ムーン22 天難去ってまた地難
【警告、浮遊体一騎接近。識別完了、登録名ソル・ガンナー】
(立て続けにノォ!?)
新たなる敵出現を告げる機械音声のアラート、宇佐見美波は心の中で頭を抱えた。
太陽の翼騎士ソル・ソーダーには随伴する支援機がいることは分かっていた。電磁推進ホバーで悪路を走破、中遠距離からの狙撃を主としたグランドスーツ、登録名称ソル・ガンナー。ただ作戦開始直前に判明した事実が問題だった。
中の人は広井御斗、クラスメイトの双子の弟。しかし美波には、
(なんで五百円の人がこんなところに!)
奇妙な縁で二度ほど顔を合わせた不良っぽい善人、彼女にとっての彼はそういう認識である。特に素性を探ったりもせず、名前を知ることもなく、同級生の弟だとも今日知ったくらいの関係。
それでも美波は激しく動揺する。狭い人間関係の中で生きてきた彼女には印象深い出会いであり、さらにこのような形で三度目を味わうとは予想にもしなかったせいだ。緻密な計画は想定外に弱いもの、思わぬ変数の値に叫びかけた口を平手で押さえ、両手で頬を二度叩く。
(ええい落ち着けマッドバニー、今のわたしは月の女王!)
マッスルラビットも同級生相手に苦慮しているのだ、自分だけ呆けている場合ではないと悪の発起人はどうにか気持ちを切り替える。彼らを無難に退けこの場をやり過ごすことに全力を傾けるべきと改善案の構築に走る。
『わらわの玉座に這い寄るなど無礼な輩よ。ラビRラビL、遊んでやるがよい』
急場凌ぎ、迫る知人には傍らのラビトノイドを差し向けた。女王を名乗る者に近侍がいないのは不自然と体面を気にして用立てた機械兵士だがヒーローひとりを足止めするには充分すぎる性能を与えたはずである。こちらは時間を稼ぐ間、空飛ぶ剣撃天使を安全に攻略すべく情報を斜め読む。
資料や報告書は多く、そして被験者の報告書はいまいち要領を得ない。広井天音は昔から国語力が高くなかったことは分かった。
(それはともかく──)
その他研究者や現場監督者の記した膨大なデータを読み解き、推移を比較し、対処を把握して、天才を超える神才は攻略の足がかりとなる推論を組み立てた。
そうして導き出した答えだが、これは、まずい。
『(比呂田くん、急いでソーダーを取り押さえて!)』
『(いや、そうは言っても加減が)』
『(強引でもいいから! そのままだとソーダーがバラバラになる!)』
『はァ!?』
物騒な結論に内線なのを忘れて驚いてしまう弘士、仮面の裏の美波も同感だ。
広井天音のGEは『急加減速』、慣性制御の一種。
交通安全の標語「車は急に止まれない」のように、一度勢いの付いた物体は急ブレーキをかけても押し流され、容易に運動を停止することは出来ない。この押し流す力『慣性』の影響で高速に移動する物体ほど小回りは利かなく衝突の危険が増す。
そこで求められたのが慣性をコントロールする技術、慣性制御。現行科学では低減がせいぜいのこれを天音のGEは限定的に可能とした。慣性をゼロにした急停止、逆に低速を即時フル加速にスピードアップさせる使い方をしているようなのだ。
『急加減速』は美波の超科学を上回り、GEで加速させたソル・ソーダーの高速剣は力場変異調律で食い止められないほどに強力な物理干渉を実現、ソーダーの流体機動も機体の性能より天音の能力があってこそ叶う飛行と判明した。
──しかし。
(これパワードスーツにかかる負荷を相殺し切れてない!)
