ムーン23 聴き取るのは声にあらず

『(こちらマスラビ、どうにかソーダーは抑えた。広井も無事だ)』

『(それは何より)』


 弘士からの報告に美波は胸を撫で下ろす。ソル・ソーダーこと広井天音のGEを看破した直後に欠点も判明、通信で伝えたタイミングにパワードスーツのウイングが破損とジェットコースターな展開。

 彼が落下する天音にトドメを刺すフリで救助を試みたところまでは追跡できたが結果はモニター越しでは分からなかったのだ。


『(残りのノルマをこなそうと思うが、そっちは大丈夫か)』

『(あ、うん。ラビRとラビLで足止めしてるから)』


 意識リソースを全域の戦況把握とソル・ソーダーのGE解析に振り分けていた悪の女王は足元、玉座UFOの直下で行われていた戦闘は後回し。ソーダーの支援騎ガンナーに対しラビRとラビLで時間稼ぎさせるに任せていた。

 ラビトノイドはマッスルラビットと同等のバリア機構を搭載した人型機械。ソーダーのGEで加速させた双剣でも防御できるのはマスラビが証明した通り、二機あれば並のヒーローなど余裕で抑えられるはずとの判断だ。


『(だから比呂田くんはノルマを優先して)』

『(了解した)』


 ソル・ソーダーの一件は悪い結末を迎えずに決着を見た。想定外の変数を処理できて一安心、計画は予定の工数を消化すべく再び軌道に乗り。

 ドォン。

 銃声にしては激しい炸裂音が真下で響き、すわ何事かとバッドバニーが足元を見た先に、任せて安心ラビトノイドの一機が足元で黒煙上げて壊れていた。近侍メカのライトウイング・ラビR大破。


『らびあるぅ!?』


 思わず素に戻り女王の演技を忘れた美波。落ち着く暇もなく空いたリソースでソル・ガンナーの情報をなぞる。広井天音に比べて弟・御斗のレポートはきちんとまとめられていた。姉弟の違いは性格によるのだろうか、外見に反した生真面目さが文面からも見て取れ、二度声を交わした彼女には面白い。

 彼のGEは『声心感読』、他者の声から感情と表層意識の情報を得るタイプらしい。つまるところ嘘発見器みたいなもの。


(表層意識なら内面を覗かれるわけじゃないから問題ない、けど……)


 読心術の類ならば姉の天音と異なり戦闘能力には直結しないはず、にもかかわらずラビRは撃破されている。この矛盾を探るべくガンナーのグランドスーツ試験運用データを総舐めする。先入観は学問のご法度、特に科学は実証実験のデータこそが真実を語るものだ。天才を超えた神才は基本に忠実なる視点で掘り下げひとつの取っ掛かりを得る。


(射撃の成績がおかしい)


 御斗は偏差射撃、敵の動きを予想し進路先に弾を置きに行く射撃の命中率が異常に高い。時に百パーセントに迫る日がある、これは着目すべき点だ。

 まるで未来予測、しかし彼のGEに視覚的要素がないのは明らか。彼が知覚するのは声であり、含まれた感情や表面の意識であるはず。彼のGEに『声を見ている』と記された表現に美波は違和感を覚える。

 当たり前だが試験に使用した標的はヒトではない、クレー射撃などでも使用される陶器製の円盤やドローンだ。声など発しない、心も持たない標的相手に彼のGEは作用するはずがない、されど偏差射撃の命中率が異常な数値を叩き出す、そんなことは有り得るのか──


(……これ、声だけじゃないでしょ)


 人類の敵は数多くのGEデータをクラッキングし、分析し、未覚醒者の能力を検知、覚醒を促せる技術まで持つ世界最高のGE研究者に達している。

 その知見で彼女は登録された知人の個人情報が誤りだと指摘した。


(彼のGE対象は声じゃなくて音!)


******


 広井御斗がヒーローとヴィランの戦場に赴いたのは姉のような真っ直ぐな正義感によらぬ個人的理由だ。

 悪の女王マッドバニーが彼の知る少女か否かを確かめる一点に尽きる。

 人嫌いと認識された御斗が出会った宇佐見美波という少女はちぐはぐだった。外見の印象はおとなしげなのに不良と噂される彼にも物怖じせず、汚れを気にせず溝に手を突っ込む。見知らぬ幼児のために身体を張りながらも自らの手は汚れていると笑う姿は異質に映った。

 御斗が聴き取った彼女の心は澄んだ音だった。しかし悪を自認する言葉にもまた嘘を感じ取れず、矛盾した有り方が彼の記憶に強く刻まれた。 


(おかしな女だ、で済めばよかったんだが)


 そんな少女と似た音を発する女がテロリストの首領としてメディアを乗っ取った驚きは言葉に尽くし難い。声音そのものは加工され、スピーカー越しで異なる音に聞こえた。それでも彼には、彼のGEには同じ音に聴こえたのだ。

 すぐさま確かめようとした、普段は避けている姉のクラスを訪ねてまであの少女とコンタクトを取ろうとした、しかし少女は居なかった。


『家の事情で来週一杯まで休むって』


 来週末、つまりミラームーンが連合との会談に姿を現す日に符合する。

 噛み合わない事実と噛み合う情報が交錯し、御斗の望む真実はまるで掴めなかった。彼にはGEの影響で今まで避けてきたヒトの心根、本音を自分からここまで探った経験はなく、


(彼女の、底抜けの善人にしか見えなかった彼女の心が知りたい)


