ムーン21 天使の武器はスイートメモリー
実のところ、空を飛べるヒーローやヴィランの数は少ない。飛行能力に目覚めるGEは非常に少ないためだ。GEとはヒトの可能性、おそらく人類が進化の果てに身ひとつで自由に飛び回れる確率は低いのだろう。
だから大空を渇望した新人類は科学で補った、過去の人類がそうしたように。
【警告、飛行体一騎。識別完了、登録名ソル・ソーダー接近】
鋭角のシルエットをした翼の騎士が飛来する。
全身を包み込むパワードスーツは装着者に鉄の翼を与え、短時間ながら大空の支配権を人類に貸し与えた。天を往く太陽の勇士は勢いを落とさぬまま両腕のブレイドを展開、陽光を反射させて月の悪魔の打破を誓う。
『ここで会ったが百日目よ、この悪党!』
『ハッハッハッハッ! 地球人がよく吼える!』
『こっちは期末前で忙しいのよ! もう悪さできないよう叩きのめしてあげる!』
目前に迫ったソーダーは鋭利に角度を変えて胴薙ぎに変化を見せる。加速の乗った双撃が瞬時に叩き込まれるもウサギの二の腕が軽々受け止める。マスラビの左カウンターが伸びた時、既に眼前から鋼鉄の翼は距離を置いていた。
両者の攻防はこの形で推移する。マスラビが積極的に攻撃を仕掛けない点を考慮してもソーダーの打ち込みは果敢であり流麗、そしてヒットアンドアウェイを不可解なレベルで成立させていた。
彼は以前の交戦で評した、ソーダーの機動性は不自然なまでに自然だと。
如何に高速で機動できるとしても減速停止する瞬間はある。攻撃する時、防御回避する時、勢い余りに制動をかける時……それらに発生するはずの時間的隙間が敵対者には存在しない。
彼女は思うが侭に動作の連続性を保っているのだ、まるでマッスルビットのように、否、超科学を駆使する彼をも凌駕するかのように。
『チッ、小癪にも素早い!』
『あんたなんかに負けられない! こっちはGEの制御に魂賭けてんのよ!』
少女は心に誓ってGEという暴れ馬の完全制御をしている。
──正確には思い出と恋心に、であるが世界生中継でそう言い放てるほど天音には度胸がなかった。
******
広井天音がGEに覚醒したのは中学に入学したばかりの頃。
GEの多くは特異な力を得る他、肉体の性能も向上する。天音もその例に漏れず強靭さを得たのだが、二次性徴期は男女の肉体差が明確になる。女子の体力では男子に勝てなくなる時期、しかしGEの影響で天音は男子を易々と凌駕してしまう。
「えっへん、ぶい!」
子供心に無邪気な自慢を出来た時間は短い。体力測定で、陸上のタイムで男子を超える記録を叩き出し、それは奇異に見られた──男子からだけでなく女子からも。
当時の彼女は何故そんな目を向けられたのかを理解できなかった。GEが確認されてから半世紀未満、存在の認識は広まっても絶対数は少なく、身近にGEがいると想像できる程ではない。まだ覚醒者のメンタルケア以前に自覚も当人の判断に任されているのが実情。
「何よ、あたしの何が悪いっていうの……?」
天音は落ち込んでいた。何事も手を抜かず全力で、努力を美徳とされる教育を素直に受け取っていた少女はその通りに実施し、白眼視されたことに傷ついた。
今日などはクラスメイトに「天音ちゃんがいると体育がつまんない」と言われ、その場では我慢したが放課後は裏庭で膝を抱えて涙ぐんでいたのだ。
理解者の居ない孤独を噛み締めていた彼女の転機は、とある出会い。
「あれ、こんなところで何してんの?」
たまたま通りがかった少年が悲嘆にくれる天音を見つけたことより始まる。
「だ、誰!?」
「あれ、どこか痛いの? 泣いてるみたいだけど保健室に行く?」
「な、泣いてなんかない! どこも痛くないよ!」
「ふむ、じゃあ痛いのは心かな。悔しいとか腹が立つとか」
心にストンと嵌る言葉だった。そう、彼女は悔しいし腹を立てていた。どうして出来ることを一生懸命やって嫌われるのか、嫌な顔をされるのか、変なものを見る目で見られるのか、理不尽に心を焦がしていた想いをよく知らない少年にぶつける。
天音の懊悩を見抜いた少年は彼女の憤りを無視せずに耳を傾ける。
「あたしは頑張ってるのに、どうして!」
「まあ出る杭は打たれるものだしね」
「でるくい?」
「変に目立つと嫌われるってこと」
「でも何事にも一生懸命やらないとダメなんだよ?」
悪目立ちすることのデメリットは彼女にピンとこない理屈だった。学校教育では「他人の顔色を伺え」「不用意に個性を主張するな」などと教えられない建前社会の限界だろう。
少年は家庭の事情で少々早めに世知辛い社会を知っており、少女の真っ直ぐな言葉に純粋さを見出して既に自分には無いものだと微笑む。
彼女の心根を否定せずに軟着陸させる手段は無いものか──ふむ、と少年は年に似合わない大人びた姿勢で考え込み、
「なら技術で勝負するスポーツはどうかな?」
「……ぎじゅつ?」
「ちょっと付いてきて」
少年に連れられた先は運動場の端、バスケットボール用のスペースだ。今日の部活は体育館を使用しているのかこの場には誰もいない。途中でバスケットボールを二個調達した彼は二十メートルは離れたゴールリングを指差し、
「ここからあそこにボール投げてゴールできる?」
