ムーン26 月が照らして巻き込みよ

 いつの世も、舞台裏とはせわしない。

 煌びやかで派手な表舞台と異なり、てんやわんやの大忙しなのが相場。


『ハッハッハッハッ! 脆弱たる地球人類の諸君!』


 MM1号と防衛隊の間に割り込み、マッスルラビットは彼らの砲撃を中断させる。彼に現代兵器が通じないのは人類側も承知している、そして下手な攻撃がマスラビの反撃を招くと警戒させる狙いもあった位置取りである。


『この程度を軽く屠れぬ身で我らが月に手を伸ばすなど身の程知らずの極み』


 彼らの手が止まった間、声だけ出演の美波は空間転移の準備を大急ぎで仕立てる。空間転移方式のワープは対象範囲を乱暴にゴリッと削る手法、手早く出来る反面何も区別せず転移させるので巻き込み事故が起こり易く、また転移範囲の境界線で空間を断絶するため境界面に挟まった物体をスッパリ切断する。

 「次元断!」的な空間を切り裂く必殺技紛いの事故が洒落でなく実際に発生するわけだ。転移範囲の設定は素早く慎重に行う必要があった。


「こ、これでよし」


 算出設定が終わり、美波は前線の弘士にゴーサインを送る。威風堂々たる挑発を繰り返す悪の女王と尖兵はこういった苦労を隠して悪事を行っていた。絶対悪のイメージを壊さず活動するのも中々に大変なのである。


『女王陛下の威光を目の当たりに、己が矮小さを理解するがよかろう』

『月光砲、発射!』

【──空間転移開始します】


 マッスルラビットの発したワードで空間転移が始動する。

 まず激しい光で世界の目を眩ませ、誰にも転移の瞬間を見せない。あくまでミラームーンが謎の光線兵器で生意気な人類のペットを一撃で倒した体裁を取るためだ。パッと光って気が付けば怪獣は姿かたちもなく消えている、見事な悪のやり口に世界は震撼するだろう。


【──空間転移完了、対象の状態サーチ実行します】


 AIオペレーターが淡々と状況の報告を寄越す。突貫工事の怪獣回収作戦も無事に終了したようだ、己の技術に自信はあっても実行する瞬間には緊張を覚えるし入念なリハーサル無しのぶっつけ本番は避けたいのが本音。

 天才を超えた神才もトラブル続きの一日に疲れを感じないといえば嘘になる。その終わりが見えたのだ、最後の幕引き台詞を世界に伝えれば。


『コロコロ、コロコロコロ!』

『これに懲りればわらわの機嫌を損ねるでないぞ』

『いつ貴様らの頭上に月の光が降り注ぐやもしれんと覚えておくがよい──』


 台詞の締め、「よいぞ」を言い切る前に美波は音声を切った。

 やれやれこれでMM1号を弱らせて封印処置で終わり、そう思った矢先にAIの発したアラートメッセージが彼女の目と耳、ついでに思考を奪ったからだ。


【警告。実験エリアに不明体反応2。検索、一致情報有り】

【個体名ソル・ソーダー、ソル・ガンナー】

「なんでェ!?」


 宇佐見美波の絶叫はかろうじて地球の電波に乗らずに済んだ。


******


 責任感と無鉄砲は隣り合わせ、そこに若さが加わると後者に傾き易くなる。

 軌道エレベーターを目指して歩み続ける大怪獣の登場はミラームーンが姿を消した後も島の防衛体制に混乱をもたらし続けた。防衛隊の散発的な攻撃、目に見えて通じない攻撃、一向に足を止める気配のない怪獣と改善の見込みなく危機的状況に終わりが見えなかったからだ。

 とすれば防衛行動に参加すべく独自に手を上げる者も現れる。各国の残存ヒーローにも、密かに戦力と指折り数えられた野良ヒーローも。


「だからって姉貴は出なくていいだろ、状況的に近接戦は出来ないぞ」

「分かってるわよ。そもそもウイング壊れて飛べないんだから」


 マホロバ・フロンティアの秘密ラボで躯体の整備を受けていた広井御斗はゼリー飲料で栄養を補給しながら落ち着かない様子の天音に物申していた。

 動けるヒーローは怪獣撃破に協力を、との非正規依頼は連合の関係各位に通達されていた。軌道エレベーターは人類に希望、応じる者は少なくないだろうが。


「あんたの予備の銃借りたからこれ使うわよ。ターゲットをセンターにロックで引き金引けばいいんでしょ」

「撃つだけならそうだけどよ」


 性格が狙撃に向いてないだろ、と言わない賢明さが双子の弟にはあった。縁日の屋台でも輪投げは出来ても射的は全滅していた過去を指摘しない優しさも。


「適正はショットガンとかそれ系だよな」

「何ブツブツ言ってんのよ、あんたこそらしくなく正義に燃え燃えなくせに」

「……」


 天音の指摘はごもっともだ、何しろ彼女よりも先に救援要請を受けたのは彼なのだから。天音はそれに便乗した形である。姉の揶揄に御斗は応答しない、ただこれが熱意や正義感と指摘されるのは違う気がしている。もっと小さな個人的なこだわり、


「返事しろこの野郎、そんな感じだからな」

「なんて?」

「天音、御斗、スーツの整備完了じゃ。いつでも出ていいぞ!」


 二人の父親、博士ひろしと書いてハカセと呼ばれたい善性の変人が出撃にゴーサインを出す。彼は言うまでもなく二人のヒーロー活動にノリノリで協力姿勢、むしろGEに目覚めた子供たちが人類のために活動する自覚を持ってくれて嬉しいまであった。


