ムーン20 変数は飛んでくる
『我らミラームーンは愚かなる地球人類を知的生命体とは認めぬ』
『よって如何なる交渉も不要、無用、無理無駄無様』
『地球という砂場に巣食ったまま果てるがよい。砂場遊びに勤しむならばその有様、寛大なる心で嗤って許してやろうぞ、コロコロ、コロコロコロ!』
地球と共に朽ち果てろ。
宇宙進出に希望を抱く人類全体を侮辱した台詞が美波の計画折り返し、前半戦終了の合図だった。
そろそろマッスルラビットがヴィラン同盟(仮)の上陸にちょっかいを出して不意打ちを失敗させている頃合。彼はヴィランを倒さずエレベーター防衛隊と噛み合わせる手筈となっている。
これより後半戦スタート、主役はマッスルラビット、彼女は見物人。
『もはやこの場に用は無い、わらわは愚かなる地球人類の巻き起こす喜劇を高みの見物させてもらうとしよう』
光と音を残し、マッドバニーは会場からワープで姿を消した。
三大連の一角が主催し、数多の国家組織が代理人を送った交渉。これを話し合いと評価する者は皆無だろう。騙まし討ちを仕掛けるも見破られ、言葉を交わす機会の無いまま一方的な主張を許した内容はミラームーンに利する場でしかなかった。
敵の策略を逆手に取った自己アピール、美波の謀略は上手くいっていた。
──ここまでは。
******
軌道エレベーター周辺域に集まった敵勢力は大雑把に三種類。
ユートピアン防衛隊、各国肝入りのヒーロー部隊、ヴィラン同盟(仮)。それぞれ噛み合わず、共同歩調など考えられず、または明確に敵対する集団。
そんな彼らを同じ方向を向かせて走らせるために用意したものは二つ。
ひとつは餌。
彼らが敵視する組織のトップを目の前に、手の届く範囲にぶら下げる。
もうひとつは邪魔者。
彼らが我先にと他者を蹴落とす勢いで突き進むのを横殴りして阻むもの。
この二段構えを以って偽物宇宙人たちは後半戦に挑むのだ。
『コロコロ、コロコロコロ! 絶景絶景!』
会場よりワープせしめたマッドバニー美波は空中に浮かぶ玉座に腰掛ける。
エレベーター付近を浮遊していたUFOの頂に席を拵え、二機のラビトノイドを侍らせ無邪気に笑いながらも世界を睥睨していた。UFO内部ではなくわざわざ外部にて地面を見下ろすその態度、その姿勢、古代の闘技場で拳奴同士が戦う様を見物する権力者の如し。
『愚かなる地球人類は争い事が好きなのだな、狭い砂場で同士討ちに勤しむとは呆れたものよ』
島の西側で煙が立ち上る、上陸したヴィランと防衛隊の戦闘が始まったのだ。世の混乱を象徴するような黒煙に目を細めて論評する。
そして戦闘が始まったのは対ヴィラン戦線だけではない、足元でもパラパラと発砲音が響く。メディア関係者の避難誘導を完了させた防衛隊がUFOを狙って狙撃を始めたためだ。幾千幾万の鉛玉が消費されるもまるで効果はない。
『コロコロコロ、我が尖兵に通じぬものがわらわに通じるわけなかろう』
UFOや美波の衣装にもマッスルラビット同様の力場変異調律システムが組み込まれている。音速の弾丸を停止した状態に調律するフィールドを突破できる兵器は現代科学に存在しないのだ。
『だが耳障りな音ではある。“
UFOの下部が開く、一見して爆弾投下の挙動に防衛隊は蜘蛛の子散らされる。だが何も起こらない、フェイクかと安堵した兵士たちに異変が生じた。
彼らの手にした小銃、携行武器、弾薬、兵員輸送車までが急激に腐食、風化したようにボロボロと崩れ始めたのだ。己の身に何が起きているのか、兵士たちは未知の体験に恐慌し統制を失って逃げ惑う。
散布用ナノマシン『ウェポンイーター』。
元は惑星改造用に研究していたナノマシンの流用兵器。人体に有害な物質を分解無害化する用途で作ったものを「指定登録した武器を分解」に変えただけのものだ。これを全世界にバラまけば既存兵器を一斉に失くすことも可能だが、そのやり方では武器が棍棒や投石に変わるだけと美波は実行を控えている。
かくも人の意識改革は難しい、まして地球規模ともなれば。
『ままならぬものだな』
虚構の女王は頬杖ついて下界を変わらず見下ろしていた。
******
ウェポンイーターの影響は西側の戦線にも広がる。それぞれ通常兵器を失った防衛隊と一部のヴィランは丸腰にされて逃走を図っていた。GE覚醒者でも攻撃手段が超常によるとは限らない。通常の武器を使う者も少なくないため、ただタフな一般人と化したヴィランは我が身優先で逃げ出したのだ。
一方、ヒーローはスポンサーや所属組織が専用兵装を用意・貸与しているためナノマシンの分解対象外。奇襲を防がれ、数でも武器の質でも劣るヴィラン同盟(仮)は崩壊して勝手に撤退を図るだろう。
『やれやれ、我輩の出る幕も無い。ヴィランを名乗る諸君も不甲斐ないことだ』
