ムーン27 ここだけの共闘
目の前の光景が瞬時に切り替わる、その幻想的な一幕において広井天音は国語の授業で習った文学の一説を想起する。
『トンネルを抜けるとそこはどこだっけ……?』
『知らないなら口に出すなよ』
学業の成績がよろしくない彼女なら上出来の部類かもしれないと御斗は甘い採点をしていた。或いは状況の変化がめまぐるしくおバカな姉相手に割いた脳の容量が少なかったせいか。
ついぞ先まで軌道エレベーターを間近に見据え、豊かな自然環境と建築用に整備された道路や倉庫施設の並ぶバベル島にいたはずの二人は、光に包まれた途端見知らぬ大地に立っていた。
人工物の見当たらない荒れ果てた土地、地平線が見える駄々っ広い空間に遙か上空には白い天井。
不気味な空間に立つ二人、さてここはどこかとの推測を立てる暇もなく。
『ゲェェMM1号!?』
『なんだと!』
姉の見苦しい叫びに振り向いた目先、僅か数メートルを開けた距離には巨影。
大怪獣MM1号が足を止めて佇んでいた。
******
混乱に囚われたのは双子だけではない、慎重に事を運んだはずの仕掛け人たちも思わぬトラブルに負けじと頭を抱えていたりする。
『(比呂田くんマズい! 広井姉弟が引っ付いてきた!)』
『(なんて!?)』
端的に分かり易く非常事態を告げた悪の女王に弘士も脊椎反射で応じた。
空間転移において巻き込みワープ事故は最悪の想定ケース、それを上回る見知った知人がついてきたパターンは最悪を超える最悪。
──ただし政治的や戦力的な理由ではない。
非日常の最中に日常要素が紛れ込む、これがひたすらに気まずいのだ。
『(まあ分かる、ヒーローが防衛隊の一員に加わってたのは分かるけども!)』
『(不毛な問答は止めましょう。ここは原因よりも対処を考えるべきよ)』
『(ならどうすんだよ宇佐見!?)』
理由を予想しても今更意味もない、確かにその通りだ。今必要なのは起きてしまったことにどう対処するかの回答。
弘士は天才を超えた神才のひらめきに一抹の期待をかける。
『(……MM1号を弱らせつつ二人ともぶっ飛ばし、気を失ってる間にキマイラリッターごと送り返す)』
『(ひどい答えなんだがそれ以上の良案が思いつかないから困る)』
武力に任せた脳筋な解決法、しかし弘士も美波も一致した見解。敵対する間柄は衝突を避けられず、されど自分達の正体を相手方に知られるのは是が非にも避けたいのだからして。
『(じゃあ台詞はアドリブで脚本書くからその方針でお願い!)』
『(なるべく簡単なので頼む!)』
戦力的には人類を圧倒する月の勢力はそれこそ必死で立場を取り繕った。
******
地上のバベル島は戦闘続き、特に大怪獣が現れてからは爆撃と砲撃が休みなく飛び交い爆音が休まる時はなかった。それに比べて天音と御斗が飛ばされた謎の空間は対照的なほど静寂に満ちていた。
音どころか生命すら感じない、造られた人工世界──門外漢の彼女たちにもそう思わせる静謐さに唸り声が響く。
「ルォォォォ……」
MM1号が二人の鼓膜を揺らす。どこに発声器官があるかも分からない造形をした化け物が戸惑ったような音を出した。能力が暴走状態の中、朧気な理性と記憶に引っ張られ愚直に軌道エレベーターを目指していた中の人が目標を見失ったせいなのだが、姉弟がそれを知る由もない。
『御斗、今が攻撃のチャンスなんじゃないの?』
『落ち着け姉貴、火力が無いだろ』
まず何よりも敵が居ることに攻撃性を示す性格の姉を制止しつつ、御斗も行動を決めかねる。ここがどこか、自分達の身に何が起きたのか、どうしてMM1号までもが寄り添うかの如き形で居るのか、疑問は尽きなく答えを探す方法も思い至らない。
彼のGEは音から情報を得る、しかしこの人気のない場所で音を発するのは騒がしい姉と大怪獣のみで、
『ハッハッハッハッ、ようこそ大怪獣、ついでに招かれざる諸君!』
『出たわね悪人! これはあんた達の仕業なのね!』
だからこそ情報ソースの登場は彼にとって有り難かったかもしれない、釣られて姉がヒートアップする点を除けば。
