ムーン24 逆襲は聞いてないクマ
彼には矜持があった、ヒトならざる超常の力を得た矜持が。
彼には驕慢があった、選ばれたヒトとの自尊心が支える驕慢が。
その二つがヴィランの腕一振りで粉砕された。
憎かった、腹が立った、許せなかった。
だから力を欲した、もっと強い力を。
取り込もうと思った、力を得るためにもっと多用多種な生物を。
──その先は覚えていない。
******
偽りの和平会談はヒーローとヴィランの物騒なパーティ会場と化していた。原因は最初からテロリストを一網打尽にすべく連合の仕掛けた罠であり、ミラームーンは自らの目的で罠に飛び込み食い破った結果である。
だがそこから巨大怪獣が乱入するなどと誰が予想しただろう。少なくとも宇佐見美波は計算していなかった。
『何あれ』
『(宇佐見、こっちは二十五人倒したんだがあれは何だ? あんなでかいの仕込んだとか聞いてないんだが)』
『(濡れ衣ゥ! わたしの仕掛けじゃない!)』
『(なんて?)』
唖然としたマッドバニーが本音を呟くのと入れ替わりに超次元通信が入る。悪の尖兵マッスルラビットはノルマをクリアした報告ついでに軽いクレームを加えた。まるで巨大生物の登場が彼女のせいに違いないとの決め付けと共に。
……まあそう思うのも無理はない、今までの実績を考慮すれば無理もないけれど今回は違うと彼女は全力で否定した。
『(じゃああれは、その、何?)』
『(分からないけど予定通り撤退するわ! このまま騒動に巻き込まれたくない)』
『(ヒーローが聞いたら怒りそうな台詞だな)』
自分から悪事を働くが他人の悪事は御免蒙る、今までで一番悪っぽい本音を吐きながら美波はシナリオ最後の台詞を読み上げる。
『コ、コロコロコロ、ひとまず溜飲も下がったゆえにわらわ達は月に還るとしよう。愚かなる地球人類よ、くれぐれも砂場遊びで満足しておくことだな』
地球で緩やかに滅んでいけ、最後の最後まで人類を侮蔑挑発する毒を吐き続けた月の女王は姿を晦ませる。こうして此度の人類挑発計画は完遂された。
……しかし。
巨大怪獣出現のインパクトに押され、どの程度世界に宇宙脅威論を植え付けられたかは微妙なところである。
一方、怪獣の出現は他者の目的をも阻害した。
『くそっ、答えを引き出す前に逃げられた』
神出鬼没のミラームーン、マッドバニーはまばたきの一瞬で破壊した機械人形ごと姿を消す。対する広井御斗に食い止める術はなく激しく舌打ちをした。
彼がこの戦いで欲したのはテロリストの首魁が宇佐見美波か否かの答え。そのためにらしくなく前のめりに突き進み、もう一息のところで邪魔が入った。憮然とするのも無理らしからぬことだろう。
『……にしてもあれは何だってんだ』
視線の先には山のような巨体が映る。
彼の問答に割り込み邪魔をした対象を目と耳で知覚する。謎の巨大生物、見るだけでは巌の如き揺るがぬ巨体、しかし彼の耳には振動とすり足の音が聞き取れる。
マッドバニーの反応からミラームーンも想定外らしきあの巨体は徐々に動いている。その方向は──
『み、御斗ぉ、へるぷみー』
姉から救助要請が届く。強烈な物理衝撃で揺らされたウイングスーツはシステムが復旧せず身動きひとつ取れない拘束具と成り果て彼女を縛っていたせいである。
縋るような音から彼女の窮状は聞き取れる、無碍にも出来ぬと悩める弟はため息ついて救助信号の元へと躯体を走らせた。
******
メディア各位は大騒ぎ、世界規模の祭りを開催していた。
連合とミラームーンの交渉決裂、女王を名乗る首魁による全世界に対する宣戦布告。そもそも会談を持ちかけた連合の一角が友好を装い騙まし討ちを仕掛けた大スキャンダル、さらにミラームーンの問答無用ぶりは連合の無礼が態度硬化させたのではないか等、政治的な責任追及議論がひとつ。
そしてもうひとつは軌道エレベーター建設島に現れた謎の巨大生物の話題。
『こちらユートピアン支局のメイヤーがお送りします。突如としてこの地に現れた巨大生物は時速二キロという低速で島に上陸、軌道エレベーターへと向かっていると予測されています』