戦線の崩壊する様を眺めやり、さりげなく自分はヴィランではなくもっと凄い悪、宇宙人ですよアピールに余念のない弘士。口では意外そうな言うが、元より美波から彼が相手すべきは五十人のヒーローだと指示されていた以上、この結末も天才を超えた神才には予定通りに過ぎないのだろう。
『ならばやむを得ない、我輩はまだまだ元気なヒーローどもと遊ぶとしよう』
ヴィラン同盟(仮)の潰走ぶりを見送った後、空飛ぶウサギは女王の下に駆けつける。玉座の真下、UFO直下の地面にて雄々しく屹立し駆け寄るヒーローどもを待ち構える姿勢を作る。
『さあ来るがよいヒーローども、騎士たる我輩が諸君を薙ぎ払い、女王陛下へ捧げる忠誠心の礎となるために!』
ここでヒーロー達が連携し、波状攻撃を仕掛けられる関係を築けていれば良い意味でマッスルラビットは意表を突かれただろう。だが現実は悲しいかな、所属も違えば互助関係も結べていない、何より統率者のいない烏合の衆は散発的にしか行動できないもの。圧倒的な個を駆逐する力足り得ない。
『ハッハッハッハッ、雑魚が一匹ィ!』
先陣を切って現れたのは熊、いや人狼ならぬ半人半熊と言うべき屈強な男。キマイラリッター、動物の遺伝子を取り込み己の強化に使えるヒーローだ。我先にと突撃する姿は勇ましいが強敵相手に協力姿勢を微塵も感じさせない蛮勇。超科学の腕っ節が自然界の剛腕を無慈悲に殴り倒す。
『雑魚が二匹ィ!』
無造作な一撃でヒーロー・アイギスのバリアシステムが破壊され、衝撃の余波だけでアイギスは吹き飛ばされた。巧みさはない、ただ速くただ強いだけの拳がGEに目覚めた進化人類の自負とプライドを装備ごと容易く粉砕していく。
武器は持たず力場変異調律システムが付与する超重力でヒーローを薙ぎ払うマスラビの近接スタイルは乱戦を引き起こす。敵味方入り乱れる戦場は外部からの支援が困難となる、まして全体を統括する指揮官がいなければ。
『雑魚が四匹、五匹ィ!』
弱兵を逐次投入する戦場では時に質が数量を凌駕する逆転が起こり得る。圧倒的な個が軍勢を駆逐する様は現代の英雄譚、幻想的な光景にも映るだろう──無双するのが悪である点を除けば、だが。
「皆、下がれ!」
マッスルラビットが乱戦を制するタイミングを待っていたように、男の一括に遅れず炎の矢弾が水平発射される。倒された味方に当てず一人立つマスラビを狙う集中砲火、ヒーロー・フレイムアローの精密火炎だ。
『ほう、仲間が斃されるのを待っていたか。いや、仲間ではないのか?』
不意打ち気味の攻撃をもマスラビは慌てず騒がず、しかし空に逃れて回避する。無双ウサギが銃弾のように意に介さず受けるのではなく炎を避ける選択をした、これは注目すべき点である。
攻防に無敵を誇る力場変異調律システムにも欠点がある。物理現象は力学調律でほぼシャットアウトできる性能だがGEというよく分からない力を無力化できる保証が無い。
GEは現代科学の及ばない謎の力であり個人の才能に根差した能力。潜在的GEを探し出し覚醒を促せる美波をしても未だ全容の知れない可能性の発露だ。例えば炎を生み出す能力でも「生命力の炎」「異界から召喚した炎」「炎の精霊を使役」など主張も原理も様々、個々に作用を検証しなければ思わぬ不覚を取る恐れがある。
『故に有無も言わせず打ち倒すのが一番適切なのだよ』
「訳の分からぬことを!」
飛び立ったウサギを狙う狩人の矢、されど獲物を捉えることは出来ない。飛炎よりも速い悪の尖兵は砲弾と化し、伸ばした両腕がフレイムアローの腹部に突き刺さる。吐瀉物を撒き散らしてヒーローの一人がまた犠牲となる。
『雑魚が十二匹ィ』
会談に見せかけた罠を食い破り、ヒーロー五十傑の半数を叩きのめす計画は後半戦も順調に半分を消化した。
各国の思惑で五十人に選ばれたヒーローの能力は美波の無法により全て筒抜けの把握済み、力学調律で無視可能と念のため回避推奨カテゴリーに分けられ弘士のヒーロー攻略に用いられている。
まさに『敵を知り己を知らば百戦危うからず』の言葉通り、宇佐見美波の超科学と精密なる計算式が織り成した作戦行動は完璧であった。
******
ところで不確定要素の入り込む計算式には『変数』が付きまとう。
変数、値の定まらない数値のことだ。
この変数の値が予想と大きく異なると結末も比して想定外に変化する。
情報をかき集め、対処を決定し、可能な限り変数を減らし、または変数が取りうる数値の幅を予想して天才を超えた神才は計算式を組み上げた。
──ただし。
組み入れなかった変数、関わる確率は低いと意識の外に置いていた変数の登場は、計算で結果を弾き出せないほどの不確定要素が割り込んでくる。
【警告、飛行体一騎接近。識別完了、登録名ソル・ソーダー】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます