ムーン25 月の光で転送よ
「マスラビにぶっ倒されたキマイラリッターが反撃すべく海で遺伝子摂取しまくったら能力の許容量を超えて暴走した結果ああなった」
「俺は悪くない!」
「まあ全ての悪事はわたしに集約されるから」
美波もそれには同意する。彼女にとってミラームーンの主犯は自分であり弘士はせいぜい従犯との主張を崩さない立派な悪党なのだ。もっとも今重視すべきは責任の所在よりも今後の対応である。
ミラームーンの計画と直接関係の無い怪獣騒動はひとりのヒーローが犯した暴走行為に原因があった。しかしここで「わたし達関係ないんで解散!」と言えない事情が悪の総帥にはある。
「原因がGEの暴走……これオオゴトにしたくないのよね……」
GEはヒトの可能性、人類が宇宙進出に本腰入れ始めた前後で覚醒者が出始めたことには大きな意味がある。美波のみならず科学者の多くはそう考えている。
その一方で覚醒者と非覚醒者の軋轢、GEが原因の事故過失やヴィラン犯罪への警鐘など悪感情を持って否定される機会、もっと過激にGE根絶やし論を持ち出す輩も世界には存在する。
最初のGEが名乗りをあげて半世紀、世界でGEの正否が世界を二分せずギリギリバランスを保っている中でヴィラン犯罪以外の要素、能力の暴走が引き起こす大惨事という事例は天秤を大きく揺らしかねず、美波は何としても避けたかったのだ。
「このまま突き進むとMM1号は軌道エレベーターを壊しちゃう、これは事実が判明すると世界中から非難を浴びるヒーローの愚行にされかねない」
「そうなる前にヒーローや防衛隊、もしくは俺が怪獣を撃破するのも喜ばしくないか」
「それだと多分キマイラリッターは命を落としちゃうから」
彼女は悪だ。宇宙進出を望む人類の未来を憂い、警句となるべく自分の意思で世界の敵を買って出た奇矯な悪だ。
それでも直接的被害は可能な限り減らしたいお人好しでもある。政府の威信や経済的損失、保険会社への負担など間接的被害は積み上げつつも犠牲は少なくするに越したことはないと本気で思って行動している。悪認定を欲し危機感を煽るなら人的被害を出すのが手っ取り早いのにそれをしないのだからお察しだ。
そんな賢いおバカ相手だからこそ彼女の無茶にも付き合おうという気で弘士はここにいる。部活感覚で楽しんでいる本音や冗談で吹っかけて数百倍に膨れ上がった契約金などは、うん、まあ無欲ではないが全額貰うのは手が震えて保留案件としている。
「なら宇佐見、お前の作戦方針を聞かせてくれ」
「キマイラリッターのGEを封印しようと思う」
「なんて?」
「比呂田くんにやった逆をするだけよ、簡単簡単」
「うん、そうね……」
彼女によってGEに覚醒した弘士にはもはやそれ以上の言葉は無い。宇佐見美波が出来ると断言したならば出来るのだ。
「ぐ、具体的な手順は?」
「まず怪獣騒動はヴィラン同盟(仮)が実行したテロということにします」
「ひどい濡れ衣だ」
「ヴィランのくせに生意気だ演説の後でMM1号をあの場所から転移させます」
「ヒーローや防衛隊の攻撃から守るためだな、それで?」
「飛ばした先でマスラビに殴ってもらってやり過ぎない適度に弱らせます」
「狩りゲーかな?」
「消耗して動けなくなったところを捕らえてGE封印処置、地球に還します」
「キャッチアンドリリース」
「処置の結果、彼はGEを失うけど我慢してもらうしかないわよね」
それは仕方ないと弘士も同意する。使命感か功名心かは不明だが、自身の限界を見誤って無茶を働いた代償と思ってもらうしかない。GEは使っている本人や天才を超えた神才にも全容の知れぬ謎の力。自制心なくナイフを振り回す子供が如きタイプは使えない方が世のためになるだろう。