悪の尖兵マッスルラビットは宙に浮いたまま腕を組み、変わらぬ余裕を漂わせたまま人類を見下ろす。
『ここはいったいどこなのよ、何なのよ!』
『この地は我らの用意した処刑場。思いあがった人類の、ヴィランどもの尖兵を惨たらしく解体するためのステージだ』
嘘塗れである。
御斗のGEには表面上こそ威圧的、内実は取り繕った言動、建前の音が耳に染み入る。むしろ悪を名乗り軍隊を子供扱いする超人がどうしてここまで必死に嘘をついているのか、そっちが気になる程に。
『諸君らは我輩の余興にへばりついてきた闖入者に過ぎない。余計な真似をせずおとなしくしていれば見逃し、そうでなければ同じ目を見させてやろう』
『やれるもんならやってみなさい!』
今の言葉は嘘と切実さを感じた。特に「余計な真似をせずに」の部分は頼み事をされている感覚すらある。頼むからおとなしくしておいてくれ、と。
その辺りの真意を突きたい御斗の望みは叶わない。会話というか宣言、或いは忠告警告。言いたいことは終わり、意見交換の意思は最初から無かった悪の尖兵は発言通りの行動に移行する。
『ではハリボテの怪獣よ、処刑開始だハッハァ!』
マッスルラビットは軽やかに舞い、空を飛び、重々しい鉄槌を両腕にて揮う。
粉砕、爆砕、滅砕。
彼の破壊力は的確にMM1号の質量を削っていく。飛び散った体液と海水は再び取り込まれることなく、もしくは回収回復の隙すら与えぬ連撃が怪獣を構成するGEキメラ細胞の復元力を上回っているのだ。
『ちょ、飛んだままなんてズルいわよ! 降りてきなさい!』
『飛ぶなよ姉貴。ここは敵地っぽいんだ、故障は命取りだぞ』
『くううう!』
手の届かない場所でMM1号を打ち崩すマスラビに憤慨する天音、対照的に悪のウサギは宣言通り二人に関心はないらしく一瞥すら寄越さず怪獣相手に無双している。彼らが何をしなくとも怪獣討伐はウサギ一匹が成し遂げただろう。
だが、ここでひとつ誤算が生まれる。
怪獣が身を削られ、減少した質量は裏を返せばキマイラリッターのGEに余力を与える。暴走し膨れ上がることへと注力した能力量に未使用部分を増やしたとも言える。
結果、力は異なる形で発現し暴力と化す。
『むう?』
ただ殴られ続ける一方だった肉の塊が全身を大きく震わせ、生やした触手が無秩序に動き暴れ出す。イソギンチャクの触腕、或いはウミヘビの鎌首、獲物を捕らえ喰らい尽くす動作に変化したのだ。
『ボスの第二形態って感じ!?』
『姉貴がゲーム脳すぎる』
だが端的に状況を言い表した表現だ、無差別に暴走した触手は身近な獲物にも食欲と害意を向けたのか太陽の騎士達にも肉の鞭が殺到する。
『舐めんな!』
不意の破壊衝動、しかし攻撃意思の発露ならソーダーも負けていなかった。鬱憤を晴らすように迫る触手を斬り飛ばし、ガンナーが隙間を突いて触手の根元に砲撃を加えて吹き飛ばす。息のあった連携は流石双子を感心できる動きだが本人たちは否定するかもしれない。
『見た目よりも硬い!』
『身が詰まってるのかね』
空を飛ぶ標的よりも地に這う小物の方が捕食し易い、本能がそう思ったか次々打ち下ろされる触手の雨。縦横無尽に走破して回避、斬り捨て撃ち抜いても限度はある。古来より質より量の力押しは損害を無視すれば正しい戦法。
頭上を埋め尽くす肉腕の群れは津波と化して太陽の騎士に圧し掛かる──
『マスラビィ、チョッパァ!』
肉鞭の滝が水平に両断された。乱雑な横薙ぎの手刀はどんな名刀よりも鋭い切れ味で触腕の束を断絶、結果的に姉弟を救ったのだ。
呆気に取られる天音の耳を打ったのはいつもの笑い声。
『ハッハッハッ、ここでも醜く同士討ちかね人類諸君?』
『うっさいわね、何のつもりよ肉ウサギ!』
『これは我輩の獲物だ、いつどのように刻もうと我輩の自由であろう?』
『ギィィィィ見てなさい!』