過去データを分析すれば『急加減速』の強力すぎる干渉が機体にダメージを与えているのが見て取れる。慣性は打ち消せても風圧は受ける、有り得ざる高速機動はスーツ全体、特に背部ウイングスラスターの損傷は甚大。基本的な動作確認が目的の試験飛行ですらその有様、強力無比なるマスラビ相手に無制限の全力機動を繰り返している今は、今は。
『(無茶機動で過去に無いダメージを受けてるはずなの! 早く捕まえ──)』
悪の見解は正しかった。多少強引にでも捕獲すべしと急かすよりも早く。
バキン。
天使の翼は折れ砕けた。
******
広井天音はノリに乗っていた。正義感から来る義憤と普段加減している力を全力で発揮している高揚感が交じり合い、ある種の興奮状態にあった。
『このまま押し切らせてもらうわよ!』
『はァ!?』
目の前の怪人が驚愕の声を上げた。
宇宙人を名乗る狂人、数多のヒーローを打ち倒し無敵を誇ったヴィランを相手取り奮戦するのは彼女の躯体。ツバメのように舞いカマイタチのように斬り付ける高速近接戦法──弟は「虻蜂みたいだな」などとひどい表現をしたものだ──は付かず離れず、マッスルラビットを翻弄しているように映る。
怪人の叫びは戸惑いと焦り、天音はそう解釈する。
『チャンス!』
天音は己のGEに自信を持っていた。中学の頃に目覚め、ただ強くなったと無邪気に喜び、クラスメイトから除け者扱いされる寸前に追いやった力。
そして運命の出会いをくれた力。
あの日、ただ振り回すだけでなく加減し制御することの大切さを教えてもらって以降、彼女は常にGEのコントロールを意識した。常に気を張り、緩め、不意に力を使用しては維持する地味な繰り返しを続けて今がある。
広井天音はヒーローをしている、けれど彼女にとっては『彼』こそがヒーロー。
与えてくれた思いを胸に、力を揮っている。
『三段ループ加速!』
ソーダーのスラスターが一層輝き、ウイングスーツは有り得ない急制動と急旋回を重ねて敵対者の動体視力を惑わし超える。眼前に迫りマッスルラビットの視界を埋めた次の瞬間、既に彼女は敵の無防備な背後に滑り込んだ。
『獲ったァ!』
移動力を攻撃に転化、全身を反転させた回転斬りがヴィランに手痛い一撃を──
バキン。
気流で音は聞こえない、ただ背中辺りで金属のへし折れる感触がした。
『へ?』
何が起きたのか、天音の素っ頓狂な疑問符は即座に解答を得た。彼女は、自由に空を舞った彼女の操縦する躯体は糸の切れた人形の如く浮力を失い墜落を始めたのだ。
慌てて姿勢を立て直そうとする、飛行しようとするも反応はない。バイザーに灯るレッドサイン、ウイング喪失の簡素かつ重要すぎるエラーが危機を告げる。
事ここに至り、ようやく天音は理解した。
(ウイング折れたの!?)
混乱のまま反射的にGEを駆使、落下の阻止に励むも効果は無い。彼女のGE『急加減速』は慣性を増減させる力、引力重力には抗えないのだ。
(駄目、落下は止まらない、止められない!)
『無様だな地球人類よ! 我輩がトドメをくれてやる!』
そのままで墜落死は免れない天音に悪党は追い討ちをかける。真っ逆さまに奈落へと墜ちるソーダーの躯体をマッチョな双腕が抱きかかえるように掴み、そのまま重力に上乗せする勢いで加速をかけた。
『マスラビィ! メテオォ、ダウンンンンン!!』
一対の隕石と化したマスラビとソーダーが地面に激突した。舗装されたアスファルトが爆散、巻き上がられる粉塵が噴火のように一帯を覆い隠す。
朦々と立ち込める砂塵の中、地に伏した天音にはまだ意識があった。身体は動かない、だがそれはウイングスーツが衝撃によるシステムエラーを起こしたせいで体の痛みはまるでない。それどころか爆心地の真ん中、火山爆発にも似た大質量攻撃を受けたはずなのに被害はウイングスーツの動作不良のみ。無傷に等しい状況で天音は戸惑うばかりである。これでは攻撃を受けたというより墜落から庇われたかのような。
『あいたた……』
状況を把握できない天音の横でゆらりと起き上がる影ひとつ。マッスルラビット、彼女が今まで戦っていた仇敵は傍らのヒーローにまだ意識があることに気付いてなさそうに頭を押さえて首を振っていた。
(今なら不意打ちのチャンスなのにピクリとも動けない!)
気付かれればトドメを刺される緊張感の中、息を潜めてどうにか奇襲できないものかとシステム再起動に四苦八苦している天音。彼女の心情を知る由もない悪の宇宙人はため息をついて、
『しかし加減と制御か』
『こんな難しいことをよくやれと言えたもんだ、反省』
独りごち、新たな敵を求めてか飛び去った。砂煙収まらぬ中、放置されたのは呆気に取られる広井天音十五歳。
天音は恋をしていた、GEのせいで孤立しかけた彼女を救ってくれたアドバイスの主に。あの時の言葉は今も胸の中で力強く彼女を支えている。
適切な力加減と精密なコントロール、天音の金言なのだが──
(なんでヴィランが彼と同じこと言ってんのよ!)
広井天音は弟に比べて察しが悪かった。
******
『えっ、なんで!?』
『オレが聞きたいのはひとつだ、答えろ』
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