『テロ組織ミラームーンとの関連は如何でしょうか』
『環状諸国連合の広報部はミラームーンによる破壊工作、軌道エレベーターに対するテロと断定、対象をMM1号と名付け排除の方向で──』
「わたしのせいにすんな!」
午後三時、おやつの時間。
作戦撤収より二時間ほど経過した現在、地上の混乱は月にも波及していた。といっても責任を押し付けられ荒れていた月の住人はひとりしか存在しないのだが。
「あれ本当に宇佐見の仕込みじゃなかったのか」
「だから違うってば! そもそも動物の研究は手をつけてないし!」
エクレアなどをパクつきながら弘士は悪の怒りを聞いていた。天才を超えた神才は基地内で色んな研究をしているのは彼も知っている。主に行っているのはミラームーンの活動に関するものと、人類の将来を見据えた宇宙開発関連。
「テラフォーミングだっけ? 惑星環境改造の一環で植物は弄ってただろ」
「植物と微生物は手をつけてるけど動物はやってなかったの」
「なんで?」
「動物は環境に応じた調整が適時必要だし、管理も大変だし」
まるでペットを飼う心構えのようなことを言う科学者。自身の役柄にマッドをつけるような酔狂にしては常識的な倫理観、それに彼女は弘士に嘘をつく理由もないのでおそらくは本当なのだろう。
「もっと信じて」
「ならあの怪獣はどこの誰が何のために用意したものなんだろうな」
「今調べてる」
自分に濡れ衣を着せられた美波はご立腹で真実を追究していた。中には直々に出向いて大演説をぶっ込んだのに最後の最後で話題を持っていかれた憤り成分も多量に含まれてるような雰囲気で。
「……もしや俺達と違って本物の宇宙生物っていうのは」
「それはないわね」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「太陽系レーダーに外宇宙からの侵入反応は無かったから」
「なんて?」
「念のため軍事衛星に気象衛星、国立天文所にアマチュア天文家のグループチャットまで監視してるけど同じく接近する天体や落下物の目撃情報はなかった」
悪の侵略者は自身が宇宙の脅威を主張する以上、本物の出現には細心の注意を払っていると主張する。そして判明する事実、太陽系レーダーとかいう謎技術により地球圏は見張られているらしい、フフフ怖い。
「わたしの技術の上を行くステルスが使われてなければ、の話だけど」
「……ちなみに冥王星は含めてるのか?」
「一応入れておいた。ハデスとプルートファンが可哀想だし」
「わかる」
女王の主張により真なる未知との遭遇ではないと仮定した上で、ならあの怪獣は何なのかという問題に立ち戻る。地球外生命体でなければ地球内生命体ということになるが、あんな生物が自然発生で生まれることはあるのだろうか。
地上では自重が動物の巨大化を妨げる原因になっている云々は恐竜や怪獣の解説でよく語られる内容だが、あの謎生物はそれら常識から逸脱している。
「GEなんてものがある時代、常識で語るのも無意味かもしれないけどな」
「それはそう」
かくいうGEで既存の科学をぶち壊している少女が同意する。彼女の存在があるせいで誰かが生物学の常識を破壊した可能性を全く否定できないのが困り物だ。
「他にはヴィランがGEで怪物を作った可能性」
「ヴィランの介入も許した覚えはないんだけどなぁ」
『ユートピアンの防衛隊がMM1号の排除を決定、一斉攻撃が始まる模様です』
美波があれこれ調査している間に各国政府は決断を下したようだ。今はまだ積極的な破壊行為に至っていない怪獣、しかし前後の関連からミラームーンのテロと断定された以上見過ごすことは出来なくなったのだろう。エレベーター建設島はユートピアンに比べて建設関係者しかおらず、一般市民が住んでいないのもプラスに作用したのか攻撃の決定は早かったといえる。
『ああっ、始まりました! 精密爆撃と砲撃の波状攻撃、これはひとたまりも』
「アナウンサーは失敗を期待してるだろこれ」