武士の情け、或いは眼中に無いとの鼻先で笑った返しに天音はよりヒートアップ。果敢に触手狩り天使と化けて双剣を振り回す。力の篭った剣捌きにもはや戸惑いの影はなく全てを断つ勢い、ついでに腹立たしいウサギの首を狙う勢いだ。そんな彼女を守るのか挑発するのか、マッスルラビットは笑いながら付かず離れずで触手を切り倒し怪獣を刻み続けている。
『ハッハッ、その程度なら座って見ていても構わんぞ?』
『バカにすんな! 全部刈り取ってやる!』
信頼し互いに背中を預け合う関係ではない。そこにあるのは相手よりも早く動く、多く点数と獲ってやるといった風情。部活の試合で余裕のある先輩に喰らい付く後輩といった感じが一番近い表現かもしれない。
ただそれが結果的に機能して天音の剣は最大効率を生み出している、おそらく弟が援護射撃をするよりも上手く……半ば呆れたように御斗は呟いた。
『意外と相性いいんじゃないか、お二人さん』
思わぬ形で共闘が始まった。敵対する勢力が共通の敵に対して一時的に手を取り合うという宇佐見美波の目標が、こんな形で。
計算違いに紆余曲折、右往左往を交えての結実に悪の科学者は満足するでもなく、への字口で嘆息。
「羨ましくなんてないやい」
天才を超えた神才は肉体能力がしょぼい。スタイルは良いがGE特有の頑健さは欠いており運動神経もいまいち、悲しい程に戦闘向きではない。だからこそ比呂田弘士を土下座で雇い入れ尖兵の役目をお願いしたわけだが、奇しくも同級生3人が共同戦線を張っている様子になんとなく仲間外れ感を覚えたのだ。
GE覚醒前より天才と称えられ、大人に混ざっての研究に明け暮れた特殊環境で育った寂しがりやの見せた欲求、年頃らしいボヤキは使命感に上書きされる。
目の前の光景は美しい、けれど。
「人類全体でこんな感じになってくれないかしら」
いわゆる現場の判断では立場を超えての共闘も成立する、ところが大人数だとそうは行かない。特に反目する組織同士は政治や面子、経済宗教贔屓球団に好きなロボと様々な思惑や対立構造が入り乱れて上手くいかないのが世の常というものだ。
人類の宇宙進出、現体制下では国策や大企業のプロジェクト単位でバラバラに動く。宇宙規模では塵芥、ちっぽけな人類が協力し合えず自滅する未来が美波の立てた予想。もっと単純に他者を出し抜く余地もない、対立する組織でも妥協して協力せざるを得ない体制の地盤作り。
そのための悪、人類に宇宙規模の危機を予習させるのがミラームーンの存在意義である。
「もっと地球人類全体が怖れるほどの巨悪にならないと」
美波が改めて目的意識を高める傍ら、対怪獣戦闘は終盤を迎えていた。繰り出した触手を狩りに狩られたMM1号の体積はみるみる縮み、比例した力の喪失は見る影もない程に巨体を弱体化させていく。
呼び込むつもりのなかったソル姉弟を巻き込んだ時はどうなるかと戦慄したが、不安を余所にまさかの共闘、誤差の範囲で終わりそうだ。
『(比呂田くん、そろそろ頃合よ)』
『(了解)』
最後の仕掛けの指示が出る。彼らにとってMM1号を弱らせるのは過程であって前提条件、そこが闖入者の広井姉弟とは目的意識が異なる点。
『マスラビィ、タックルリフトォ!!』
チョップで迫る触手を切り払うマスラビが今までと違う行動を採る。付かず離れずの牽制戦法ではなく勢いを殺さず体当たりをかました挙句、大型トラック程度に縮小された怪獣を肩に担いで持ち上げたのだ。
『ちょっと何すんの!』
『ハッハッハッハッ、諸君。宣言通りにこやつのトドメは我輩が貰う!』
かくして共闘の夢は覚める。呉越同舟、しかし大目的が同じとて小目的が異なれば対立の芽は残り、事の幕引きよりも早く互いの足を引き相手を出し抜こうとする。陣営違いの衝突は避けられない、まして悪逆の月は誰とも手を組まない孤高の悪だからして。
『そんな勝手を許すわけ──』
『コロコロコロ、貴様らの許可など要らぬ』
共闘の夢が終わり対立の華が咲こうとした瞬間。
彼らの戦いを未然に潰したのは愉悦を嗤うウサギの女王であった。
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