「じゃが天音、突貫で取り付けたウイングは細かい調整が出来とらん。普段みたく飛び回るのは禁止、ホバリングで我慢するんじゃぞ」

「分かってるわよ、飛ばない飛ばない」

「御斗は──」

「ソル・ガンナー出撃する」

「ああん息子よハカセらしいアドバイスの機会を奪わないでおくれェ!」


 彼ら家族は三者三様の姿勢で大怪獣の討伐戦に挑んでいた。概ね方向性が一致して権益の奪い合いがなければ人は協力できるのだ。

 ただ戦力の面で語るなら彼らの参加は事態の打開に至らない。パワードスーツが運用する重火器が多少増えたところでMM1号の撃破には全く火力が足りないからだ。


『ちょっと、これ攻撃当たってんの!? 手応え全くないんだけど!』

『姉貴の射撃でも的がでかいから当たる時もある。ただ効いてない』

『銃じゃ効果なしってこと!? って今なんかおかしな言い方じゃなかった?』


 手応え、成果を感じないのは御斗も同じだ。足を止めて側面からの砲撃、やっていることは単純作業に近く射撃手の彼には外す方が難しいくらいだが、地上戦力の火砲撃が怪獣の足止めにもなっていないことは明らかで。


『なら爆弾でもなんでも使えばいいんじゃないの!?』

『軌道エレベーターが近くになければ、な』


 防衛隊や連合政府が思い切った攻撃に移れない理由がそこにあった。現代兵器の爆撃はかなりの精密さを誇る。誤ってエレベーターそのものに直撃させる可能性は極めて低いのだが、建設現場の地形や地盤に与える悪影響は否定できず、万一を考えると責任問題に発展するため躊躇う理由となる。

 それに過剰な破壊力を差し向けた時、怪獣がどう反応するか不明なことも懸念材料だ。一撃で致命打になればいい、しかし余力があれば、反撃を誘発すればどうなるか……不明の事態に誰もが二の足を踏んでいたのだ。


『じゃあどうすればいいってのよ!』


 未曾有の危機にリーダーシップを取れる誰かの不在、非常時すら一致して事に当たれぬ社会構造の欠点。宇宙時代を前に宇佐見美波の抱えた危惧は現状でも悪い意味で作用していた。

 ──このような時、行動できる者とはどのような存在か。

 怯まず、弛まず、後のことは後で考えろ今わたしはやりたいようにやる!と動ける者である。


『コロコロ、コロコロコロ!』

『ハッハッハッハッ! 脆弱たる地球人類の諸君!』


 実に奇妙なことなのだが。

 この時、事態の閉塞感に悩み歯痒さに苦しんでいた者ほど、人類ならざるバカ笑いに救われたと感じた者が少なくなかったという。

 膠着した事態に割り込んだのは月のウサギを名乗る不審者たち。世界秩序を揺るがす大罪人にして圧倒的武威を誇る凶悪犯、そして世界一の野良ヒーロー。


『ちょ、あいつまた出てきて!』

『姉貴、飛ぶなよ』


 激昂する姉を先んじて制止する冷静なる弟。悪兎マッスルラビット、姉が二度に渡り斬り結び、因縁をも結んだヴィランの登場に猪突しかねない性格を見切ってのことだ。

 御斗自身はマスラビを目視したのはこれが初、その声を直接耳にしたのも同様だ。同様なのだが、


『……なんかムカつく声だな』

『そりゃあたしの仇だからでしょ』

『そこはどうでもいいな』

『ひどくない?』


 音に反応するGE所有者は何故か苛立ちを覚えた。イノシシ姉がマスラビ相手に半ば自爆した挙句撃退されたと知った時には浮かばなかった感情が湧く、理由は彼にも分からない。


『この程度を軽く屠れぬ身で我らが月に手を伸ばすなど身の程知らずの極み』

『女王陛下の威光を目の当たりに、己が矮小さを理解するがよかろう』


 諸君らの心境など知ったことではない、悪の尖兵はいつもと変わらぬ素振りで舞台劇めいた言葉遣いの慇懃無礼、上から目線で一方的に話し続ける。

 表面上はどこまでも地球人類を見下した内容、だがしかし広井御斗は音声に異なる真意があることを聞き分けられるのだ。


『姉貴、なんだか妙だ』

『何がよ?』

『あいつ、オレ達に近寄るな的なことを考えてる』

『はァ?』


 マッスルラビットも音声変換装置を使っているのか細かいニュアンスまでは聞き取れない、それでも表層の心情を拾い上げるには充分であり


『狙いは分からないんだが、どうも危ないから近寄るなって感じの──』

『また上から目線!? 舐めんな悪党め!』

『おい姉貴!?』


 情報を探り探り話したのが悪かった。御斗の小出し分析を聞いた天音は瞬間沸騰、銃器を放り出して突撃したのだ。ウイングスラスターを大きく広げてノズルの光が増し増しに輝く、どう見ても空飛ぶ直前の挙動に


『やめろバカ姉! 飛ぶなって言われただろ!』

『放しなさい御斗! 弟のくせに生意気よ!』


 パワードスーツのアームでウイングを閉じさせようとする弟と強引にも飛び立とうとする姉の不毛な争いは地面をホバリングしたまま直進の勢いは死なない。

 結果、二人は急加速状態でMM1号の側面から一挙に至近距離へと突っ込む羽目となる──それが美波の計測した空間転移の範囲に踏み込む行為だったことは誰にとって不幸であったのか。


『月光砲、発射!』


 かくして招かれざる姉弟は月世界へ。

 一連の騒動を真に終わらせる決戦の場へ。


「なんでェ!?」

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