「加減と制御はやっぱ大事だな」
「何が?」
「ただの述懐だ。それより今の作戦準備はどれくらいかかる?」
「あと十七分くらい」
「早いのか遅いのか分からんな」
「転移させる場所の掃除にちょっと時間がかかってるのよ」
MM1号の保護、或いはマッスルラビットがソロで討伐するための戦闘フィールド準備。あの巨体を跳ばすには相当の広さが必要なはずだが、
「どこかの無人島か砂漠にでも飛ばすのか?」
「それだと誰かに対処の過程を見られちゃう懸念があるので駄目」
「メディアを抑えても目視されるとどうしようもないか」
何しろMM1号はGEで肥大した肉体が怪獣と呼称される程度の質量を誇る。相当離れても目視される危険はあり、下手に救命現場を目撃されると「マスラビが怪獣をやっつけてくれた!」「ありがとう世界一のツンデレ野良ヒーロー!」などと称賛されかねない。
地球人類を見下す悪なのに非道な手段を選びたくない彼女は侵略者の体裁を狂わせる名声などこれ以上稼ぎたくないのだろう。
「それで候補地はどこにしたんだ?」
「ここ」
「なんて?」
「基地のテラフォーミング実験エリア。北海道くらいの広さがあるから」
「……月を勝手に開拓しすぎでは?」
「地下だし、負けた後には埋めるし、天体の規模からすれば全然よ」
月が地球の六分の一サイズとすれば割と大きな範囲な気もするが、誰にも目撃されないのは間違いないので疑問は飲む込むことにした。今は目の前に迫った作戦の後始末に注力すべき時。
「比呂田くんもそろそろスタンバイお願い」
「ああ、マスラビスーツに着替えておく。待機でいいのか?」
「責任をヴィランに押し付ける演説はわたしがするけど現場には出て。対象は質量が大きいのでマスラビを座標軸に空間転移させるわ」
「普段の転送とは違う方式なんだよな」
「大質量相手だと状態把握に手間がかかるのよ。横槍入れられたくないから空間ごとゴッソリ方式を採用」
普段彼らが地球と基地を往復するリターンホームは登録した個人の状態、例えば身につけた衣類や所持品などを把握して丸ごとワープさせている。一方空間転移は座標周辺にあるもの全てを転移させる方法だ。
これは将来、宇宙空間で宇宙船のワープを想定した技術らしい。欠点は範囲の空間ごと転移させるので何もない宇宙以外でやると巻き込み事故が発生し易いとか。
「ハエ人間……」
「あれは原子分解再結合方式の電送だからまた別ね」
「ワープってそんな種類あるのか」
古い恐怖映画の如く怪獣がさらに虫や動植物を取り込んで謎変異クリーチャー化することはなさそうだ。ならば後始末をつけるのみ、筋肉ウサギは座して狂科学者の合図を待つことにした。
******
亀の歩みよりも遅く、しかし現代兵器の集中砲火を受けても揺らぐことなく。
大怪獣MM1号は軌道エレベーターに接近を続けている。巨体を利用した特攻戦術にも見えるそれは暴走中のキマイラリッターが朧気な意識下でマッスルラビットと交戦した現場復帰を目指す本能によるもの、決してエレベーター破壊の意図はないのだが余人には知る由もない。
「撃て、撃て! これ以上エレベーターに近づけるな!」
防衛隊の砲火は止まない。
マッドバニーのウェポンイーターで装備を全損させられた彼らは後方より届けられた兵器で鬱憤晴らしのように怪獣への攻撃を行っている。宇宙進出の灯火を守る使命感と潰された面子を取り繕う気持ちが隊員の心を急かせていた。
MM1号に攻撃そのものは通じる。砲弾やミサイルが炸裂する度に透明な体液を撒き散らすもただ歩みを止めることはない、それだけだ。怪獣の大部分を形作るのは海水を内包し増殖した暴走キメラ細胞、表面が破壊されても海水がぶちまけられるのみで形状は修復される。
