を消した。


「あ…、なに…、ええっ……」


 今は誰もいない空間を凝視し、言葉を失う。口をぽかんと開き、呆けたようにその場に立ち尽くした。


 目の前で人が煙のように消えた――その事はもちろん驚きだが、それよりも僕が驚いたのは、その人物が自分自身だったことだ。声を聞いたときはわからなかったが(普段聞いている自分の声と他人が聞いている声は違うというからね)、さすがに目に映った姿が自分かどうかはすぐにわかる。


 あれは、僕だ!


 向こうが気が付いていたかはわからないが、間違いない。見えたのは僅かな間だけど、毎日見ている顔だ、見間違うわけはない。


「なんだ…、夢でも見ていた……。いや、五百円玉が――、ああ、そうか、それもないのか……。でも……」

 夢のはずない。確かにここで拾ったんだ、五百円玉を。そこから夢だなんてことがあるはずないじゃないか。


「ドッペルゲンガー……」

 自分とそっくりの人物を見る幻覚――ドッペルゲンガー、自己像幻視。よく聞く話ではそれを見たものは死ぬという……

「死ぬのか、僕……」

 背筋がぞっとした。怖い、死の恐怖。中学生の僕には、感じたことのない感覚――


 いやいや、そんなはずない!


 ドッペルゲンガーなんかじゃない。そんな恐ろしい感じはしなかった。もちろん幻覚でもない。彼は確かに存在し、五百円玉を――


「平成三十四年! そうだ、そうだった。平成三十四年だ!」


 ある考えが閃光となって頭に浮かぶ。


 彼は平成三十四年の存在する世界から来たもう一人の自分なのだ!


 異次元、異世界、並行世界、パラレルワールド――呼び名はなんでもいい。現上皇が譲位せずにそのまま平成が続いている世界。そんな世界から何かのはずみに迷い込んできた自分。いや、迷い込んだのは五百円硬貨で、それを追ってきたのがもう一人の自分なのかもしれない。

 そんな自分と僕は出会った――


「そうだ、きっとそうに違いない!」


 突然沸いた考えだが、きっと世界がこの真実を僕に伝えてくれたに違いない。


「うん、うん。そうか、パラレルワールドってやっぱあるんだな……」

 僕はそう納得し、その場を後にした。



 皆さん、財布の中をちょっと覗いてみてください。もしかしたら、この世界ではありえない年号の貨幣が紛れているかもしれませんよ。ここではないどこか違う世界のモノが……



おしまい

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