「……届くとは思うけど」
何故そんなことをさせるのか、天音は理由の分からないまま渡されたバスケットボールを投げる。勢いは充分、女子の腕力とは思えない威力でゴール目指して宙を飛び、ゴールリングの上を飛び越えて向こう側に落ちた。
ただの大暴投、体力馬鹿の彼女が体育種目で上手くできないのは珍しい。ただ少年はこの結果を予想していたようだ。
「うん、ちょっと腕力があっても出来ないよね。適切な力加減と精密なコントロール、そういうのを身につけないと」
大人びた笑いで少年は天音を諭し、続けて自分がボールを投げる。山なりの軌跡は勢いこそ天音のそれに大きく劣るも見事にゴールを潜り抜けた。
ポカンと口を開ける彼女。力で負けたとは思わない、でも負けた。凄い勢いでボールを投げることの出来た彼女より、ふんわり山なりで投げた彼の方が優れた結果を出したのは明らかだった。
「体力勝負だと生まれつきだとか体格の差だとかでやっかまれるからね。でもシュートとかボールのコントロール技術なら努力の賜物だって言い張れたりできるよ」
天性のセンスって言葉もあるけど、少年がモゴモゴ誤魔化した部分は天音に聞こえなかった。言葉より行動に、難しいシュートをあっさり決めた少年の成果に驚き、感銘を受けたのだ。語彙の少ない彼女に今の感動を言い表すのは難しい、それでも要約して概念を叫ぶなら、
「かっこいい!」
「そ、そう?」
「そう、あたしよりかっこいい!」
天音が泣き止み、元気を取り戻したのを確認した少年は面映かったのか、
「まあその、なんだ、無理はしない方がいいよ。根を詰めても良いことはないからね」
用事があるんだったと言い訳しながらヒーローはボールを携えて立ち去った。
彼にとってはなんてことの無い一日だったかもしれない。しかし彼女にとっては運命の出会いと受け取るに充分な一日。
以降、自分がGEの影響で強くなったことを認識した天音はフィジカルでごり押せるスポーツからは手を引いた。代わりに自身の身体能力を制御、体力配分を周囲に合わせながら技術で勝負できるスポーツに打ち込み、体力馬鹿ではなく技術屋として部活助っ人三昧の環境を手にするに至る。
──その彼とまさか高校で初めて同級生となった彼女の心境や如何に。
「あ、あたしは広井天音、よろしくッ」
適切な力加減と精密なコントロール、あの時少年に貰った言葉を胸に、孤独から解放された広井天音は空を飛ぶ。身体能力と同じようにGEの力を使いこなし、制御して今度は自分が誰かの助けになれるよう、いつか彼に胸を張って頑張っていると言えるように……できればその時告白できるといいなと淡いことを考えながら。
なお、今戦っているのが思い出の少年であることはまだ知らない。
******
『(おい宇佐見、来たぞ来ちゃったぞ、どう対処すればいい!?)』
優雅と傲慢の裏で悪役二人は慌てていた。それはもう慌てていた。
直前にソル・ソーダーの正体を知ってしまったがために。
比呂田弘士にとっては中学時代からの顔見知りかつ日直の相方、素知らぬマスク越しに殴り倒すのはどうしても躊躇いが生まれる。
宇佐見美波にとっては左程親しい間柄ではないがそれでもクラスメイト、もっと穏便に鎮圧できる手段を模索してしまう。
『(分析するからちょっと待って! 上手くいなして!!)』
『(頼むぞマジで!)』
計算外の変数が差し込まれた悪の首領はフワッとした回答で結論を先送ったが、それには他にも理由があった。美波が風邪を引いて馬鹿になった日、ごく短時間だがマスラビとソーダーは交戦をしている。その時ソーダーの双剣はマスラビの不可視の盾、力場変異調律システムを突破し彼に防御をさせたのだ。
システムの力学調律を無効化した、つまり彼女の攻撃はGEを介したものだと推測できる──実に厄介なことに。
マッスルラビットには力場変異調律、超電装バリア、ナノスーツ装甲で三重の守りが張られているが詳細不明のGEには絶対の守護を保証できるものではない。
(だからやられる前にやるのが最適解なのに相手が悪いィ!)
クラスメイトを遠慮も呵責もなく殴り倒してとは言えない弱点がここにある。だからこそGEの正体を分析し、優しく鎮圧する手段を探ろうとしたのだがここにも問題が発生した。
GEの詳細が分からない、というか手に入れた個人情報に記載されてない。
まともな企業ほど情報共有は徹底し、または厳しく管理する。詳細を把握した上で誰に知る権利がある無しで分類させるわけだが、なあなあで対処する企業だとこれがいい加減になる。「自分達は分かってるからいいだろ」とシステム化を怠るのだ。
マホロバ・フロンティアは開発主任が身内をスーツに使わせている故か情報バンクに記載したGEの内容が実に適当で、美波にとっての迷彩になっていた。
(これだから身内採用はァ!)
広井天音のGEを解析すべくスーツの開発記録を読み解いて推測を余儀なくされた悪の科学者。それでも天才を超えた神才なら程なく作業を完了できたかもしれない。
横槍がなければ。
【警告、浮遊体一騎接近。識別完了、登録名ソル・ガンナー】
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