朝出かけようと靴を履いたら…

 お盆休みも明けた夏のある朝、二度寝をしてしまい十五分ほど寝坊した。目覚めはいいほうなのだが、ここのところの猛暑で夏負けをしたのか、体調が思わしくなかったせいだと思う。

 朝食はこんな時のために用意しておいた栄養ゼリーで済ます。

 身支度を手早く済ませて、時計を見ると、どうにかいつもの電車に間に合いそうだ。

 トイレを済ませ、コップ半分ほどの水を飲んでから玄関に向かう。


 昨夜脱いだままの通勤用スニーカーに足を突っ込む。右足からだ。


 むにゅ…


 妙な感触。

 柔らかく少し弾力のある、スクィーズのおもちゃを踏んづけたような感じが足の裏から伝わってきた。


「なんだぁ?」

 スニーカーから足を抜き、持ち上げる。その時――


 カサカサカサ……


 スニーカーの中から這い出してくる黒いもの――


「ぐ、ご、ゴキブリぃーーーっ!」


 脂ぎった黒褐色の姿をした奴が、スニーカーから這い出して俺の右腕に這い上がってきた。


「ぐぎゃぁっ!」


 左手で黒いモノを払いのける。

 奴は床に落ち、一旦動きを止め、長い触角をピクピクと震わす。こちらの様子をうかがっている様だ。


「くそ――」


 反射的に手にしていたスニーカーを振り上げていた。


 バン!


 靴底が床を叩く寸前に、奴は素早く動き出し、俺の足元へと駆けてくる。


「ぬあぁっ!」


 どうして奴らは人に向かって来るのだろうか。踊る様に足をばっつかせ黒い塊を避ける。そして、気づくと、奴の姿を見失っていた。


「……はぁ~、逃げられたか」


 朝一番の対決は引き分けに終わったようだ。なんだか凄く疲れた。

 手にしたスニーカーを見て、この中で踏みつぶさなくてよかったな、と思った。もし踏みつぶしていたら――考えるだけでも恐ろしい。

 そこで、自分が遅刻ギリギリなのを思い出した。


「いかん、急がないと電車に乗り遅れる!」


 手に持っていた右のスニーカーに慌てて足を突っ込み、玄関に残されたもう一方に左足を入れる。


 むぎゅ…


「うぎゃあぁぁぁぁっ!」



 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る