 他人の心根が音で聴こえてしまうがために耳を閉ざしヒトから遠ざかる選択をしてきた彼にとって、初めて浮かんだ情感。

 名付けるならば執着か、それとも別の名前かを広井御斗に顧みる余裕はない。かつてない情念に突き動かされ、それを阻むものがあるのなら、


『高周波弾、射出!』


 御斗のGE『声心感読』は父親が名付けた、しかし能力の本質は突いていない。何しろ当人が分析に非協力的で全容を知らぬ形の命名だったからだ。

 彼はGEを疎んじていた、知りたくない情報を得てしまう能力を積極的に活用したいとも思わなかった。故に読心術めいた能力だとの言い訳でヘッドホンをつけ、人を避ける形で極力声を聞かない姿勢を貫いた。

 結論から言えばこれらの理由は不充分。

 本当の理由はさらに先、柔軟な発想にこそ原因があった。


(そうだ、余計なことを考えちまったせいだ)


 声とは体の中から吐き出される音のうち、喉から発し舌で制御したコミュニケートに使えるものを指す。しかし医者ならば心音や内臓の音、打診聴診である程度の体調を察知できるという。それらは当て推量の山勘ではなく「この音はこういう異常を知らせている」ことを聞き分ける知識と経験に裏打ちされた技術の結晶。


(──なら同様に、声ならざる音に含まれた情報なんかも色々あるのか?)


 GEは人類の可能性だという。

 ひらめきで己の可能性を拡張させた彼のGEは成長し、あらゆる音に含まれる情報を知覚できるようになってしまった。足音ひとつに年齢感情行き先、車のクラクションで車種や運転の癖、鳥の羽ばたきは種類速度性別羽根の枚数を伝え、あらゆる音から押し寄せる情報量に翻弄される日々、御斗がGEを疎んだ理由としては充分だろう。

 やがて意識的に情報の大半を無視できるようになったが、それでも人間はコミュニケートの手段たる他者の声には反応してしまう。

 御斗は子供の泣き声を無視できず、彼女に出会ってしまった。

 声だけでは本意が分からない、おかしな彼女と。

 広井御斗は昨日まで目を背けていたGEの本質、音から得られる情報の拡大知覚に自ら手を伸ばす。


(使ってやるよ力! 誰が押し付けたか知らねえがありがたく思えよ!)


 名付けるなら『声音万読』、知りたいことを識るために使う力。

 先に放った高周波弾は人間の可聴域を超える音を発し続ける特殊弾頭。この戦場一帯に響き渡る超高音はヒトの耳に聞こえない形であらゆる物体に反射反響。

 御斗にも音は聴こえない、ただ聴こえなくとも音は音、彼のGEには情報が押し寄せる。音を反射させた人型機械のデータも乗せて。


『これでもくらえ!』


 右腕のマシンガンを二機の人型に乱射する。躯体の反応は試験運用時よりも速い、それでもウサミミロボは易々と回避してみせる。二機のメカは積極的に攻めの見せてこない、こちらが撃てば防御或いは回避行動を採り膠着状態を作り出す。

 足止め、そんな言葉が耳に届くことに御斗は苦笑する。悪の宇宙人とは思えない消極姿勢はまるでどこかの誰かがオレと戦いたくないみたいだと。


『なら面と向かって言いやがれ! 聞いてやる!』


 再びの乱射、メカの一機が回避に高速機動の音を発する。戦場に反響する音と発する音の向き、発生源と大きさで移動の方向とポジションは聞き取れる。

 ならばそこに銃弾を置くだけだ──ガンナーの左腕は単発の大口径弾をあらぬ方向に撃ち出して。

 自身への攻撃と認識できなかったラビRは高速で砲弾の追加点に移動し、自ら障害物に激突した。


『らびあるぅ!?』


 僚機の大破をカバーしようと動いたもう一機も自滅の道を辿る。機械らしい融通の利かなさは御斗の「攻撃と思わせない攻撃」に対処できなかったのだ。

 かくして女王の直衛は一人のヒーローの前に敗れ去った。


******


『コロコロコロ! 愚かなる地球人類よ、よくもわらわの衛士を──』

『戯言は要らん』


 御斗は無為な雑談を交わすのも嫌いではない、しかし相手は選ぶ。少なくともマッドバニーを名乗っている輩と話すつもりは一切なかった。

 彼が狂乱のヴィランに求めるのはたった一言に対する返答。


『オレが聞きたいのはひとつだ、答えろ。お前は』


 ともすれば言葉の銃弾となるはずの質問、彼と彼女の終わりを告げたかもしれない問い掛けは不発となる。

 何故ならば、大爆発が起きたからだ。


『なんだァ!?』


 遠方より届いた強烈な雑音に御斗のGEが反応し、思わずそちらを振り向いた。大地を、海原を揺るがせる爆発、だが泡のように弾けたそれは爆弾によるものではないと能力が囁く。

 ならば何事だ、彼の疑問に視界が埋まる。広がる爆光の代わりに残ったのは質量を伴う物体、いや、生物だろうか。

 湿り気を帯びた体表面はウミウシのようであり、巨大な殻はヤドカリ、無数の触手はイソギンチャクを彷彿とさせる偉容。

 ──そう、偉容だ。

 無人島にそびえるバベルの塔向こうにあるはずのクリーチャーは御斗たちの居る場所からでも目視できる、できてしまうほどの巨大生物が突然現出した、ということだ。

 まるで人類の希望たる軌道エレベーターを押し潰すために用意した怪物、生物兵器の投入。動揺の激震が音となって伝わる感触に御斗は眩暈を覚える。


(土壇場にこんな隠し玉があったってのか!?)


 島全体を巻き込みかねない怪獣の出現に思わず空を仰ぎ見る。そこにはUFOに腰掛けた女が、或いは彼が交感を得た少女かもしれない女が変わらぬ姿勢で地上を見下ろしたまま、


『何あれ』


 広井御斗は聞き取った。

 彼女の驚きには一切の嘘がなかったと。

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