弘士の勘繰りが当たったのかどうか、人類の攻撃を避けも防御もせずまともに受けた巨大怪獣は悠然として動じない。
「効いてない……?」
「効いてはいるけどすぐに治ってる」
「それで宇佐見は何をしてるんだ?」
「あの生物の細胞片を回収分析」
怪獣討伐の生中継を瞳に映しながらモニターでは別の計算を行っていた。彼女が向けた興味の先は防衛隊が倒せるか否かではなく正体に尽きるらしい。脳内リソースを分割させてのマルチタスクは高速で謎のベールを剥いでいくが、
「成分は海水にタコヤドカリウミウシアメフラシイソギンチャク……なんだこれ」
「嫌な予感がするんだがどうした?」
「クマとヒトの遺伝子が混ざってる」
「なんて?」
天才を超えた神才の手が止まる。海から現れた謎生物、解析すればほとんどの構成物質は海水、モデリングに近海の海洋生物を流用。出現地点が海岸だったのだ、ここまではまだ分かる。
しかしどうして熊、そして人間が混ざってくるのか。
さらに一番の問題。あの巨体、陸上では身動きどころか自重で構造を維持できなさそうな肉体を形作っている表層、外骨格ともいうべき体表組織は
「ヒト細胞ベースのキメラ構造で支えてるって非常識すぎると思う」
「お前が言うのか宇佐見」
「わたしなら専用の細胞をデザインするかな」
「対抗心を燃やすな」
遠まわしな結論だが、MM1号は何かしらの人為が生み出した生物らしい。誰が何の目的で、どうしてあのタイミングで──冤罪をかけられた彼女の追及が続く中、弘士は素人意見で恐縮ですがと映画で定番のネタを差し込む。
「古の大怪獣や下水道のワニのように海洋汚染だの放射能汚染だのはどうだ」
「ああいうネタの源流は大英帝国の下水に棲んでたネズミらしいのよね。でもただの汚水や放射線で突然巨大キメラ化はしないでしょ……うん?」
広く展開させていた空間投影モニタのひとつが緑色に点滅する。彼にはこの反応に仕方に覚えがあった、作戦開始直前にソル・ソーダー達の正体が判明した流れ。
何やら嫌な予感がするアゲイン、弘士の不安を余所に美波はモニターを覗いて何事かを確かめる。
「あれ、検出したヒト遺伝子の追跡データが出てる。なんでこんな早く──」
「どうした、何か悪い知らせか」
「対象名リンハルト・ヴァイゼリヒ、ヒーローネーム・キマイラリッター……」
「なんて?」
弘士は知っている、美波がミラームーン計画で悪の尖兵を任せる人材を探していたこと、そのために世界中のGE情報を集め研究と分析解析をしていたことを。
その膨大な情報の中には当然現役ヒーローの個人情報とGEの内容も含まれており、特に今作戦にあたり五十人選抜のヒーローは徹底した調査対象に含めていた。
「キマイラリッターのGEは『肉体剛創』、動物の遺伝子を取り込んで自分の肉体を発展強化させる」
「おう、一番最初に殴り倒したのはそいつだった気がする」
「……わたしが今思いついた仮説は二種類」
悪の科学者は真顔で指折り数える。
「ひとつは彼の体細胞が何かしらの原因で飛び散り、なんらかの理由で海に流れ着き、どうしてか死滅する前に汚染や放射能などの外部刺激で異常活性して海洋生物を取り込み暴走した」
「仮定の上に仮定を重ねていて苦しい」
「もうひとつだけど」
「既に嫌な答えが思い浮かんだんだが?」
多分そちらが正解だろうな、という顔で弘士は先を促した。おおよそミステリーでも料理対決でも本命は後出しされるもの。先出しの推理が公式見解に採用されたオリエント急行は珍しい例だなあ、などと既に逃避の準備は充分だった。
「マスラビにぶっ倒されたキマイラリッターが反撃すべく海で遺伝子摂取しまくったら能力の許容量を超えて暴走した結果ああなった」
「俺は悪くない!」
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あと6話で終わります
書き終えて予約もしているので安心です
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