効果的な攻撃を出来ていないと防衛隊の焦りは加速度的に増していく。
「くそッ、俺たちも援護を」
「やめろ馬鹿! あの中に飛び込む気か!」
通常兵器の砲撃が飛び交う状況は怪獣の歩みと反してヒーロー達の足を縫い止める。GEという超能力を所持し多少肉体強化の恩恵を受けていようが不死身の域には達していない。撃たれて死ぬことも斬られて死ぬこともある、人類の進化系は未だ人類の範疇にあるのだ。
火線砲線が絶え間ない戦場を雨の如しと笑い飛ばせる者は人類に存在せず、ヒーロー達の加勢も中遠距離攻撃の手段を持つ者に限られた。
故に、弾雨降り注ぐ中を嗤って起つ者は人類を超えた者たちだ。
『コロコロ、コロコロコロ!』
再び外部干渉がメディアを掌握、月の女王マッドバニーが世界を嘲笑う。
『愚かなる地球人類たちよ、貴様らの道化芝居をしばらく堪能させてもらった』
『まずはヴィランと呼ばれる者達よ、徒党を組んだヴィランの同盟よ、わらわ達に仕向けた不恰好な生物兵器、その反骨心と意欲は良し』
『だが当ては外れ、果ては地球人類同士の諍いになっておる』
『無様に互いの足を引っ張り合う様は実に面白い、褒めて遣わす。コロコロ!』
愉快愉快、女王の声は耳障りに電波を乗っ取る。毒を持つ言葉の中には仮面で隠れた表情を見るまでもなく侮蔑的な笑みが想像できるだろう。
人類の哀れな同士討ちをひとしきり称えた後、悪しき月の王は怒気を覗かせる。
『しかし、だ。その程度のペットで我らに一矢報いることが適うなどと思い上がった傲慢さは看過できぬ』
『ゆえに月の力の一端を見せ付けてやろうぞ。我が尖兵よ』
『御意!』
愉悦の女王が命に応を返したのは恐怖と畏怖の対象。MM1号が現代兵器で倒せぬ巨獣であれば彼は傷ひとつ負わぬ神話世界の英雄に比する存在。
月の戦兎マッスルラビット、ゆらりと空間を曲げて参上である。
『ハッハッハッハッ! 脆弱たる地球人類の諸君!』
『この程度を軽く屠れぬ身で我らが月に手を伸ばすなど身の程知らずの極み』
『女王陛下の威光を目の当たりに、己が矮小さを理解するがよかろう』
防衛隊とヒーローの前に立ちはだかった荒ぶるウサギは天を指差す。
その目で見よ、天空が下す月の裁きを。地に這う愚者よ、全て焼き払う神の炎を瞠目せよと言わんばかりに。
『月光砲、発射!』
その場に在った目撃者の、カメラの、センサーが白一色に染まる。
まさに目を灼く光、熱なき輝きが世界を支配した瞬間だ。
テロ組織ミラームーンが発した尋常ならざる悪しき光、僅か数秒にて消滅した白光が潮引いた後。
確かに大怪獣は跡形もなく消滅していた。
『コロコロ、コロコロコロ!』
『これに懲りればわらわの機嫌を損ねるでないぞ』
『いつ貴様らの頭上に月の光が降り注ぐやもしれんと覚えておくがよい──』
後に地球史で歴史的大失敗と語られる『ミラームーン偽会談』事件は表向きこれで幕を引いた。テロ組織の騙まし討ちに失敗、討伐に失敗、会談に乗じたヴィランのテロも半ば鎮圧失敗と関係者各位にこれでもかと汚点を残した一件は政治の表舞台で複数の辞任劇を展開させた。
その一方、この失態を契機に政府連合の垣根を超えた防衛体制、ヴィランの国際テロに対する共同組織の設立が議題に上り始める。
そうした国際情勢の流れに月のウサギはニッコリするのだが、それはまだ先の話。
この時点、現在の時間軸で彼女の後始末はまだ終わっていないのである。
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