ひまわりの思い出

「なあ、明日ひまわりフェスティバルに行かない、女子も誘ってさ」

 夏休みの部活の帰りに、伊藤がそんなことを言い出した。その場にいた他の男三人は、いいね、と賛同したが、俺は即座に断った。

「悪い、俺、ひまわり苦手だから…」

「苦手って、なんだそれ?」

 伊藤が不思議そうに訊く。

「ああ、ちょっとな…」

「なんだよ、気になるなぁ」

「小さいころにな…。少し長い話になるけど、聞くか?」

「おお、じゃあそこのファミレスで涼みながら聞かせてくれよ、みんなもいいな?」

 伊藤の言葉に一同賛同して、そろってファミレスへと入った。

 そして、俺は話を始めた――


◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 小学校に上がって間もなく、俺は両親の都合で田舎の祖父の家に預けられた。そこで四年ほど過ごすのだが、その出来事が起こったのは三年目の夏のことだった。


 祖父の家の近所に、おじいさんが一人で住む古い平屋の日本家屋があった。坂田という苗字だったと思うが、はっきり覚えていない。そのおじいさんのことはゲン爺さんと呼んでおり、源三なのか元助なのかも忘れた。

 そのゲン爺さんは、庭の手入れが趣味で、俺が朝学校に行く時も、夕方帰ってくる時も、いつも庭で何かをしていて、顔を合わせては挨拶を交わしていた。丸顔の素朴な感じのおじいさんで、特別な交流があったわけではないが、俺は好きだった。


 そんなゲン爺さんが突然姿を消したのが、俺が小学三年の時の六月初め。もうすぐ梅雨に入ろうかという頃だった。

 もうかなり高齢だったゲン爺さんは、その年の初めころから少々ボケの症状が出始めており、日が暮れた後に街中で呆然として立っているのを保護されることが何回かあった。なので、今回も徘徊した挙句にどこかで迷ってしまったのではないかと、近所は大騒ぎになった。役所や消防、警察の力も借りて、ゲン爺さんの行方を探したが、結局見つかることはなかった。


 ひと月が経ち、ふた月が経ち、小学校が夏休みに入っても、ゲン爺さんの行方は一向にわからず、彼の自慢だった庭は荒れ放題となっていた。そんな中で、ひまわりの芽が一本だけ、何故かすくすくと元気に育ち、立派なつぼみを付けていた。


 夏休みでも補習やプール、校庭で友達と遊んだりと学校に行く機会は多く、その途中にあるゲン爺さんの家の前は毎日のように通った。一本だけ伸びたひまわりの蕾が花開いたのは、八月の初めだった。その頃からだ、そのひまわりの奇妙な動きに気が付いたのは。


 ひまわりが常にこちらを向いているのだ。ひまわりの花は、太陽の動きに合わせて動くことは知っていた。しかし、それとは違うのだ。ゲン爺さんの家の前を通ると、まるで俺を見送る様に花がこちらを追って動くのだ。最初は気のせいだと思った。しかし、間違いない。どの位置からも花が常に正面に向いている。


 俺はなんだか気持ち悪くなり、ゲン爺さんの家の前を通るときは、下を向いて、ダッシュで駆け抜けるようにした。そこを通らないという選択肢もあったが、そうするとかなり回り道になってしまうのだ。


 そうして日々は過ぎ、一週間ほどすると、ゲン爺さんのひまわりの花は枯れだした。前を通るときは見ないようにしていたが、遠目からはその様子が見て取れていた。黄色の花びらがしおれ、中心の種の詰まる部分が黒くなりだす。その時になって、更なる奇妙なことに気が付いた。


 中心の種の部分が、何やら人の顔の様な陰影を持ち始めたのだ。その顔の様な陰影は、日々濃くなり、そしてお盆に入る頃、はっきりとそれとわかるほどのものになっていた。


 それ、すなわち人の顔――それもよく知る人物、ひまわりの育つ庭の主、ゲン爺さんの顔にそっくりになっていたのだ!


 そのことに気が付いた俺は恐怖のあまり泣きじゃくりながら家へと引き返した。その様子があまりにもおかしかったので、母が問いただし、今までのことをすべて正直に話した。

 言われた母が、ひまわりを見に行ったが、確かに顔に見えなくはないが偶然だ、気のせいだろうと話した。どうやら俺以外の人間には、はっきりとは見えていなかったようだ、ゲン爺さんの顔が。

 その夏はその後、ゲン爺さんの庭の前を通ることはなかった。遠回りしてでも別の道を通った。



 最後に事の顛末を簡単に話そう。結論から言うと、そのひまわりの育った庭の地中から、ゲン爺さんは見つかった。当然死体となってである。小遣いをせびりに来た孫が、口論の末に誤って殺してしまったそうだ。


 あのひまわりは、その事を俺に知らせるために咲いたのだろうか?


 それはわからない。そう誰にもわからないのだ、死んだゲン爺さん以外には……


◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


「……」

 俺の話を聞き終わった友人たちは、みな無言になった。そして、伊藤がこう切り出した。

「ひまわり、やめようか、見に行くの」

 一同一斉に頷き返す。

「よし、じゃあ、カラオケにでも行こうか。明日、女子を誘ってさ、こう、パアッとな」

 沈み込んだ雰囲気を盛り上げるように明るく言う伊藤。それに俺も賛同する。

「それはいいな。カラオケなら俺も行くよ。――で、誰が誘うんだ、女の子を?」

「そ、それは……」

 伊藤が皆を見回し、

「じゃんけんだな。いいか?」

「わかった。それじゃあ、じゃんけん――」



おしまい

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